END OF UTOPIA

芽野エルナ

第1話

――プロローグ――

 西暦も、もう何年だろうか。

 文明が滅んでからどれほどの時が経ったのだろうか。

 もはや誰も年号を数えることすらしなくなった。

 今、人類は、徐々に死滅しつつある。

 隕石が降ってきたわけでもない。

 パンデミックが起こったわけでもない。

 核戦争が起こったわけでもない。

 ただ、地球と言う星は死んだのだ。

 地上に住むすべての生物を賄うために内包していたエネルギーを枯渇させ、死んだのだ。

 その原因は間違いなく、人類にある。

 ひと思いに殺されることもされず、真綿でゆっくりと首を絞めるように、徐々に苦しみながら人々は死んでゆく。

 慈悲なんて感情を、自然は持ち合わせない。

 人間は、ずっと後回しにして来たツケを今、払わさせられているにすぎないのだ。

 ゆるやかな破滅と言う代償をもって――。


これから語られるは、そんな緩やかな地獄の中で、旅をする少女が見る幻想楽園物語(ロスト・フェアリーテイル)。

その、一幕である。

 

――身勝手な宗教――


「傭兵の……リアさん、ですか。その、武器とかはお持ちで?」

 関所のスタッフが、透明なアクリル板越しに見えるあまり感情の感じられない碧眼の双眸に、目を合わせて問う。

「えぇ。……もしかして持ち込み禁止ですか? 区画:板橋は」

 リアと呼ばれた全身黒ずくめの服を着る少女は、右太ももにあるホルスターに収納されたハンドガン『FN―57』を指さして聞く。

 それにつられスタッフがのぞき込むと、左太ももにもホルスターに入ったハンドガン『 グロック18c』が確認できた。

「いえ、そんなことはありません。歓迎します。リアさん」

 スタッフは、にこりと笑ってそういうと手元のボタンを押した。

――ゴゥン……。

強固そうな鋼鉄の扉がサイレンを鳴らしながら開く。

リアは目を見開いて固まる。

「――え?」

思わずリアが聞き返したのには理由があった。

普通、このような関所を通過する際は、通過目的、理由を聞かれるものである。その手の質問が一切なかったがためにリアは拍子抜けしてしまったのだ。

「……え?」

 しかし、「何かあった?」とばかりにスタッフは首をかしげる。

「あ、いえ……ありがとうございます」

 どうやら必要ないらしいと推察したリアは、礼を言うと自らの軍用バギーのアクセルを軽く踏み、背中まで届く白髪をなびかせながら壁の中の街へ入っていった。

 ここ、区画:板橋は数十年も前から全体を十数メートルの壁で囲んでいる。今、リアが通り抜けたのはそこの関所だ。終末を迎えつつあるこのご時世では、町単位での資材を奪い合いが絶えず、こうしておくことが町の防御法の一つになっていた。

 そして弱冠一八歳で傭兵の彼女は、そんな殺伐とした世界を一人で旅している。

 終末が目に見えている今、リアのように旅する者は少なくない。どうせ死ぬなら好きに生きたい、大抵はそんな理由だ。

 ではなぜ傭兵なのか。

 端的に言えば稼ぎやすい上に護身にもぴったりだからである。略奪など平気で行われる世の中では、それから防衛することで恩賞がもらえたり、自分が狙われてもそれを退けることが出来る。旅するには最適な職業という訳だ。

――まぁ正確には一人ではないのだが。

 関所を抜けしばらくバギーを走らせたリアは、適当なホテルを見つけ一泊することにした。

一三歳ぐらいの男の子のホテルスタッフが笑顔で親切に対応をしてくれる。

「いらっしゃい。お姉さんは外から来た人かな?」

「まぁ、そうね」

「やっぱり。ようこそ、区画:板橋へ」

「どうも」

「四〇S&W弾四〇発でどれぐらい泊まれる?」

「それだと二泊三日ですね」

「じゃ、それでお願い」

 日本政府が崩壊してから、国内は内紛が絶えず、大量の弾が輸入された。その上金融機関も機能しなくなって久しい為、支払いはほとんどが弾丸で行われる。

 一通り手続きを済ませるとリアはすぐに区画:板橋の商店街をその若いスタッフに聞き、商店街へ向かった。実はもう食料もバギーの燃料も底をつくところで、区画:板橋を見つけられたのは幸いと言えた。

