第10話 まったり白玉抹茶パフェ
桜庭先輩との約束を果たす日が、意外と早くやってきた。
約束……というのは言うまでもない。まれぼし菓子店でまた美味しいお菓子を一緒に食べる!という、他愛ないけど心ときめくものだ。
先輩が良い人なのはこないだわかったけれど、まだ完全に打ち解けてはいない。だから、共通の仕事か何かのご褒美にするのが、距離感的にちょうどいいのかなと考えていた。
そんな折だ。ドドッと大量に急ぎの仕事が入ってきて、わたしたちは二人でさすがにひいひい言いながら残業三昧の日々を送ることになった。共通の仕事が欲しいとは言ったけど、ここまでのものは望んでいない、断じて!
仕事の山、山、山……。いくつの山を二人で越えただろうか。
やっと終わりが見えたのは金曜日の夜遅くのことだった。
「やっと終わったわね……」
「はい、なんとか……」
先輩の顔にも疲れの色が隠せずに見える。わたしだって、へろへろだ。
「あ!」
「?」
そこで思いついたのだ。
こんな日は……。こんな日こそ!
「桜庭先輩!ご褒美を食べに行きませんか?」
「ご褒美ってこんな時間から?私お酒は飲めないわよ」
「大丈夫です。行きましょう、あの店に!」
「あの店って……あの店!?」
「はい、あの店です!」
かくしてわたしは先輩の手を引いて、再びまれぼし菓子店にやってきたのだった。
「いらっしゃいませ」
迎えてくれたのは手嶌さんだった。
魔女の屋敷のような不思議な店内に入り、ふかふかのソファにかけると、先程まで仕事でささくれていた気持ちが嘘のように溶けて、ゆったりとした気持ちになる。
いつものようにお水を用意してもらい、古風な表紙のメニューを開く。
今日は珍しくこれというメニューが決まっていない。何にしようかなと二人でページをめくっていると、しばらくして手嶌さんが口を開いた。
「抹茶白玉パフェはいかがですか?」
夜更けに提案してくるには罪なメニューの名前である。ちょっと非難がましい目を彼に向けてしまった。彼は彼で、釈明するように、
「お二人共ずいぶんお疲れみたいでしたから……何か、やり遂げたあとなのかなと」
なら……と彼は続ける。
「いわゆるご褒美というのも悪くは無いんじゃないかと思いまして」
「もう……手嶌さん……そういうところですよ」
「あはは」
まさにその通りではある。
わたしと先輩は顔を見合わせて頷いた。では今日は、ご褒美の白玉抹茶パフェで。
「かしこまりました」
少し可笑しそうに、微笑ましそうに、手嶌さんが笑って厨房へ引っ込んでいく。
さてご褒美に相応しい素敵なパフェが本当に出てくるのかな?……なんてね。
長いパフェスプーンがまず先に用意される。そこでもうわくわくしてきてしまうのだ。
パフェって本当に心弾む。
桜庭先輩もわたしと心は同じようで、さっきからちらちらバックヤードのほうに頻繁に視線をやっている。
「“とろける魔法”白玉抹茶パフェです」
小ぶりのソフトクリームに抹茶が降り掛かっている。それに、抹茶アイス。白玉といちごとあんこが乗って、コーンフレーク。その下にまたアイスクリームと抹茶のブラマンジェ。
ううん!これは大盛りだ。
いつも思うけど、パフェってどう食べるのが正解なんだろう。上から段々と層になって下まで続いているパフェ、それぞれの層を平らげていくべきなのか、それともいくつかの層の調和を楽しむべきなのか……。
などとしょうもないことを考える。どう食べたって正解なんだろうな。
とろける魔法が溶けてしまわないうちにと、わたしたちはいそいそ匙を持ち上げた。
「うーん抹茶の苦味が……」
「あーこのアイスがほんとに……」
「コーンフレークもおいしくて……」
全部語尾まで言いきれない美味しさである。
ソフトクリームとアイスクリームにはそれぞれことなった喜びがある。ソフトクリームのはかない食感、アイスクリームのしっかりと重厚な食感。どちらも抹茶を纏ってほんのり苦味と甘みを持っているのが良い。
白玉とあんこは安定の組み合わせだ。もちもちして味自体はあまりない白玉にあんこが絡まると鉄壁の定番になる。
口が甘くなったところで放り込む、いちごの甘酸っぱさ。
ここで先輩の顔を見ると……この人もしかしてめちゃくちゃ可愛い人かもしれないと思う。幸せいっぱい夢いっぱいを地で行く、なんとも素敵な表情だった。わたしもつられて笑顔になりながら、パフェスプーンは決して手離せない。
コーンフレークは玄米まじりのものなのか、独特の香ばしさがある。ザクザク食べていくうちにまた、今度はバニラのアイスにたどり着いて口の中が冷たくなる。そこに柔らかい美味しさのブラマンジェ。
こうしてひとつの物語のように、一通りの味わいが終わる。
「これは……」
桜庭先輩が息を飲んでいるのがわかる。
「これは確かにご褒美ね」
次に出てきたのは無邪気な笑顔と言葉だった。
わたしも、手嶌さんもつられて笑顔になる。
「ほんとに!」
「表情もとろける魔法、ということで、ひとつ」
手嶌さんにそう言われてわたしも桜庭先輩も自分の頬に手を当てていた。お互い少し赤面していたかもしれない。
何処までも、とろけてしまっていく。
ご褒美の余韻は深く、わたしも先輩も喫茶室で夜遅くまで他愛のない話にも、そうでない話にも花を咲かせた。仕事のことも、恋愛のことも、先輩が天涯孤独だからしっかりしてるということも。
わたしはどんな顔をして彼女の話を聞いていただろうか。いずれにしても別れる時には、先輩はにこにこの笑顔になっていた。パフェを食べ終えた時と同じように。
この分だと、次の約束を果たす日もそう遠くは無さそうだ。
約束の日を楽しみに、わたしは先輩を見送って帰路に着いたのだった。
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