終わらない物語

@mikagi

書きかけ_1

人類が小説および絵画における全ての創作物を生成し終えてから久しい。正確には人類によって開発されたAIが生成を終了したのだが。多種多様なテーマ,種々雑多なストーリーの小説。様々な構図、主張、印象を持った絵画。その全てがもうすでに過去生み出された作品となってアーカイブされている、ということになっている。なぜ断言できないかと言えば、ある日AIが作品の生成を終了しただけで、可能性の全てを網羅していることは誰も証明できないからだ。ただ、今までありとあらゆる方向の才能を持った、(あるいは、自身を世界で唯一のアイデアを持っている才能に満ちた存在と考えているだけの)作家、画家が作品を公表してきたが、悉くそれと同様の小説、絵画の収められているアーカイブアドレスをAIは提示してきたのだ。ここでいう同等とは、例えば小説では登場人物の名前などの瑣末は異なるが物語の進行、雰囲気、構成の全て一緒といったものや、絵画では細部の配色や背景に描かれた物は確かに違うが全体の構図、印象はまるで同じといったものだ。AIが全てを生成し終えた直後の世界では、一部の人から、物語や絵はディティールの積み重ねでできているのだから、細部が違えば全体も当然変わってくるはずだという主張が叫ばれていた。しかしいざAIが示した作品を目にすると、確かにそこから受ける印象は元の作品と同じなのであった。むしろ、人間が作った作品は、もともとAIが生成した作品の本質でない部分を無意味に改変し、無理やり自身の作品として仕立て上げたような、まるで剽窃した側のような違和感さえいだいてしまうことも多いのだった。(もちろん、一部の作品は本当にAIが作ったものを剽窃して作られたのかもしれないが。)また、当時出た違う主張として、AIはすべての組み合わせを単純に生成しただけに過ぎず、そこに意味はないというものもあった。いわゆる無限の猿定理と呼ばれるものだ。猿が文字の書かれたダイスを無限に振り続ければシェイクスピア作品もヘロドトスの歴史も万葉集もいつかは必ず生成される。しかし計算量を考えれば、現在の技術でもそんなことは到底不可能なこととすぐにわかるし、実際そういった人々を沈黙させた事実として、ただランダムに文字や単語を並べた文章を提示してもAIは対応するような作品をアーカイブ内に見つけることができず、そのランダムに配置された文章に意味が生じ作品へと転じた瞬間、AIが同等のものを示すことが何度も確認された。そもそもアーカイブ内を参照すると、どれを見ても意味をもつ作品であり、無作為に生成されているものは一つも見つけることができないのだった。



小説、絵画における全ての創作物が完成されたことによってある一つの大きな変化が社会に訪れた。この作品生成AIの開発元であるArgax社はAIによる生成終了を受け、その直後に作品をすべて公開したのである。これにより以降、作家、画家が自身で作り上げたものを公表したとしてもその全てはすでにArgax社の下に著作権があるものとなったのであった。こうして、AIが作品生成を終了し、作品が公開されたその日から、文章、絵におけるクリエイターと呼ばれる存在はすっかりその姿を消してしまった。いくら創意工夫を凝らして新しいものを創作し、世間に公表してもその作品はすでにこの世に存在してしまっているのだ。多くのクリエイターは当初この事実を信じられず(また,受け入れられず)、幾たびも作品を発表してはArgax社から著作権侵害で訴えられるということを繰り返したが、次第にお金にならないことが確実になってくると職業としてクリエイターを名乗る人はいなくなった。


しかしながら一方で、クリエイターの代わりに新たな職業が生まれた。それがサルベージャーと呼ばれる存在だ。Argax社は作品をすべて公開したが、アーカイブ内には作品として少しでも成り立っているもの全てが納められているため、その多くは極端に面白くなく、美しくなく、感じ取れるものがないものばかりであった。人ひとりが一生かけて触れることができる作品数はアーカイブ内の全作品と比べれば極めて0に近いため、そんな中で、価値ある作品を見つけるのはほとんど奇跡といえるものであった。すべての人がアーカイブを閲覧することができたが、その中から人々にとって価値のある作品を見つけ出すことは大変に根気と運が必要な作業であり、一つでもそういった作品を見つけ世間に共有する行為はとても評価された。Argax社もこの流れを積極的に後押しした.Argax社は当初、アーカイブ訪問時の広告掲載で収益を得るビジネスモデルを構築していたが、時間を無駄にする無価値な作品ばかりのアーカイブを閲覧する人は僅かで、予想されていたより利益化は順調でなかったのである。そういった経緯から,Argax社は作品群から面白いものや美しいもの、価値ある作品を見つけだした人からそのアーカイブアドレスを買い取り、有料でそのアーカイブアドレスを公開する新たなビジネスモデルをつくったのだった。多くの一般人にとって,無為な作品が無限に続くアーカイブを眺めるより、良い作品をそれまでと同様に購入する方が好まれたのは言うまでもない。このような流れからアーカイブ内を探索し有意義な作品を見つけだすことを生業にする人々が現れだした。彼らは次第にサルベージャーと呼ばれるようになった。