 バギーに乗り、まず商店街にある寂れたガソリンスタンドに向かう。

 もちろんまともに本来の機能など果たしていないが、それでも様々な場所で“燃料関連の物が集まるシンボル”として機能していることが多かった。

スタンドの前にバギーを止め、ドラム缶やポリタンクが粗雑に並べられてできた細い通路を歩き、奥へと向かう。

すると現れたのは七歳ほどの少女だった。

「いらっしゃいませ」

 少女はぎこちない笑みを浮かべる。

「ねぇ、お嬢ちゃん。ここの店主さんはどこかな?」

 リアが少しかがんで目線を合わせて問う。

「てんしゅ? はよくわからないけど、ここで燃料を売ってるのは私だよ」

「え……そ、そうなんだ。じゃあディーゼルを四〇米ガロンでほしいんだけど、いくらかな?」

 そういわれた少女はすかさず表のようなものを出し値段の確認を始めた。

「えぇ~っとぉ……四〇米ガロンだと大体一四〇リットルぐらいだからぁ……四〇S&W弾四百発ぐらいかなぁ」

「オッケー」

 リアは片手に持っていた、四〇S&W弾が大量に入っている麻袋を渡した。

 少女が計量器に乗せ、重量で個数を確認する。

「うん? 四五〇個あるけど……?」

「もらっといて~」

「ありがと! おねぇさん! ディーゼルはあっちにおいてあるから好きにもってっちゃっていいよ~」

「ありがと~!」

 手を振ってにこやかに笑いながらその場を後にしたリアは、あらかた燃料を積んだ後、ちょっとした違和感に気が付いた。

「そういえば。よくこんな幼い子が燃料なんて危ないものを管理しているな……」

 まぁそんなこともあるか、とリアは自分を納得させ、さらに商店街の中へとバギーを走らせた。

 リアはその後も次々と必需品集めを済ませて次に行く。

 その後もリアは、弾薬、食材、キャンプ用品、工具、etcetc……特に不足もなく順調にそろえていった。

どうやらこの町は旅人を悪くは思っていないらしい。

殺伐とした今の世界では「旅人に渡すものはない」と門前払いされることも少なくない。

しかし、買いそろえていく中で先に納得させた違和感が再び芽吹いていた。

 さっきのホテルスタッフや燃料販売の子もそうだが、店を運営しているのが皆五歳から一三歳ほどの子供たちなのだ。

 反対に店を利用しているのは、それ以上の年齢のばかり。

 リアは気になって、食料を買った店で対応してくれた一〇歳ほどの少女に聞いてみることにした。

「ねぇ、なぜ、店を運営している人たちはみんな子供ばかりなの?」

 それを聞かれた少女は笑顔で、さも当たり前のように答えた。

「私たちは“シト”だから!」

「シト?」

 続けて少女は別の利用者を指す。

「そう、私たちはあの人間たちを天国まで送る天使なの!」

 天使? と言うことは『シト』の意味は『使徒』ということだろうか?それにしても天国まで送るって、どういう……?

