第12話 独占ゲーム
「か、かてない…」
俺はシンちゃんがきてからというものの、
モノポリーとは簡単に言えば、土地を買ってエリアを独占したら家を建てて相手からお金をぶんどり破産させる、というキッズがやるにはなかなかシビアなゲームなのだが、交渉が運命を決めるといっても過言ではないくらい、お互いの駆け引きが重要であった。
「なーんで、シンちゃんにも勝てないかなあ」
「なんでだろうねー」
シンちゃんが楽しそうに笑う。
シンちゃんがあの日奏の家にきてから早二週間。初めはおどおどしていたが、一緒にピアノを弾いたり聴いたりしているうちに、他の遊びもしてみようかということで、色々遊んでいたらかなり打ち解けることができた。
「ねーもう一回!」
「はいはい、夕飯の準備しなきゃだからこれが最後だからね」
「オッケー!それじゃあ、最後にあれ出しますか!」
「あれってなに?」
奏が不思議そうな顔をしている。
俺は冷蔵庫まで走ってお目当てのものを持ってくる。
「優勝賞品はこれだー!!!」
俺はそう叫ぶと、奏が冷蔵庫の奥底に隠していたクリームたっぷりのプリンを掲げる。
「く、空太郎?それ、俺のなんだけど…」
「いつの間にかってたのかなーこれ」
「い、いや最近甘いもの食べてないし自分へのご褒美…」
「あんなに『自給自足ライフがー』とか言ってたのに、こんなもの食べてていいのかなー」
「いや、ほら、ご飯とおやつは別だし…最近のおやつはできがいいから、ね?」
「答えになってないなーねえ?シンちゃん」
「うん、そうおもう」
シンちゃんと目を合わせて頷き合う。
「じゃあやろっか!」
「おー」
「…今度は別の場所に隠そ」
奏が何か言っていたが、どうせまた見つかるんだからやめとけばいいのに。
ゲーム序盤はそれぞれ土地を買ってどの色をそろえるかある程度の方針を決める。そして、ある程度お金がたまったら交渉がはじまる。
真っ先に動き出したのは奏。
「空太郎、このみどりの土地二つと空太郎が持っている鉄道に300ドルつけて交換しない?」
「えーどーしよっかなー」
たしか、緑の土地はひとつ300ドルだから奏側は総額600ドルの提示。一方こちらは200ドルの鉄道に300ドルの現ナマ。つまりは100ドルのプラス。プラスと言えばプラスだが…
「なんだかなーあやしいなー」
「だって100ドルプラスだよ?」
「しってるしってる」
奏は一見自分が損していると見せかけて後から考えてみると得をしていることが多い。今まで散々やられてきたので、ある程度手の内は読めている。
「しかも緑の土地あと一つとれば独占だよ?同じ色二つはかなりお得なんじゃない?」
残り一つの緑の土地は今は誰の手にもわたっていない。つまり運次第で独占できるんじゃない?ということをいっているのだ。でもなあ…
「なんで鉄道なの?」
鉄道は土地に比べてそこまで強くないはずだ。資産価値が頭打ちなので、先がない。
「俺が一つ持ってるから得があるってことと、シンちゃんが二つ鉄道持ってるからその防止かな」
…うーん。なんかいってることがふわふわしてる。
「ちなみに今このタイミングなら鉄道と300ドルでいいけど、次交渉するときは400ドルだからね」
でた。この今ならお買い得セール作戦。
「あーでたでたそれ。その手にはのらないから!それいうとき、奏いっつも得するやつだもん!」
「そう?じゃあ交渉決裂だね」
「はいはい!いいですよそれで!」
交渉が決裂する。
「シンちゃん、交渉したいんだけどいい?」
「はい、どうぞ」
次の標的に狙いを定める。
「緑の土地二つと、シンちゃんが持ってる鉄道二つそのままトレードでどう?」
緑の土地二つが600ドル。鉄道二つで400ドル。さっきの交渉よりもかなり味がいい。
「まって!まって!さっきのときよりお買い得になってるから!」
「そう?そんなことないと思うけど」
奏がしれっとした顔で答える。
「いやいや!おかしいって!算数できないの?100ドルも得じゃん!」
「そう?」
「そうだよ!」
「奏です」
「あー!!!」
女の子に甘い!これは許せない!
