第14話 初夏とシフォンケーキ
カッ! という音を発していそうな日差しが、肌に痛い。
まれぼし菓子店に入ってすぐに、冷たいお水をグイッと飲んで一息つく。
トレンチコートでほっとする季節は過ぎて、長袖だと日中は汗ばむような季節がやってきた。
「暖かくなってきましたねえ」
星原さんが入口を眺めながらつぶやき、
「ほんとに。もうあっという間に夏まで行っちゃいそうな気がします」
わたしもうなずく。新緑もそろそろ風景に馴染んできて、季節はやがて梅雨へとうつり変わっていくのだろう。その後は毎年嫌になるくらいの猛暑が待っている。一年の半分もすぐそこだ。四季が巡るのは本当に早い。
「こう暑いと冷たいものが恋しくなっちゃいますね」
日向を歩いてきたわたしの喉には、お水を飲み干してもまだ足りない渇きがあったらしい。
察して星原さんがメニューを開いてくれる。
「だったら、冷たい飲み物をぜひどうぞ」
「うーん、そうだな、……アイスティお願いします」
「アールグレイで大丈夫?」
「はい!大好きです」
アイスティといえばアールグレイという気がするのはわたしだけだろうか。
この店の紅茶は自宅で淹れるのとは流石に段違いの美味しさだ。雑なわたしが家でまれに淹れるアイスティは、時に渋く、時に薄く、時に濁る……。散々な有様である。
やがて供された氷の浮いたアイスティは、爽やかな柑橘の香りが素晴らしい(こう言うと食レポっぽい!)。透き通って見た目にも綺麗。当然わたし作のものとは全然違う。ぐっと口に含み飲み下し、喉を通っていく感じも気持ち良い。体の温度が一気に下がって、やっとひと心地ついた気がする。
「そういえば今日のオススメのケーキはなんですか?」
「今日はね、〝地上の雲〟紅茶のシフォンケーキはどうかしら?」
「紅茶に紅茶ですか? かぶっちゃいますよ」
「それが結構いいのよ」
そう勧められると弱いわたしだ。それじゃあ、と紅茶のシフォンケーキを頼むことにした。
運ばれてきたシフォンケーキは、見るからにふかふかふわふわしている。地上の雲とはよく言ったものだ。生地の色は少し茶色く色づいていて、茶葉らしき点々が所々に混ぜこまれている。雲にしてはちょっと茶色いかな、手嶌さん?でもその訳はあとでわかることになる。
ケーキはたっぷり二切れ。それに生クリームがやっぱりたっぷりと添えられている。
「わあ、美味しそう」
まれぼし菓子店を訪れるようになってから何回この言葉を口にしたかわからない。今日も気分上々でフォークを手に取る。
一口大にフォークで切って、まずはそのまま口に運ぶ。予想通りのふかふわ……! そして甘すぎず、茶葉の風味がよく香っている。軽くて重さが存在しない、確かに雲か何かを食べているような気持ちになる。
でも食べた気がしないのとは違う。しっかり舌の上に味が残っているから。
次は生クリームをつけて。あまり甘くない生クリームは、シフォンケーキの美味しさを損なわずに、さらになめらかにしてくれる。紅茶の主張を残しながらも少し抑えて、あくまでまろやかにまろやかに。最初の一切れが驚くべき速さでおなかの中に消えていった。
「シフォンケーキの茶葉もアールグレイを使ってるんですよ」
「そうなんですか! 飲むのとはまたちょっと感じが違いますね」
「ええ。だから合わせてみるのも悪くないかなって」
「うん、そう思います」
星原さんのオススメにしてみて良かった。
アイスティを飲んで一呼吸おく。甘みがリセットされて、口の中が爽やかになる。
そしてもう一切れにとりかかるのだ。
もう一切れはもったいなくてゆっくりと食べる。慎重にフォークで小さめに切って、クリームをつけたりつけなかったりしながら口に運ぶ。
合間にアイスティ。
そして最後の一口を名残惜しく食べる。
終わってしまった。
「……わたし、」
「?」
「夏って毎年嫌なんですけどね、年々暑くなるし、会社は冷房で寒いしで」
「ああ、わかる気がするわ」
「なんだか今年は夏が楽しみになりましたよ。ここでどんなお菓子が食べられるのかって」
わたしが笑うと星原さんも笑う。
「
「あはは、もう認めるしかないですね」
二人で笑い合う。
「夏は洋菓子ならババロアやゼリーがあるし、和菓子なら水ようかんや葛切りもあるし。夏ならではの涼しさを感じられるようになってるわよ。もちろん、ドリンクもね」
そう言って星原さんはウィンクした。
うん、やはり今年の夏は今までとはちょっと違う夏になりそうだ。楽しみがあるのは本当に幸せなことだ……仕事が決して好きじゃないわたしでも、楽しみがあれば頑張れることだし。
帰路、外に出ると日はだいぶ傾いていた。
こうなるとまだ本格的な夏には遠いのだなという気温になる。
空を見上げると、ふわふわした雲が浮かんでいる。シフォンケーキのことを思い出して、ごくりとのどがなるも……。
夏に向けてわたしに必要なのはダイエットかもしれなかった。
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