 少女の『人間たち』、と言う言い方も気になる。自分たちは人間ではないとでもいうのか。

 どちらにせよ、一〇歳程度の少女のたどたどしい説明では要領を得ない。リアは適当に話を切り、適当に目についた二〇歳程度に見える男性に話しかけてみた。

「あの、すみません」

「はい。貴方は、見ない顔ですね。新入りさんですか?」

「え? はぁ、まぁ。少し伺いたいことがあるんです」

 この男性も少し言い回しが気になったが、少し変な言い回しの人なんだと納得させ先に進める。

「あの子たちはなぜあんなに小さいのに働いているんですか?」

「あぁ、新入りの君には見慣れない光景だろうね。あの子たちは天から送られてきた使徒、要するに天使だよ」

――この人も頭おかしいのだろうか。

 リアは正直もう少しまともな解説が得られると思っていた。

「天使? どうみても人間ですが」

「人の形をした天使だよ。僕らを天国にあくるために神様が遣わしたんだ」

 ますます意味が分からない。

「す、すみません。もっとわかりやすく説明して頂けますか?」

「それじゃ、神話からはなそうか」

「はい?」

 ――聞けば聞くほどまともな回答帰ってこないんですけど……。

 リアの戸惑いなど気にする様子もなく、高らかに男性は聞いたことの無い神話と信仰について語る。

 まず分かったのは、どうやらこの国の人は皆、変な宗教を信仰していると言ことだ。

 神話に関しては色々と蛇足な部分が多かったが、要約すると、世界を創った神が再びこの世にあらわれて我々人類の魂を新たな世界に運び転生させてくれるといったものだった。

 ちなみに途中から「神話というか予言じゃない?」なんてリアは思ったがなんかもうめんどくさいのでツッコまないことにした。

 この話と子供たちが天使と呼ばれていることがどう関係してくるかというと、曰く「人生に満足して終えること」が転生の条件であるらしく、一五年ほど前に、様々な人の生活を無償で奉仕する「原初の天使」と呼ばれる少女が現れたんだとか。この荒廃した世界で満足して人生を終えるのは難しい故に、神が遣わした天使なんて解釈をしてるらしい。そしてそれ以降五歳以上の年齢になった子供たちを、『使徒』と呼び、神の遣わした天使だと解釈して人生が満足して終われるように奉仕をさせているんだとか。この制度自体が始まったのは「原初の天使」が現れ一五年前ではなく、一三年前かららしい。空白が少しあるがまぁ気にすることでもないだろう。

「その、『原初の天使』ってのはどこに?」

「もう、いらっしゃらない」

「?」

「先日使命を全うして亡くなられたんだ」

「事故死か何か?」

 聞いている感じではそんなに年齢を重ねているわけでもない。おそらく病死か事故死だろうと踏んだリアだったが、

「そんなわけないだろ! 天使を何だと思っているんだ!」

 ――わっかりにくいなぁ……。この宗教の人はそういう風に喋るように教え込まれてもいるのだろうか?

「じゃ、どういう意味?」

「どうやら天使は二〇年しかまともにこの世にとどまっていられないらしいんだ」

「らしいって何?」

「いやだってほら、まだ『原初の天使』様しか亡くなってないし」

「じゃ、お墓とかはないの?」

「いや? 無いね。司祭が跡形も残らず消えていったって話していたからね。でもやっぱ遺体も残らないなんて本当に天使だったんだよ。すごいよなぁ……」

 正直胡散臭いというか、うまい話が過ぎるというか、よく信じてるな、とリアは思った。男性が満足したところでリアはとっととその場を離れ、少し話を聞いて回ったが、全員がそれを信仰し疑っていなかった。少なくとも表立ってはいない。

男性が言っていた四人いるという司祭が相当うまく騙しているのだろうか?

でなければこんな“身勝手な宗教”はすぐさま駆逐されるだろう。

 端的に言ってしまえばこの宗教は、自分たちが終末を迎える世界で、好き勝手するために面倒で、したくない事をそれ以降の世代に押し付けたということなのだから。

 しかし、好きに生きたい、世界を見たいと飛び出したリアがどうこう言えるものではないことは本人がよく分かっていた。彼らとリアの差は「だれに、どこまで迷惑をかけているか」と言うところの程度の差でしかない。

 旅をしていれば当然リアも他人にある程度の迷惑はかけている。

 そもそも、人間生きていればだれかに迷惑をかけている。

 ――今問題なのは、その度合いだ。

 リアは男性に教わった教会に向かった。

 ついてすぐ、中に入ってみたが人気が一切なかった。

 しかしそんなことどうでもよくなるものがリアの視界に飛び込んでくる。

 少女の像だ。白い片翼が生え、十字架につるされた姿で飾られている。

 ――これが例の「原初の天使」ってやつの像かしら?