見つけ出した作品が人々に評価されるほど見つけ出した本人に収入が入るシステムが導入されると、一獲千金を狙う人々が多くサルベージャー業界に参入した。素晴らしい作品を引き当てれば過去の有名作家と同じような収入が得られるということで、皆必死に探索を行った。そのうちサルベージャー養成講座なども開かれるようになり、速読技術の向上やAIの作品生成のパターン解析からどのアドレスあたりに面白い作品の鉱脈があるかなどの予想手法など,多岐にわたる技術が開発された。さらには,過去のクリエイター業と同様に、ある特定のサルベージャーが見つけ出した作品なら面白い、このグループが探し当てた絵はきっと素晴らしいはずだといった具合にネームバリューが生まれ始めた。様々な企業が優秀なサルベージャーを囲い込み新たなブランドを確立していった.


そんな時代のある日のことである.ある一人の青年がアーカイブを眺めていた.

その青年は職にも就いておらず,今日1日という何もしないには長すぎる時間をアーカイブされた作品群探索でつぶそうと考えていた.青年は名をエンデと言った.

「つまらないな...」

今読み終えたばかりの小説があまりに面白くなかったため思わずエンデはそうつぶやいた.長編の作品で,終盤に話の転換点を期待する構造だったにも拘らず,全くそのような展開を迎えずに終わってしまった.簡単に話を要約するなら2人の男がフライパンを持ちながら延々と歩き続ける話だった.フライパンをなぜ持っていたのか,なぜ歩き続けていたのか,それらが回収されずに終わってしまった.AIの自動生成ではよくあることだ.時間の浪費をひしひしと感じてエンデはため息をついた.こんなくだらない作品,最後まで目を通すんじゃなかった...

しかし物語の終わりまで読まないとつまらないかどうか判断できなかったのも事実だ.期待した終わり方ではまったくなかったことに苛立ちを感じたエンデは,どんなエンディングであれば面白いかふと考えてみた.が,すぐにその行為を後悔するようにエンデは首を強く振って考えるのをやめた.作品を考えることはもう諦めただろうと自身に言い聞かせる.今更考えたって無駄だ...


エンデは,Argax社による世界の変革が起こる前まで,小説家であった.他のクリエイターがそうであったように,エンデもアーカイブ公開直後は自身の書き上げた小説を検索し,既に存在することに打ちひしがれる経験をしている.しかしエンデが今現在くすぶっている理由はそのことによってではなかった.作品が評価されなかったのだ.自身の作品が.アーカイブ公開前の世界で全くと言っていいほど評価されなかったのだ.そして今現在も.すべての作品が公開された今現在も評価されない,というのには訳がある.エンデを含め多くの人は知っていた.サルベージャーと呼ばれる職業がアーカイブ内を探索していた時期は実際にはほんの一時だった.人々はすぐに気づいたのだ.無限に広がるアーカイブをさまようよりも自分で作品を書いた方がはるかに効率的なことに.そのため多くのサルベージャーは名ばかりで,実際には自身で作り上げた作品をアーカイブ内で検索,出力されたアドレスをサルベージしたものとしてArgax社に申請しているのだった.結局のところ,クリエイターは職業名を変えられ,収入を一部Argax社に徴収されてはいるが,その創作活動自体は何ら変わっていなかったのだ.そんな中エンデが書き上げ,そしてサルベージしたことになっている作品は,ことごとく人々に評価されなかったのだ.自分に才能がないことを実感せざるを得なかった.悔しかった.どんなに時間をかけようが,魂を削って筆に込めようが全く話題にならない.有名なサルベージャー集団,事実上の出版社を訪れたこともあったが,当然認められることはなかった.無力感を感じざるを得なかった.確実にこのアーカイブの海に自分が書きたい作品の完成形が存在しているはずなのに,見つけ出すことも自身で書き上げることもできないのだ.この世界のどこかに確実にすでに存在しているはずのそれを見出すことができないという事実が一層エンデのもどかしさを強めた.エンデはもはや,創作活動はきっぱり諦め,運よく面白い作品をサルベージして事実上自分の作品としてしまえば世間の目は変わるのではないかという淡い期待のみでアーカイブを訪れていた.


ふと,ある作品に目が留まった.冒頭を読むと,どうやらこのアーカイブと似たような存在が生まれた世界について書かれている.その小説によると,作品アーカイブ群によってまさにこの現実世界で起こったことと同様の経緯がその世界でも起こったことが記されている.面白いな,とエンデは思った.全ての創作物が収められているのだから,当然ドキュメンタリーのように現実世界の事実と同じことが書いてある作品も存在するだろう.興味深い鉱脈を探り当てたかもしれないと思ったエデンは,そのアーカイブアドレスがすでに公開さえてないかArgax社のページで検索してみた.どうやらこの鉱脈付近のアドレスは誰もまだ見つけていなかったらしい.

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