ACT.11

 黒袴が歯噛みをしながら、コルトを足元に投げ捨てる。


 俺がしんぬし様の首から手を放すと、彼は操り人形がへたり込むみたいな恰好で、がっくりと肩を落とした。

 

 神の代理人も形無しである。


警察オマワリを呼びたきゃ呼べよ。先に拳銃を出したのはそっちなんだ。俺かあんたらか、向こうがどっちを信じるか、それこそ”神のみぞ知る”って奴だ。さあ、どうする?』


 遠山と二人の大男たちは、何とも複雑な表情をして、俺としんぬし様を見比べている。

『な、何が望みだ・・・・』


 神の代理人どころか、今やただの”情けないおっさん”になり果てたしんぬし様が、これまた異常に情けない声を出す。

 俺は畳の上のコルトを持ち上げ、弾倉を抜き、遊底を引いて弾をはじき出すと、

『そうだな。じゃ、小沢君が入信する時に提出した書類一式を全部渡して貰おうか。』

 向こうは渋々ながらも書類を持ってくると、俺はそれを一つ一つ小沢君に確認させ、それから彼の肩を叩き、


『さあ、いこうか』と、声を掛け、部屋を出て行きかけ、ついでに部屋の隅で怯えたような顔でこっちを見ていた緋袴の女の子に、

『チャオ』とウィンクをして見せた。


 


 俺は待機所に帰り、荷物をまとめ、例のちゃんちゃんこを脱ぎ捨てる。

 厄介なものを脱ぎ捨て、実にいい心持ちだ。


 小沢君も白衣と白袴を脱ぎ捨て、普段着に着替え、外で待っていた。

 俺達二人は並んで総本山の入り口に向かって歩いて行きかけたところで、

 

『ま、待ってください』

 息を切らせて走って来たのは、あの白髪頭の紫袴と、浅黄袴の総髪男の二人だった。


『まだ何か文句があるのかね?』俺が低音を効かせると、白髪頭が慌てたように両手を振り、何やら分厚い封筒のようなものを取り出し、


『あ、あの、奥で起こったことは全て内緒にしてくれ』と、上目遣いに薄笑いを浮かべて見せた。


『俺にはは効かないぜ。それよりもそっちも弁護士くらいは用意しておくことだな。いずれこの小沢君が訴訟でも起こした時の用意のためにな』


 半分笑いながら、俺が低音を効かせると、威厳なんぞ何処へやらだ。白髪頭も総髪男も真っ青な顔になって、何度も頭を下げた。



『しかし惜しいことをしたねぇ。旦那、をくれるっていうなら、黙って貰っておけばよかったものを』


 ハンドルを握りながら、ジョージがルームミラー越しに俺に言う。


 入り口の大鳥居から電話を掛けると、いつものようにぶつくさ言っていたものの、俺が”手間賃ははずむ”といったら、いつもの4WDをすっ飛ばして、1時間足らずで来てくれた。


『バカを言うな。俺はこう見えてもプロだぜ。頼まれた仕事に関しては忠実なんだ』


俺の言葉に、

『へぇ、お堅いこって』と笑ってみせた。



『あのう・・・・』大きなバッグを抱えた小沢君が恐る恐ると言った体で聞いてくる。


『僕はこれからどうしたらいいんでしょう?』


 窓の外を眺めながら、俺はシナモンスティックを咥え、そっけなく、


『さあ、自分で考えることだ。宗教に頼るなんてのは、歳をとってからでも出来る。若いうちは自分の頭で考え、自分で悩むことだ。それが一番大事だと、俺は思う』


 自分で帰るから、という彼の言葉を『まあ、いいから乗って行け』と、俺はジョージに小沢君の実家まで送ってくれるよう頼み、自分は新宿のビルの前で降りた、


 変な匂いと安っぽい音楽から、やっと解放された。


 久しぶりにとっときのワイルド・ターキーの封を切り、風呂に入りながらいい気分で酔っ払った。


”酒なくて、何の己が桜かな”


 昔の人はいいことを言ったねぇ。


                                終り

*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。


 






 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

虚しき神言 冷門 風之助  @yamato2673nippon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