 にしてはよく出来すぎている。

 この時代にこんな精巧な像を作るならその手の達人が運よくいないとこんなことはできやしない。というかこんなものに資材をつぎ込む余裕のある人間などそうはいない。

 ――まさか。

 一つの最悪の想定に行き当たったリアは一旦バギーに戻り、分子構造解析機を取ってくると、像を解析した。

 解析結果は――最悪の想定が正解であることを示していた。

 この像を構成している分子は、アセトンとエポキシ。

 ――プラスティネーション。

 それは、人体の水分や脂肪を合成樹脂に置き換え、腐敗することなく、悪臭が発生することもない、標本の作成方法。

 リアは即座にその場を離れた。この事実に気が付いたことがばれれば、ただでは済まないと踏んだからである。

 はっきりしたのは、この少女は天使などではなく、人類の科学の力が及ぶ普通の人間だったということ。

 そして、この少女の死を隠蔽し、像に仕立てた、少女が天使ではないという現実を正確に認識できている何者かが存在しているということだった。

 ホテルに戻ったリアは即座に準備を始めた。

何が起こってもいいように。

 しかし、その行動は中断させられる。

――コンコン。

ノックの音がドアから響く。

「リアさん、いらっしゃいますか?」

 初めて聞く声だった。

 一応警戒しながらソファから立ち上がってドアへ近づき、問う。

「どちら様ですか?」

「私はここ区画:板橋で司祭をしている者です。貴方と少し話がしたいのですが、よろしいですか?」

「はぁ……。司祭様が、私に?」

 なぜ私のところに? という疑問はあったものの、騙して強盗するにせよ司祭という言い訳は理にかなわないと判断し、リアはゆっくりとドアを開ける。

 そうして視界に入って来たのはキリストの牧師にもみえる真っ白な服装の男性だった。

「あぁ、よかった。初めまして、リアさん。私は司祭のハーメルンと言います」

 深々とお辞儀をされ、リアもそれにつられてお辞儀をし、挨拶する。

「こちらこそ初めまして、リアと言います。それで、司祭ともあろう御方が私に何用で?」

 その問いに司祭は深刻な顔をして一言告げた。

「この板橋から直ちに逃げてください。リアさん」

 あまりにも唐突すぎる話にリアは少し困惑しながらも訳を問う。

「なぜです?」

「貴方はこの区画の人々に既に“シビト”として扱われつつあります。もし完全にシビトとして扱われればあなたはこの町から出られなくなってしまう」

 ――『シビト』。リアはこの単語についても話をしてくれた男性から聞いて事前に知っていた。『シビト』とは送られる側の人間と言うことである。

「使徒たちには“シビトは全員送る”という使命を与えてあります。シビトとなったあなたがここから出ていけば、彼らは使命を全うできなかったことになる。それは彼らにとって『地獄ゆき』を意味します。そうならないように彼らは意地でもあなたを止めようとするでしょう。そうなれば彼らが貴方に何をするか」

 なるほど、それで出ていけ、か。

 リアは司祭の言っていることを理解できた。確かにそれが本当ならさっさと出ていかねばならない。

 だが、一つの疑問がリアの中にはあった。

「ハーメルンさん」

「はい」

「そういうあなたはなぜ、司祭でありながらこのような裏切り行為とも呼べる行動を起こしたのです?」

 その問いにハーメルン司祭は笑って答える。

「それは、私も元は“外”の人間だからですよ」

 続けてリアは問う。

「ではなぜ司祭に?」

「シビトになって怠惰に暮らすよりましだと思ったからです。なんにせよやることがあるっていうのは良いものですから」

「このおかしな考え方を変えようとは思わなかったんですか?」

「思いました。ですが、これは彼らにとっては幸せかもしれない。他人の幸せを壊す権利は私にはありません」

「なるほど、貴方、相当身勝手ですね」

「えぇ、身勝手です」

この答えを聞きリアは即決した。

「ですが、ここから逃げてほしいというお願いは聞けませんね」

「なっ、それはどうし」

 とここまでハーメルン司祭が言いかけた時だった。

「いけませんねぇ。ハーメルン司祭」

そう言ってハーメルン司祭の後ろから現れたのはハーメルン司祭と同じ司祭の服装をした一人の司祭とぱっと見後五人ほどの使徒たちだった。それぞれ手元にはサブマシンガン『MP5』を構えている。

