第27話 涼風のオレンジゼリー

 風鈴が鳴っている。

 立秋をすぎて、季節のあいさつは残暑見舞いになるけど、とてもそんな生易しいものじゃない暑さが連日のように続いている。

 外を吹き荒れているのは体温ぐらいの暑さの熱風で、そうなると風鈴の音色にさえもお疲れ様と言いたくなる。

 今日は暑い中歩いて、日中からまれぼし菓子店に来ている。だからさすがに冷たいものを体が欲していた。


「夏はやっぱりどうしても、ケーキの売上が落ちます」

 お水を運んでくれた手嶌さんが言う。

 さもありなんと思う。冷たい飲み物と一緒になら喉を通るとはいえ、やっぱりちょっとアイスやらかき氷やらがより良いものとして目に映る。


「とはいえ木森も夏は色々メニューを考案してますから、夏限定のメニューも多いんですよ」

「例えば? アイスクリームは通年でありますよね」

「ええ。それ以外にムース、ババロア、それにゼリーの類は充実していますよ」

「ゼリーかあ……」


 ゼリーの見た目が、ことさら好きである。

 家でおやつに出る、三連の安いのを食べるのが好きだった。

 また、給食でまれに出るときに、七夕に星型のゼリーが中に入ったものが、いかにも涼し気な見た目で出てきて胸が踊ったものだ。

 そうやって見た目から涼しくしてくれるのが夏のお菓子のいいところだと思う。

 実際の涼しさだと氷菓類には勝てないし、見た目の派手さではパフェなんかには劣るけど、ゼリーにはそれらとはまた違って素朴なときめきがある。

 となれば、答えは自明である。


「よし、じゃあ今日はゼリーにします」

「かしこまりました。オレンジは召し上がれますか?」

「大丈夫です!」

 オレンジゼリー、王道じゃないか。

 手嶌さんはにこにこしている。


「どうしたんですか?」

「あ、いえ。おすすめしがいのあるお客様だなあって、いつも思っていまして」

 そうなのか。それはなんかちょっと嬉しかった。

「そういう所が、色んなモノに好かれる所以なのかもしれませんね」

「そうですか? 色んな人に好かれてるといいなあ」

 少し不思議な言い回しだなと思いつつも褒められるのは悪くない気持ちなので、わたしは手嶌さんと同じくらいにこにこしてうなずいたのだった。


 最近のわたしは気持ちが表情に出やすいことを割と前向きにとらえるようになっている。多分それは個性のひとつで、そんなに悪いことじゃないのだ。

 ポーカーフェイスの先輩を見ていてもそう思う。


 さて、ゼリーである。

 ソワソワ出てくるのを待っていると、現れたのは涼し気な透明のグラスに入ったゼリーだ。

「お待たせしました。“涼風の蜜”オレンジゼリーです」

 透明なゼリー部分に乗っかって生のオレンジが。その下にオレンジ色のゼリー部分。その更に下は白い層でできている。

「白い部分はヨーグルトムースです」

 すかさず手嶌さんが解説をいれてくれた。なるほどムースも入っているのか。確かに木森さん、ひと工夫である。


 早速、さじを持ち上げて食べ始める。

 よく冷えたゼリーは思ったよりもっちりした弾力で唇に、口内に触れてくる。これで気持ちが涼しくなる。

 そして瑞々しいオレンジの果肉自体の味を楽しんだあとは、オレンジのゼリー部分まで掘り下げてみる。

 少しの酸味とたくさんの甘み。したたるようにジューシーなゼリー部分は果物そのものみたいに……いや、それにプラスアルファした独自のおいしさを持っている。

 最後、一番下のヨーグルトムースも食べてしまう。こちらは柔らかな酸味と爽やかな甘み。口の中がまろやかさで〆られる。


「さっすが木森さん……」

 とってもおいしい!

 縦にゼリーを貫くように食べたあとは好きに食べていく。

 パフェとかゼリーってどう食べるのが王道なんだろうな……といつも思うけど、まあ自分の好きに食べるのでいいかとも思う。

 わたしは何故か一番上に乗ってる果物を最後まで取っといてしまうほう。例えば今回はオレンジ。他にはショートケーキのいちごとか。

 いちごから食べちゃう人もいるから、世の中みんな、それぞれ色々だなあと思う。


 このゼリーの嬉しいところはオレンジのゼリーとヨーグルトムースを一緒に口にいれてもおいしいことだ。果実の爽やかさと乳製品の柔らかさが一体になって、デザートとしての複雑さが増す。

 淡白なゼリーもいいけどこれもこれでいい。

 そしてどちらとしても楽しめるのが、このゼリーの良さなのだと思う。


 食べ終わる頃にはすっかり涼しい気持ちになっていた。

 アイスティーを追加で注文しながら聞く風鈴の音は、さきほどより幾分か涼しげに聞こえる。


「しばらく、のんびり涼んでいてもいいですか?」

「もちろんですよ。いつまでもごゆっくりどうぞ」

 そう言って手嶌さんが窓の外を見やる。

「まだ向日葵ひまわりさえ項垂うなだれそうな暑さですから」


 いつも通りの優しいお言葉に甘えることにして、わたしも窓の外を見る。

 絶え間ない蝉の声が雨のように降り注いでいる。

 それを聞いてわたしは、残暑見舞いにはやっぱりまだ早いなと思うのだった。

 風鈴が頷くようにチリンと鳴った。

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