ACT.10

 敷居をまたいで、俺が一歩中に入ろうとすると、

『待て』

 白髪頭が言い、黒袴の大男に合図を送る。


 大男は、一人が俺の腕を強引に広げさせ、もう一人が俺の身体をチェックしはじめた。


『手早く済ませてくれよ。俺はホモの気なんかないんだ。男に身体を触られるの はあまり気持ちのいいもんじゃない』


 白髪頭がぐっと俺を睨みつけるが、俺は素知らぬ顔をして、をみていた。


 大男が『何も持っておりません』と野太い声でいうと、白髪頭は、

『よろしい、通れ』と、顎をしゃくった。そこからまた板敷きの廊下を通っていくと、金箔を使った派手な絵を描いた襖がある。


『しんぬし様、遠山でございます』白髪頭が膝をつき、襖に向かって声を掛けると、


『入り給え』と、少々甲高い、女のような声が返って来た。


 襖が左右に開く。


 そこは十二畳敷きばかりの座敷になっており、一方が庭に面したガラス障子になっていて、外からの光が室内に差し込んでいた。


 やはり緋色の袴を履いた女が二人と、それから一番奥に黒檀と思える豪華な浮彫を施した大きくて重そうな座卓があり、その向こうに銀縁の眼鏡をかけた、


『しんぬし様』が座っていた。


 彼も白衣を着ていたが、他の連中とははるかに材質が上等に思える。


 俺を除く全員は、畳の上に額づいて、深々と頭を下げる。


『おい、頭が高い。無礼であろう!』白髪頭と総髪男が殆ど同時に俺に向かって叫ぶ。


 だが、俺は気にもせずにぶっきらぼうに頭を下げると、その場に座って胡坐をかいた。


『貴様!』次に叫んだのは大男どもだ。


『悪いが俺は信じてもいないものに頭を下げる習慣は持っちゃいないんでね』


 俺の言葉に『しんぬし様』以外の全員が気色ばむのがはっきり読み取れた。


 すると、座椅子にそっくり返るようにして座った彼が、鷹揚な態度で手を挙げて全員を制する。


『君の目的は何だね?』


 俺は上着の隠しポケットから、二つ折りにした認可証ライセンスとバッジのホルダーを出して見せ、


『ウソは苦手だ。本当の事を話しましょう。俺は私立探偵です。依頼を受けてここにやって来ました。』


『その依頼というのは?』


『ある人物をここから救い出してきてくれと頼まれたんです』


『誰の事だね?』


 俺は部屋の隅の方に、縮こまるようにして座っている白袴、つまり小沢良助君の方を振り返り、


『彼を、ですよ』


『しかし、それは出来んな。御覧の通り、彼はもう正式な信者となったのだ。そうなった以上、途中で放棄することは許されない。そんなことをすれば・・・・』


『天罰が当たるって言いたいんですか?』


『そうだ。神に背くことは、人の法に背くことより・・・・』


『まあ、そうでしょうな。その”天罰”ってのが、この恐いおニイさんたちからの殴る蹴るだとすれば、誰だって委縮する』


 俺の言葉に、全員・・・・今度は”しんぬし様”もひっくるめ、全員の目が釣り上がる。


『探偵君、その位にしておきたまえ。しんぬし様は神の代理人でおわしますのだぞ。』

 遠山という白髪頭が、声を震わせて俺に言った。


『だからどうした?』

 俺の背後で熊が吠えるような声が上がり、空気が縦に割ける。


 一瞬の差だった。


 俺は身体を右に振って避けると、目の前の黒檀の座卓に何かが当たった。


 恐らく鎖分銅だろう。


 懐に入れて持ち歩ける、隠し武器の一種だ。


 だが、次の瞬間、黒袴の大男は目を向いて前のめりに倒れる。


 俺の肘の方が一瞬早かった。見事に鳩尾に入っていた。


 次に襲ってきたのは、もう一人の黒袴だった。

 奴の手には光物。こっちは多分鎧通しといったところだろう。


 俺は座卓に片手をつきながら、大きく跳躍し、しんぬし様とやらの背後に回り込んでいた。


『動くなよ。こっちを見な』



 俺は既にしんぬし様の首に腕を回して抑えつけ、もう片方の手にはボールペンを握り、先端を彼の青白い首筋に突き付けていた。


『こいつはただのボールペンじゃない。硬質プラスチックとゴムで出来たものでな。立派な武器になるんだ。人間の首なんか簡単に突き刺せるぜ』

 

 見れば、黒袴の手にはGIコルトが握られ、銃口が俺の方に向いている。


『撃って見ろよ?ええ?』

 俺はにやりと笑う。


『ま、待て、止めぬか?!撃つな!』


 しんぬし様が、世にも情けない声を出す。


 







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