「そんなことをしては使徒たちが天国に行けない」

 ハーメルン司祭の顔が歪む。

「そんな……。なぜここに……」

 しかし、リアはそんな状況を冷静に見ていた。

「ハーメルンさん。貴方つけられてたんですよ。バレてたんです」

「も、申し訳ない……」

「いえ、むしろ感謝しています」

予想していなかった返答にハーメルン司祭は困惑する。

「どういうことです……?」

「むしろやり易くなりました。なのでちょっとやっちゃいますね」

「は……?」

 次の瞬間、廊下で立っていたハーメルン司祭をリアは左手で自分の部屋に引っ張りドアを閉める。鍵を閉め、部屋の中においてあった武装を片っ端から装備した。

 何度もドアを叩きつける音が聞こえる。ドアは木製のため、そう長く持たないことは見て取れた。

「ちょっと我慢してくださいねっ!」

「は? えっ」

 リアはそういってハーメルン司祭を担ぐと部屋の窓から外へ飛び出した。幸い、リアの部屋は二階。無傷で飛び降り、入り口の横に止めてあったバギーにハーメルン司祭を乗せ、全速力でエンジンをかけ走り出した。

 振り返ると遅れて司祭たちが飛び出してくるのが見える。しかしすでに射程外。

 一応難は凌いだ。

 しかし、このまま終わらせてくれるわけもないだろう。

「さて、どうしよかなぁ……」

「えっ? 何も考えてないんですか?」

 何か策があるんだと思っていたハーメルン司祭はリアのつぶやきには驚く。

「えっ?」

「えっ?」

 考えてないのがさも当然とばかりの「えっ?」にハーメルン司祭は呆れてため息をついたのだった。

 

   ●


その後、ハーメルン司祭の提案で一時的に退避できる場所へと案内してもらえることとなった。

リアがハーメルン司祭に案内されたのは、誰も入らないようなぼろぼろの廃墟だった。半分は火災があったらしく、梁だけが残り、黒く炭化していた。しかし、立地的にはいいかにに入り組んでおり、簡単には見つからなさそうだった。

「ここは?」

 バギーのエンジンを止めて降りたリアは尋ねた。

「原初の天使とされた少女の本来の家です。今は彼女の父親が住んでいます」

「とても生活できそうに見えませんけど?」

「地下室があるのです」

――あら、意外とあっさり言っちゃうんだ。少女が人の子だって情報。

「なぜ私をここに?」

「あなたが教会にいたのを見ました」

「――なるほど、そういうことですか」

「ただし、私はついていくことができません」

「ま、でしょうね。父親にしてみればあなたも同罪ですし」

「……」

 リアは一人で廃墟じみた家に入っていき、比較的新しめの痕跡を探した。

 が、ダイレクトに地下に続きそうなハッチを見つけたため、ためらいなく開ける。

 中は階段が続いており、その先に鉄製のドアが一つあった。

 リアはコツコツと足音を立てながら進み、ドアを開けた。

「だっ、誰だっ!」

 白髪の初老にも見えるほどやせこけた男性がハンドガンのデザートイーグルを構えて怯えていた。

「落ち着いてください。私はただの旅人であなたの敵じゃありません」

「たっ旅人ぉ……? なんでここに!」

「たまたま見つけたからです」

「だとしてもこんな廃墟に入ってくるのはおかしい!」

「私は冒険心が強いんです」

「そ、そうか……そうなのか……」

 ――いや納得するなよ。

 納得して気の抜けたように一瞬うなだれたが、すぐにガバっと動いてリアに縋り付いてきた。

「あ、あんた! 旅人なんだろ! 見た感じ武器も持ってる! 頼む!三人の司祭を殺してくれ!」

「待ってください。なぜ殺してほしいんです?」

 ここで変に知っているのも変だとリアは思い、あえて知らないふりをすることにした。

 そこから語られた話は、商店街の男性の口からは語られなかった、

 ――少女の悲劇だった。

 

