第23話 愚痴とあつふわスコーン

 わたしの会社の上司たちは、世間において結構小言が多いタイプだと思う。今日も不肖わたしは、部長からお小言を頂いていた。

 今回の件が完全にわたしの責任下にあることかと言うと、正確に言うとちょっと違うのだが、確かにわたしも関わっていることなので今回は素直に拝聴する。


 こういう時に思わず口をついて出そうになる言葉は、「でも」と「だって」だ。お説教に対して不服な部分は結構ある。ただ今回は我慢すると決めたのだ。だから、それをぐっと飲み込んで……これを飲み込むのはのどが詰まるけど……我慢する。

 こんな日があるのも、会社勤めをしている限りは仕方がないと思う。


 とはいえ発散はしたい。

 最近発散といえばジムとまれぼし菓子店である。

 それで週末の今日はまれぼし菓子店にやってきた。

 星原さんが店先で育てている花をちょうど摘んでいる所だった。これから店内に飾るのだという。

 そういえばこの店は店内の装飾に生花を欠かさない。大輪の花ばかりじゃなくて、素朴な草花に近いものの時もある。そんなところもこの店らしくてわたしは好きだ。


「こんにちは!」

「いらっしゃい。今日は、何にします?」

「今日はですねえ……」


 迷わずに注文したのはスコーンとダージリンティー。いわゆるクリームティーセットというものだ。

 クリームティーセットというのは、スコーンと紅茶、ジャムとクロテッドクリームが基本だそうで、これにサンドイッチだのケーキだの色々ついてくると、段々アフターヌーンティのセットに近づいていくのだという。アフターヌーンティも憧れではあるが、手軽さではやはりこちらに軍配があがるだろう。


「暑いのに珍しい注文ね」

 と星原さん。そういえばそうか。あつあつの紅茶に、デザート類の中では粉物というべきスコーンだ。夏のお菓子によくあるような涼し気な印象はまったくない。

「今日はどうしてもスコーンが食べたかったんですよ」

「そういう日もあるね。では少々お待ちくださいますか」


 注文を受けて星原さんはお茶を淹れてくれる。少し高い位置からポットで紅茶の茶葉にお湯を注ぐのは、曲芸みたいでなんだか楽しげだ。

 そうこうするうちに、スコーンがあたためられている。そしてほかほかあつあつのスコーンと紅茶が一緒に出てくる。

 添えられているのはたっぷりのクロテッドクリームとブルーベリーのジャムだ。

「お待たせしました。“ 至福の重み”スコーンです。どうぞ召し上がれ」

 頂きます!……間髪入れずに手を合わせていた。思わず笑顔が込み上げてくる。


 スコーンをぱかっと上下に割って、クロテッドクリームをたっぷりと塗る。塗る、というかこれはもう“乗せる”だ。

 そしてそして待っていた瞬間。ぱくっと噛み付いてしまう。冷たいクロテッドクリームのこってりした甘さと、スコーンのあつあつでふわふわ、それでいてみっしりと密度の高いおいしさ!

 それらはぐっとのどを詰まらせてくるが、そこを紅茶で一息に飲み下す。熱々の液体と固体がのどを通って胃に落ちていく感覚。


 今日は愚痴をいいたかったわけではないわたしは、この感覚を求めていた。

 たまに誰かに……おもに星原さんに聞いて欲しくてお店に来ることもあるけど、今日はそうじゃない日。

 もやもやをスコーンと紅茶と一緒に愚痴なんて飲み下してしまう。言ってみればそんな感じだ。

 ひと口ごとに気分が晴れていく。


 今度の半分にはジャムをたっぷり乗せて。ブルーベリーの甘さと果実のしっかりした存在感が嬉しい。クロテッドクリームとは種類の違う、フルーティな甘みに口中が満たされて、それにまた満足する。満足しながら、紅茶に手を伸ばす。


 そして最後にクロテッドクリームとジャムを一緒に塗り合わせて食べてしまう。これぞ贅沢!と思う。ふたつ合わさった味わいはなんとも言えずハーモニーをかもして、口の中を幸せにしてくれるのだ。


 まれぼし菓子店のクリームティーセットは、クロテッドクリームを全然出し惜しみしない。少ししかついていない店に比べて嬉しい。ホイップクリームの店もあるけど、わたしはクロテッドクリームの方が好みだし、このくらいの量があった方がありがたく思う。せっかくカロリーを度外視してスコーンなんて食べているわけだし!


 のどをつまらせていたものを紅茶で飲み下すと、気分はすっかり晴れていた。あとは、香り高いダージリンティーの残りを落ち着いて飲み進めていく。心は春の海みたいに凪いでいる。


 そう、こういうのを求めていたのだ。


「すっきりしたー」

「良かったですね。スコーン、好きなの?」

「スコーン、大好きですよ!」


 そう言った勢いにちょっと不思議そうな顔をしながら星原さんは笑った。

 きっとわたしは、もう憂いのない満面の笑顔になっていたと思う。

 時にはのどをつまらせながら、それを飲み下すことも必要。そしてそれはたぶん、決して辛いだけ、悪いだけのことではないはず。そんなことを考えながら、穏やかな午後の時間は流れていく。

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