第39話 秋風、くるみのキャラメルタルト

 北風が落ち葉を何処までも転がしていく。

 そろそろしっかり秋めいてきて、わたしのコートも少し厚さを増した。

 ブーツファッションも街に馴染んでくる今日この頃。

 紅葉しだした木々の葉を見上げながら、わたしは今日もまれぼし菓子店を訪れた。


 オープン直前の忙しい時間のはずだが、珍しく木森さんと手嶌さんが入口の前で立ち話をしていた。

「いらっしゃいませ」

「いらっしゃい」

 二人が同時に声をかけてくれた。

「おはようございます」

 それぞれと挨拶を交わす。2人が入口に揃っているのは珍しいことだけど、わたしとのやり取り自体は至って普通。

 なんの話をしていたんだろう。首を傾げかけたところで、おもむろに手嶌さんが口を開いた。

「ちょうど良かった。お待ちしていたんですよ」


 はて。わたしは手嶌さんの言葉に今度こそしっかり首を傾げた。

 確かにまれぼし菓子店はいつもわたしのことを待っていてくれるけど、特別にそんなふうに言われるような心当たりはなかった。

 木森さんは、と彼の方を見ると、腕を組んだままうん、とうなずいている。

 なんだろう?


「実は召し上がってほしいものがありまして……」

 というと試食だろうか。

 木森さんが首を横に振る。

「そういうのじゃなくてだな。特別メニューみたいなのがあるんだ、あんた用に」

「えっ? それは嬉しいですけどどうしてまた……?」

「まあとにかく……中へどうぞ」

「後でお伝えしますので」

 特に記念日でもないし、誕生日でもない。そもそもそれを伝えたこともない。

 なのに何故特別メニュー?

 やっぱり疑問は尽きないまま、わたしは2人に促されるままに店内へと入るのだった。


 窓際の席からは、赤や黄色の葉っぱがよく見える。置いてあるひざ掛けを拝借しながら、秋だなあ……とまたしても思う。

 席に着いて待っていると、手嶌さんがスイーツの乗ったお皿と、わたしの頼んだ紅茶を持ってやってきた。

「おまたせしました。“ 贈り物の”くるみのキャラメルタルトです」

「贈り物」

 目を丸くしていると、

「実は先日くるみをたくさん頂きまして。それを木森がタルトに仕上げました。言伝ことづてもあります。ぜひ、召し上がって欲しい……リーフパイのお礼にと」

「あっ、それって……」


 手嶌さんは無言の笑顔でうなずく。

 リーフパイのお礼!

 先日、そう言えば……。リーフパイを半分こした、不思議な子がいたことを思い出す。あの子の笑顔を思い浮かべる。心がほっこりとあたたかくなった。

 どんな気持ちでくるみをたくさん持ってきてくれたんだろう。

 お返しとか気にしなくてよかったのに、と思うものの、いざ贈り物としてもらえると嬉しい。

 あの子の気持ちをありがたく思いながら、タルトを頂くことにした。


 運ばれてきたタルトは、一見すると地味だ。

 何しろ茶色いんだもの。その上に淡くまぶされた粉砂糖が、ちょっとだけアクセントになっている以外は。

 でもわたしは知っている。茶色いものは、地味だけどおいしいのだ!


 お皿を鳴らさないように、カツンと恐る恐るフォークを入れる。

 当たり前だけど、くるみの存在感の強さたるや! 歯ごたえもさることながら、香ばしいあの香りが口の中に広がる。そしてどちらかと言うと淡白なその味にキャラメルの甘さとほんの微かな苦味が重なってくる。

 わしわしと小さな音が立つような、全体の質感が楽しい。

 すぐになくなってしまいそうだから、少しずつ丹念に食べ進めていく。

 自分がリスにでもなったような気持ちで。

 それでも次第にタルトは減っていき、やがてお皿の上はすっかり綺麗になる。


「ご馳走様でした!」

 今回はひときわ念を込めてその言葉を唱える。

 おいしかった。木森さんの腕ももちろん良いのだけど、くるみを集めてきてくれたあの子のことを思うと……。そのことがさらに良い調味料になった気がする。

 とても、とてもおいしかった。


「あなたの笑顔のことをお伝えすれば、あの子も喜ぶと思います」

「また会いたいなあ」

「それも伝えておきますね」

「ぜひ! お願いします」

 手嶌さんとわたしは微笑み合う。

 またそのうち、あの子と会えることもあるだろうか。冬は厳しいのかな。春になったらまたこの店にやってきてくれるかな?

 その頃わたしはなにか変わっているかな、変わらないかな。


 様々なことを考えながら、秋の昼の柔らかな日差しを浴びる。風はすっかり穏やかになったようだった。

 紅茶を一口。

 今日は思いのほか、上機嫌な休日となりそうだった。

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