 少女は、大人たちが笑わないのを不思議に思っていた。子供たちは笑うのに、大人はまるで笑顔がない。

 少女は、徐々に大人を笑顔にしたいと思うようになった。

 その時から少女の善意の人助けが始まった。

 ある日は、重そうな荷物を持つおばあちゃんの荷物をもって会話をしてあげた。

 ある日は、カフェを開いているおじさんを手伝った。

ある日は、畑を耕すのを手伝った。

 そうしていくうち、心を同じくした子供が少女と同じように人助けを始めた。

 徐々に、笑顔が大人たちに戻り始めた。

 しかし、滅びに瀕した世界が、彼らを狂わせた。

 少年少女たちを、神の遣わした天使だと考えるようになったのだ。

 この信仰を広めたのは三人の大人だった。

 彼らはこの信仰が広まれば、大人が働くことなく、楽してくらせるようになると考えたのだ。

 希望の光すらない世界では、あっさりと信仰は広まっていった。

 そしてその信仰はついに、しきたりとなった。

 参加の意思のない子供を親が強制的に参加させ、無理やり奉仕をさせてうちの子も天使の一人なんだと満足するようになっていった。

 子供たちに笑顔がなくなり、少女はこんなはずではなかったと思う一方、幸せそうにしている大人たちを裏切ることはできず、止めることができなかったそうだ。

 信仰はそのままエスカレートし、ついに宗教となった。

 主に思想を広めた三人の大人は司祭となり、少女を「原初の天使」と名付け祭り上げた。

 そんな時一人の旅人があらわれ、その信仰にひどく共感し、もう一人の司祭として参加したものがいた。

 しかし、その司祭はの本当の目的は共感したからではなく、少女をこの信仰の濁流から解放するために説得することだった。

 司祭の言葉を聞きこんなことはやめるべきだと思った少女だったが、この濁流の停止を呼びかける前に、三人の司祭たちに感づかれ殺されてしまった。

 しかし、このまま信仰の象徴が死んでしまうのはまずい、そう考えた彼らは、少女をプラスティネーションで標本にし、像として祭り上げたのだ――。

 

