第15話 妖精の砂糖菓子
こんな夢を見た。
わたしはまれぼし菓子店にいこうといつもの道を歩いている。
でもいくら歩いても歩いても、お店が見えてこないのだ。それどころか、同じ景色がぐるぐる何度も繰り返し出てくる。住宅街の中が迷路になってしまったように抜け出せないのだ。
そうこうするうちに、昼間から夕方になってしまった。わたしはすっかり困ってしまった。困り果ててしまった。
そこでふと気づく。わたしの傍らに羽の生えたなにか人形のようなものがいるのが、夕日に照らされて見えたのだ。
黒目がちで、宙を自在にとんでいて、小さな人間の姿をしていて、結構可愛らしくて……一言でいうといわゆる〝妖精〟のように見えた。妖精は何処へ行くにもわたしについてきて、そばを離れない。
「あなたの仕業なの?」
わたしは尋ね、妖精は何かを喋るも、何を喋っているのかわからない。言葉が通じないのだ。
何とか身振り手振りで先に行きたいことを示すと、一応は理解してくれたみたいだ。
そしてわたしは何とかかんとかまれぼし菓子店にたどり着いたのだった。
店の扉を開くと、手嶌さんが立っていた。
「こんにちは、手嶌さん」
「こんにちは。……あなたは、いつも不思議なものを連れてきますね」
いつも? とはてな顔が伝わったのか、彼は曖昧に微笑した。
「どうぞ中へ」
彼はわたしにそう言い、わたしはお店の中に入る。でも、わたしと一緒にやってきた妖精は開け放たれた扉の前で立ち往生している。扉が開いているにも関わらずだ。
「彼らは招かれないと中に入れないんですよ」
手嶌さんは妖精を一瞥した後にわたしを見てそう言う。
妖精は心なしか悲しそうな顔をしているように見えた。何だかかわいそうになってきてしまった。
でも、と手嶌さんは厳しい。
「あなたに悪戯したんでしょう? 彼は」
何でもお見通しのようだった。
「でも、もしここのお菓子が食べたかったら、かわいそうな気がして……まれぼし菓子店のお菓子は本当においしいから」
「あなたも……その、人がいいですね」
「あっ、笑うことないじゃないですか」
苦笑しながら手嶌さんが両手を上げて、降参しましたとばかりのポーズをとる。そして妖精に声をかける。
「悪さしないなら中にいれてあげるよ」
彼の言葉は妖精に通じているようで、妖精は一も二もなくといった様子で頷いた。
「彼らは砂糖菓子が好きなんです」
手嶌さんはそう言い、いったん店の奥へと引っ込むと小さな箱を持ってきた。
「だから、こう言うのも好きなんですよ」
ぱかりと蓋を開けて、中に入っていたのはお干菓子である。
なるほど、確かにこれは日本版の砂糖菓子だ。
紙で作られたその箱はさながら宝箱。その中身は宝物のようにきらきらしてみえる。
手嶌さんはそのうちのいくつかをつまむと、妖精に与えた。妖精は窓のふちに腰掛けてご機嫌で干菓子を食べている。
わたしがその様子を見ていると、
「落雁と抹茶は如何ですか?」
手嶌さんが声をかけてくれた。もちろん、是非もなく頂くことにする。
お抹茶。丁寧に泡立てられた抹茶は適温で、ただただまろやかでクリーミーだ。そして少し苦味。それが良いアクセントとなっている。
口の中に少しの苦味が残ったところで、落雁の出番だ。蝶々とお花の形をした可愛らしい落雁である。
口に放り込むとほろり。溶けていく過程でしっかりとした甘さが下の上に残る。それが抹茶の残滓の苦味と混じりあって何とも心地よい美味しさになる。
一粒、もう一粒。
これは急がずにゆっくりと味わう。甘さが段々強くなっていくけど、これは上品な甘さで飽きがこない。量もちょうど良い。
妖精は? と思って窓辺を見やると、夢中で琥珀糖にかじりついている所だった。微笑ましく思って、笑いがこぼれる。
手嶌さんも今は厳しい表情のかけらもなく、いつもの穏やかな顔でその様子を見守っている。
黄昏時が過ぎ去り、夜の
「ありがとう、と言ってます」
「どういたしまして」
空を見上げたら、宵の明星がちょうど輝き出したところだった。
……。
…………。
「……という夢を見たんですよ」
「不思議な夢ですね」
ここはまれぼし菓子店。ただ、時間は夜ではなくて昼のただ中だ。
夢と同じように、落雁とお抹茶を頂きながらわたしが話すのを、手嶌さんは微笑んで聞いていた。その後、小首を傾げて言う。
「……そうだ、お土産にもってかえりますか?」
「?」
「〝妖精の砂糖菓子〟干菓子の詰め合わせです」
彼は店の奥にいったん引っ込むと宝箱のような箱を持ってきて……。
あれ、これってデジャヴ……?
思わず夢で見た妖精の姿を探して、周りを見回してしまった。
もちろん、そんなモノがいるはずもなく……。
不思議な夢を見たなあ、と、わたしは頭をかいた。
ただ今日のお土産がお干菓子の詰め合わせに決まったことはいうまでもないことだった。
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