第11話 カフェラテは葉っぱ模様

 長くぐずついた天気が続いていた。どんよりとした曇り空と、ぱらつくにわか雨が交互にやってくる日々。春なのに、春だからか、肌寒い日が続く。春物のトレンチコートだと少し寒いくらい。

 いつもは賑やかなまれぼし菓子店だが、店内もうち沈んだ空気で、お客さんもわたしともうひとりだけ。

 わたしも何となく食欲がなくて、ミルクたっぷりのカフェラテだけを注文するに留まる。

 そんなことが三回続いた。


 その三回目が今日だ。今日のわたしもまた元気が出なくて、給仕してくれる星原さんに心配されてしまった。


「はい、お待たせしました!〝ぬくみの渦〟カフェラテです」

「ありがとうございます……」

「なんだか最近元気がないよね」

「そう……なんですかねえ……」

「ええ。いつもだったら今日のおすすめのお菓子はなんですかーバーン! て感じなのに」

「わたしってそんな感じですか」

「ええ」

 それはちょっと恥ずかしい。


「お天気のせいなのかなあって」

「それはあるかもしれないわね。この季節の変わり目! みたいな……変な天気ですもの」

 そうかもしれない。なんだか体までだるい気がするんだから。

「とにかく体は冷やさない方がいいから、温かいカフェラテを頼んでるのは正解かもしれないわね」

「はい。星原さんのカフェラテ、いつも美味しいです」


 星原さんはカフェラテの入ったカップとソーサーを私の前に用意してくれた。ツヤのある白いカップは白地で模様が浮き彫りになっているお洒落なものだ。

 ここのカフェラテには口直しにとクッキーが二枚ついている。もそもそとクッキーを口に運びながら、葉っぱ模様のラテアートも美しいカフェラテをぼんやり眺めていると、浮かないなりに気分は晴れてくる気もする。あんまりぼんやりしていると冷めちゃうな、などと思いつつ。


 その時、ふと……視線が気になった。

「?」

 顔を上げてみると、別の席の……私の他に一人だけいるお客さんがこちらを見ている。

 なんだろう。と思うとあちらもカフェラテを頼んでいたようだった。それでかな? と思った。

 そんなことも三回続いていた。


 それでも大して気にはしていなかったのだが……。

 三回目のその日にお店を出ようとしたら、もう一人のお客さんも同じタイミングで席を立った。何となしに彼の顔を見れば、目の細い、どこかキツネ顔というか……そんな人だった。


 その時だ。

 たまたまレジに立っていた手嶌さんの目の色に、ほんの少しだけ厳しい色が混ざった気がしたのは。初めて見る表情ですごく意外に思った。

 彼はキツネ顔のお客さんに対して静かに言った。


「気に入ったのはわかりますが、いけませんよ」


 言ったのはたったそれだけだったのに、キツネ顔のお客さんは顔面蒼白になって、慌ててお会計を済ますとお店を出ていってしまった。

 わたしは……狐につままれたような気持ちで立ち尽くしていた。ぼーっとしている所に、

「大丈夫ですか?」

「あ、はい。あの、今のは?」

「この辺は昔森だったので、人懐こい狐も多いんですよね。なんて」

 結局冗談のような口調で言って微笑んだきり、手嶌さんは話を別の方に流してしまったので、ちょっと不思議なその話はそこでおしまいになった。


 さて同じような天気の日は相変わらず続いていたが、四回目。

 今日はすっかり元気な気分のわたしは、カフェラテと一緒にまた洋梨のタルトを頼んでご機嫌である。

 なんだかまるで憑き物が落ちたみたいだ。


 キツネ顔のお客さんは今日も来ていたけど、わたしと手嶌さんが揃っているのを見ると、そそくさと早めに店を出ていってしまった。

「なにか悪いことしちゃったかしら?」

「いいんですよ、あれで」

 くすりと笑って手嶌さんが言う。思い当たることと言えば、先日のレジ前でのちょっとしたやり取りしかないけれど……。

 まあ、いいか。深く考えないことにしよう。


 ミルクたっぷりのカフェラテは、見るからにふわっとした口当たりが想像出来る。ラテアートは葉っぱの模様。星原さんの手によるラテアートは崩すのが惜しいくらい綺麗でかわいい。この他にも時によって色々な形のラテアートを作ってくれると言うから、自分とは別種の器用な人間を見ている気分になる。


 いざ、白いカップに口をつける。ふわりと快いコーヒーの香り。それにミルクのたっぷり混ざった独特の甘さ。のどを通って胃のに落ちてひと段落。もう一度同じ行程を繰り返して、もうひと段落。

 あんまり一気にいっぱいは飲まない。熱いカフェラテを、ふうふうと少しずつ飲むのが幸せなのだ。

 付け合せもあるけど、今日はタルトもある。甘いものを食べて甘くなった口を、優しい風味で流していく。


 ほうっとひと息。

 体もポカポカと温かくなっている。

〝温みの渦〟というくらいだから、砂糖なんかをいれてぐるぐるかき混ぜてもいいのだろうけど、模様が惜しくてそのまま飲んでしまった。


「やっといつもの感じに戻ったわね」

 わたしの様子を見て星原さんが笑って言った。声には安堵が含まれていた気がする。

「そうですか?」

「ええ、やっぱり食べっぷりが違うもの」

「星原さんってば!」

 もー。

 と、抗議の声をあげながらも否定できない。

 半分ほどになったカフェラテの、ちょっと崩れたラテアートを前にしながら、わたしは赤面したのだった。

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