「あれは、祈りだったんだ……ッ! 悪意を持った大人なんかに利用されることがなければッ‼」

「……」

 リアは、ただひたすら黙っていた。

「お願いだ……。旅人さん。ハーメルンさん以外の司祭を殺してくれ……。弾薬ならいくらでも渡せる。私が一人で戦おうとしたときの残りがあるんだ……ッ‼」

 決死の願いだった。

 うつむいていたリアが少し顔を上げ、必死に願う少女の父親を見る。その眼には、静かな、しかし轟々と燃え上がる炎が宿っていた。

「――報酬はいいです。その代わり、すべてが失われるかもしれません。それでも、よいですか?」

「……! あぁ、なんでもいい! 奴らを殺してくれるならッ!」


リアは地下室から飛び出すと、すぐにバギーに乗り込み、エンジンをかけた。

「リ、リアさん。どうなったんですか?」

あまりの勢いに、ハーメルン司祭は気おされ気味に聞く。

「ハーメルン司祭、貴方は地下室に隠れていてください」

「え? いや、しかし」

「――大丈夫です。お父さん、貴方のことわかってくれてましたよ」

「……わかり、ました」

 ハーメルン司祭はそういうと手で目を覆い、ゆっくりと廃墟の中に歩いて行った。

 リアは胸元の無線機のつまみをひねり、一言。

「ヘックス。仕事の時間。起きて」

 次の瞬間にはアクセルを全開にふかし、街中へと飛び出していった。


   ●


 手始めに、リアは手榴弾のピンを抜き、適当な方向へ思いっきり投擲した。爆音がして数分後、武装した使徒の子供たちが、現れた。

子供たちはリアを視認次第、銃弾をばらまく。リアはバギーを左右に振りながら回避する。

しかし次々と子供たちはどこからともなく現れ、後方からリアに向けて発砲する。

今度はスモークグレネードを取り出し、自分のバギーの後部座席に放り込んだ。

するとたちまち発生した煙がリアの背後からの姿を隠す。

それにより一気に後方からの射撃の精度が落ちた。

回避行動に余裕ができスピードを上げたリアだったが通路脇から現れた荷台に銃を持った多くの子供たちが乗るトラックが現れる。運転席には司祭の一人が確認できた。

司祭がハンドルを切り、トラックがリアのバギー左側で並走を開始。一斉に銃口が火を噴く。

とっさにブレーキを踏み銃弾の雨をよける。即座に『 グロック18c』を引き抜きためらいなくトリガーを引く。分間一二〇〇発の高速フルオートが火を噴き、トラックのタイヤを片っ端からつぶしていく。

