第24話 ひんやり水まんじゅう
まれぼし菓子店には、色んなお客さんがやってくる。わたしはごくごく普通の常連客にすぎないけど、店の常連さんには不思議な人が結構いる。
中年のおばさんで、いつも三毛猫のおはぎを連れて、テラス席に陣取っているお客さん。気の良い人なのだ。
以前手嶌さんと一緒に、草団子のよもぎ摘みに連れていってもらったことがある他に、出会った時はよく飴ちゃんをくれる。
冬はどうしてるんだろうと思って聞いたら、テラスか、寒い時はもうそもそも家のコタツで丸くなってるんだそうだ。
しなやかな体つきと言い、つり目でコロコロ変わる表情と言い、気まぐれな態度と言い、まるで猫みたいな人である。
そして何より……黒須さんとおはぎはどうやら店のいちばん涼しいところを知っているようなのだ。
テラス席でも、彼女たちは決まった席には座らない。
いちばん涼しい席で、黒須さんとおはぎはアイスミルクを飲んでいる。
そこもまた、猫みたいなのだ。
今日はそんな一人と一匹につられて、からっとした青空の下、わたしもテラス席に陣取ってみることにした。もちろん黒須さんのすぐそばの席である。
「あたしゃ、エアコンの風がどうにも好きじゃなくてね。年寄りだからかねえ」
と黒須さんが笑っている。今日は少し風があって、気持ちのいい気候だ。
「おはぎもそうだからね。まあ昨今は熱中症予防もあるからエアコンつけないわけにはいかないけど、直下じゃない所のほうが良いわけ」
「わたし、会社だとエアコン直下の席なので、よくわかりますー」
「ありゃ、それは気の毒だねえ」
お陰様で夏でも長袖必須なのである。クールビズやエコ対応でまだずいぶんマシになったとはいうけど、職場に暑がりがいるとよく悲劇が訪れる席だというのは先輩にも聞いていた。
「さて今日は……」
わたしは今日はアイスミルクの気分ではない。あれはあれで良いものだけど。
メニューのページをめくっていると、手嶌さんが声をかけてくれた。
「水まんじゅうはどうですか?」
「水まんじゅう」
「夏らしくていいじゃないか」
脇から黒須さんの推しの声が掛かる。
なんとなく姿のピンとこない名前であったが、確かに涼しげで夏らしい。それにしてみよう。
「じゃあ水まんじゅうで!」
木漏れ日の下を吹き抜ける涼しい風の中で、おはぎをなでさせてもらっていると、やがて水まんじゅうと冷たい緑茶が運ばれてきた。
水まんじゅうは、その名の通り半透明の水のようなおまんじゅう型の中に、ちんまりとあんこが入っている。それがふたつばかり笹の葉で包まれていて、なんとも目に涼しい。
「お待たせしました。“空の水溜まり”水まんじゅうです」
「わあ……おいしそうだし、涼しそう!」
「葛粉とわらび粉で出来てるんですよ。ふるりとした食感が魅力だと思っています。どうぞ召し上がれ」
では早速……と
少し力を込めて表面を切ろうとすると、押し返す弾力を感じる。そのまま、えいっと切ってしまうと、ぷるぷるとして楽しい手応え。これは、何だか楽しいお菓子の予感がする!
一口を口に運ぶと、ゼリー状の冷たい部分がぷるんと口に吸い付くようで食感が楽しい。一気に涼しい気持ちになる。
そしてすぐにこしあんの甘みがやってくる。ゼリー部分のあっさりさと対象的な濃厚な甘みに、ちょっとびっくりするぐらいのパンチを感じる。
そこで冷たいお茶で一息をつける。かすかな苦味が、口に残るこしあんの甘さと絡んで、穏やかなハーモニーになる。
また一口。ふるりと弾力、ほろりと甘さ。
ここで水まんじゅうを包んでいた笹の葉が、ただの飾りじゃなかったことに気づく。口の中に笹の葉の香りも漂うのだ。それがまた何とも上品で、たまらない。
やや小ぶりの、ふたつの水まんじゅうを食べ終わる頃には、心も体もすっかり涼感で満たされた。
「夏ってどうしてもゼリー、アイス、かき氷って印象ですけど、和菓子でも目にも口にも涼しいものがあっていいですねえ」
「毎年そう言ってくださるお客様のために作っていますよ」
心なしか、ではなくはっきり嬉しそうな手嶌さんだ。
「お嬢ちゃんがあんまり美味しそうに食べるから、あたしも水まんじゅう食べたくなっちゃったよ。頼もうかね」
「かしこまりました。少々お待ちくださいますか」
黒須さんがそう言ってくれたのは何だか嬉しい。まれぼし菓子店、手嶌さんの自慢の逸品の販促に携わったような気持ち……は言い過ぎか。そんな気持ちになる。
「やっぱりわたしってわかりやすいですか」
「わかりやすいもわかりやすい。でもそれも悪いもんじゃないだろうさ」
そう言って笑った黒須さんの横で、おはぎがにゃあんと鳴いた。
その時一瞬、黒須さんの後ろに猫のようなしっぽがが見えてわたしは目を擦ったのだが……。
おはぎがすり寄ってきて撫でている間に、水まんじゅうが運ばれてきて、そのこともすっかり心から流れてしまった。
まれぼし菓子店に、涼やかな風が吹いている。
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