「ねえ!先に交渉してたの俺じゃん!さっきの交渉もっかいやってよ」
「えー次に交渉するときは鉄道と400ドルって言ったんだけどなー」
「いいじゃん!300で!」
「でもなーいっかいパスした交渉だからなー350出すなら今の交渉やめてもいいよ」
「だす!だすから!はい、こっちね!」
そういって鉄道一つと350ドルを奏にわたす。
「はい、まいどあり」
緑の土地を二つゲットする。まったく、油断も隙もない。
「あれ、あれれ。おかしい…こんなことはゆるされない…」
ゲーム中盤、現金がもう200ドルもない…
ちなみに俺の勝利の鍵でもある最後の緑の土地は奏がゲットしていた。こればっかりは運だから仕方がない。
「ねえ、奏。その緑と俺のオレンジ交換してよ」
「えー?オレンジ180ドルじゃん。120ドルも損したくないなー」
「ぐぬぬ…じゃあ、レッドの土地も一つつけるよ」
レッドの土地は220ドル。合計400ドルとなって俺は100ドルのマイナスだが、他に切れるカードがない。背に腹は代えられない。そのくらい同じ色を独占するということは勝利に近づくことなのだ。
「うん。いいよ」
「ちょっとまってください」
ここまで大人しくしていたシンちゃんが割り込んでくる。
「奏さん、緑の土地と私の青の土地、交換してもらえますか?」
青の土地は一番価値が高くて400ドル。圧倒的にシンちゃんのマイナス。
「まって!まって!そんなことしたら奏が青の土地独占しちゃうよ??」
「だいじょうぶだから、ちょっとまっててね」
「はい…」
淡々とした口調になにもいえなくなってしまう。
「うん。わかった。真ちゃん交換しよっか」
奏とシンちゃんのトレードが決まる。するとすぐさまシンちゃんはこちらを向く。
「空太郎くん、私の緑とさっきのオレンジとレッド、交換してくれる?」
「え、でも俺損してる…」
「わかった。それじゃあ私もう100ドルはらうよ」
つまり、緑の土地300ドルプラス100ドルの計400ドルとオレンジ180ドルとレッド220ドルの計400ドルのトレード。
しかも俺は緑の土地を独占することができる。ちなみにシンちゃんもオレンジを独占することになるが。つまりはWIN-WINというやつである。
「オッケー!交換しよう!」
そういってトレードが成立する。
「はい、空太郎くん」
「ありがとー」
そんなやりとりを、奏はとても暖かくて優しいまなざしで見つめていた。
ゲームはついに最終盤へと差し掛かり、だいたいの優劣がついてくる。
トップは奏。おそらく2000ドルくらいは抱えているうえに青の土地とライトブルーの土地を独占していた。一切手加減なしのマジである。大人げない。
2位は僅差だが、おそらく俺。手持ちは400ドルと心もとないが、緑の独占とかなりの家を建てたので、緑の土地さえ踏ませることができればまだ勝てそう。
そして最下位はシンちゃん。ちょくちょく俺とトレードしているうちに手持ちが目減りしていたようで、おそらくは200ドルあるかないかくらい。かなり厳しい状態だが、独占したオレンジの土地はしっかりと死守していた。
ちなみに俺たちルールだとだれか一人が破産したらその瞬間でゲーム終了なので、俺かシンちゃんが破産してしまったら奏の勝ちが決まってしまう。
「あープリン楽しみだなー」
そんなことをいいながら家を建てて、ついにホテルへとランクアップさせた。これで青の土地を踏んだら間違いなく俺もシンちゃんも破産する。
このままだとまずい…こっそりとシンちゃんに耳打ちする。
「ねえ…俺の400ドルわたすから家たてて奏たおしてよ」
自分の緑の土地をパワーアップさせるよりもオレンジのほうが安くパワーアップすることができる。そこをついた交渉。
「えー?だってそれずるじゃない?」
「このまま負けてもいいの?プリンだよ?」
「そうだけど…」
「たのむよー!シンちゃんがかったら二人でプリンはんぶんこしよ?」
「うーん…」
「あれー?交渉はみんなが聞こえるようにしなきゃいけないんだけどなー」
奏が遮る。シンちゃんは悩んでいたようだが、意を決したらしく俺の400ドルを受け取る。ちなみにそのまま渡すのはあまりに露骨なので適当にいらない土地を抱き合わせセットでもらう。
「それじゃあ家たてます!」
シンちゃんはそういうとオレンジの土地にさらなる家をたてて、ついにホテルまでランクアップさせた。
「おおそうきたか」
奏が感嘆の声を上げる。次は奏のターン。奏が進む先にはオレンジの土地がある。ここで土地を踏ませることができれば状況をイーブンに持っていくことができる。
「ふーめ!ふーめ!」
渾身のふめふめコール。
シンちゃんも真剣な表情で奏のサイコロを見つめている。
「よいしょ」
奏がサイコロをふる。出た目は—7
「よっっっしゃああああ!!!」
喜びのあまりに声をあげる。なんとか奏にオレンジの土地を踏ませることができた…!