右側のタイヤがパンクしバランスを崩したトラックは勢いを殺しきれず横転。リアはブレーキに置いていた足をアクセルに戻し、再び走り出した。

戦闘しながらリアが向かっていたのは出口ではない。

教会だ。

リアは教会前で横滑りさせながら止まると、バギーから飛び降り、教会のドアを蹴り開ける。

中では二人の司祭と、一〇人ほどの子供たちがさまざまな銃を構えて待っていた。

 司祭の一人が口を開く。

「まさか、こちらに向かってくるとはね」

「の割には、ちゃんと用意してんじゃん」

 司祭がにやりと笑う。

「万が一、というやつだよ」

「ふぅ~ん。あっそ」

「旅人の傭兵よ。もうやめろ、君にメリットはない」

 多数の人に同時に銃を向けられている状況。圧倒的に不利だった。

「そうかな? 少なくとも私のこの怒りは晴れてすっきりする」

「どちらにせよ無理だ。君に私たちは殺せない」

「それもどうかな?」

 刹那、リアは羽織っていたジャケットを正面に放り投げる。

一瞬死角が生まれ、リアの姿が消える。

同時、二発の発砲音。

 ジャケットに穴が開く。

「おの、れ……」

 ――倒れたのは、二人の司祭だった。

 ジャケットが地につくと、そこには『FN―57』を構えたリアが立っていた。

司祭を失った子供たちに動揺が走る。

 司祭に命令を受けなければ何もできないほどに、子供たちは奴隷にされていたのだ。

リアはゆっくりと銃口を上げる。

そして再び発砲。

弾丸は、『原初の天使』の眉間をとらえ、そのまま全身にひび割れが走り、像を砕け散らせた。

「もう言いなりになる必要はないからね」

 そう一言放つと、リアはバギー乗り、走り去った。

 ――これですべて終わったはず。

 しかし、そう思っていたのもつかの間だった。

 目の前にM1126ストライカーMGS装甲車が現れる。

 主砲の一〇五ミリ戦車砲がリアのバギーをとらえる。

 瞬間、間髪入れずに発砲。

 刹那、巨大な影が眼前に落着する。

――そして着弾。

 衝撃波と爆音が一気に放たれ、煙に覆われる。

 徐々に晴れ始めた煙から現れたのは。

 人型の十数メートルはあろうかという全身が鋼鉄でできた巨人だった。つまり、この巨体が先の砲弾を受け止めたのだ。

「ナイス! けど次はもうちょっと危なげない助け方してね? ヘックス」

 ヘックスと呼ばれたその巨人は振り返り、答える。

『推奨:次回からの早期救援要請。壁を上る時間を考慮に入れてください。リア』

「あ、そっか。今回君壁上ってきたんだっけ。まぁなんでもいいや。

――やっちゃって、ソイツ」

『了解:Modeチェンジ:アサルトスタイル』

 機械的にそう放つとヘックスは、その鋼鉄の巨体を、地響きを立てながら疾走させた。

 今度はヘックスに向けて再び砲弾が発砲。

 しかし、ヘックスはそれを、巨体をものともしない側宙で回避。

 着地と同時に右手でつかみ、ひっくり返した。すると怯えて出てきた子供たちは走り去っていった。

「お~器用器用」

『リヘインメタル社製の特殊シャーシですからこれくらい当然です』

「はいはい。じゃ、帰っていいよ。私ももうすぐしたらここ出るから」

『――いや、私まだほとんど何もしていないのですが』

「もうじゅーぶんだから!」

『これでは移動に消費したエネルギーの方がかさんでしまいます』

 そう言ってヘックスはドスドスと歩いて帰っていた。

 リアには心なしか肩を落としているように見えた。

 が、気にしないことにした。


   ●


 その後、ハーメルン司祭と、父親と合流したリア。

 二人はその惨状を見るや否や、喜びと一人でこれを全部やったのかという驚きが混じってよくわからない表情になっていた。

 そんな二人にリアは

「これが本業ですから、私」

 と言い自慢げに笑った。

 リアはその後すぐに門へと向かった。何より混乱を起こした張本人だ、このまま残ればさらに何に巻き込まれるかわからない。

「一応聞きますけど、本当に一緒に出ていかなくていいんですか?」

 バギーを降り、後ろで最後の見送りをしようとしてくれるハーメルン司祭に聞いた。ちなみに、少女の父親はその場でお礼を言って泣き崩れ、そっとしておいた方がよいとハーメルン司祭にいわれたのでおいてきた。

「えぇ、いいんです。私がいなくなったら、あの子たちの面倒を見る者がいなくなりますから」

ハーメルン司祭の意思は固く見えた。

「これから、どうするつもりなんですか?」

「……正直、あまり考えていません。まぁなんにせよ、一からのやり直しでしょうね」

「ま、そうですよね」

「それより、私の落ち度で人殺しをさせてしまいすみませんでした」

 ハーメルン司祭にとってはこんな若い子に殺しをさせるなんて私は、と言ったところだろう。

「謝らなくてもいいですよ。ハーメルンさんが来なくてもどうせ私はおんなじことをやってましたから」

「ただの旅人でしょう。破壊する手間などかけず逃げればよかったのでは?」

「たしかに、そうかもしれませんね。というかまぁ、そっちの方が楽でしょうね」

「ではなぜ?」

「私も身勝手だからです」

「?」

「あー、えっと、つまり、私は子供たちが幸せじゃない、と決めつけて、私の考える子供たちにとっての幸せを押し付けたかったんです」

「……なるほど」

「ええ、だから気に病まないでください」

「そう、ですか」

「では。私はこれで」

「あ、そうですね。引き留めてすみません。では、さようなら。リアさん」

 リアはこの区画:板橋に入って来た時と同じようにアクセルを踏み、区画:板橋を出ていった。

 リアはしばらく走り、廃ビルを背に座っているヘックスと合流した。

 そこにはもともとリアがキャンプとして設営していた拠点があった。

バギーから降りたリアは、ヘックスに話しかけることもなく、上を見上げて立ち尽くした。

既に空からは太陽が去り、数多の光の粒が、所狭しと瞬いている。

「確認:リア、何か考え事ですか?」

「ん? あ~、いや、その、なんだ」

 随分と歯切れが悪い受け答えをするリア。

 少し逡巡すると、ゆっくりと口を開いた。

「好き勝手に日常を過ごすために生活の面倒なことを押し付けて人に迷惑をかける人と、好き勝手に旅をするために旅先でいろんな人に迷惑を強いる人、どちらも好き勝手に生きるためにやっているなら、この二つの間に違いはあるのかな?」

『疑問:なぜそんなことを考えるているのですか?』

 小さな駆動音。ヘックスはメインカメラをリアに向け、よく観察していた。

 レンズに映るリアは、気まずいような申し訳ないような、そんな何とも言えない表情で苦笑いしていた。

「さっき、私はあそこの身勝手な大人たちに、少なからず怒っていたし、許せなかった。でも、私のも本質的には一緒で、わかってはいたんだけど、なんだか私って嫌な人間だなーって思って」

『理解』

「ヘックスはどう思う?」

『謝罪:私はその問いに対する答えを持ち合わせていません』

「そっか」

リアのその返答は、少し物悲そうに廃墟に響く。

『――ですが』

「ん?」

『私は、人助けと怠惰な生活が、同じとは考えられません』

「……そっか」

 この返答は、どこか少し安堵したように星瞬く夜空に響いた。


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