「やられた…」
そういいながらお金をシンちゃんに手渡す。これでシンちゃんと奏が並んだ!勝てる、勝てるぞ!
「はい、次空太郎の番ね」
「ほいほい」
サイコロを受け取って適当にポイっとなげる。すると—
「あ」
出た目は3。
「そこ、私の土地…」
「空太郎、破産だね」
俺がシンちゃんの土地を踏んで破産しまった…
クリームとプリンをスプーンいっぱいにすくいとって食べる。
「ん~!うんま~!クリームとプディングのマッチがたまんねえ~!」
「わかる。わかるよ。おいしいよね…」
奏がなんとも言えない表情で頷いている。
結局、シンちゃんの土地を踏んだことで俺は破産したが、そのときシンちゃんに渡したお金と土地によってなんとか奏の合計金額を上回ることができた。
そして約束通りプリンを二人で分け合うことに成功したのだった。
「はい!シンちゃんのおかげでかてたから少しおおめにたべていいよー」
そういってスプーンにすくったプリンを差し出す。
「えっ?あ、ありがと…」
おずおずと口を近づけてくる。なんか、ちょっと変な気持ちになる。
「…おいしい?」
「…うん。おいしい」
「そっか!もっとたべて!」
あまりに幸せそうな顔をするからつい、たくさん食べてもらいたくなる。スプーンですくってはあげて、すくってはあげてを繰り返す。
「ちょ、ちょっとストップ…」
「おなかいっぱい?」
「ちがくて…はやいよ、空太郎くん…」
「そっか。ごめんねー」
みるとシンちゃんはあっぷあっぷしていた。調子に乗りすぎたか。
プリンも食べ終わり、モノポリーも片付け終えると
「さて、そろそろお開きにしよっか」
と奏が終わりの合図をする。外を見れば、夕日が山々を赤く照らしていた。
「え~!まだあそびたりないよ!」
「また、明日も遊べるからね。今日はもう遅いし真ちゃん送りにいこっか」
「はーい」
「…」
しぶしぶうなずく。しかし、シンちゃんはなんとも言えない表情で奏の言葉をただ聞いていた。
シンちゃんの家の方向はだいたい知っていたが、どの家なのかだけは絶対に教えてくれなかった。というよりも途中まで送ると必ず、
「ここまででだいじょうぶです」
といって最後まで送ることを拒否していた。今日もこの言葉でお別れをする。
奏の家は町の集落とは少し離れていてポツンと一軒家というような感じだが、シンちゃんを送る道の先は町の集落だったので、少しはにぎやかなところに住んでいるのだろう。
「…また、いつでもおいでね」
「はい。いつもありがとうございます」
奏はなぜだか少し悲しそうな、そんな顔をしていた。また会えるって言ったのは奏なのになんでそんな顔をしているのか不思議だった。
次の日、シンちゃんが家にくることはなかった。
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