第60話 盾作りと姫、旅立つ
数日後。
リルと安樹は、シャンバラの王都キサナドを出て再び旅路についた。
「なにが恐ろしい罰を与えるだ、あのクソオヤジ! だいたいアイツは服の趣味が悪すぎるだよ! なんだ、あの羽帽子は!」
馬車の御者台で、リルが父への悪口を叫び続けていた。馬車はスサノオを破壊した褒美としてシズカ女王から下賜されたものだ。
あまりの罵詈雑言に、馬車の中からリルを諌める声がする。
「そう悪し様に言うもんじゃないぞ。最後は嬢ちゃんの言うことを聞いて兵を退いてくれたわけじゃろう」
「まあ、そうだけど」
そう言われて、リルは口ごもった。
「それはそうと、じい様、あの爆発でよく無事だったな」
声の主は、田常だった。
田常は、体中に包帯を巻いているが中身はいたって元気そのものだった。
「前もって図面をみておったからの。地の神器は、前面の装甲だけがバカみたいに厚く設計されておったのじゃ。そこでわしは、衝突の寸前にイズナを引きずり出してその分厚い前面に隠れたわけじゃな」
そう言いながら隣にいるイズナの尻を撫で回す。
「いやです、おやめください。田常様」
イズナは言葉では抵抗しているけれど、頬を染めて身をよじっている様子はやはり嫌がっているようには見えない。
一度は裏切り裏切られた田常とイズナの二人は、いつのまにかまた仲の良い恋人同士に戻っていた。
「こんなじいさんのどこがいいんだか」
リルは呆れながら、隣にいる安樹に尋ねた。
「そういえば、アンジュ、おまえ、どうしてクサナギがシギの右腕にくっついてるってわかったんだ?」
安樹は微笑んで答える。
「なんとなくです。それに、子供の頃読んだ絵本にクサナギという神剣の話があったのを思い出しまして。クサナギは八首龍の尻尾の中に隠されていたんですよ。だから、人の神器も体の中に隠せるものじゃないかと」
「そんないい加減な! もし違ってたらどうするつもりだったんだ!」
安樹は、声を荒げるリルをなだめて言った。
「きっと大丈夫でしたよ。私たちはハーン様を誤解していたようです。もし証拠がなくてもハーン様なら、きっと姫様の言う事を信じてくださったでしょう」
それを聞いたリルはさらに頬を膨らませる。
「そんなわけないだろ! あの男は、頑固で、わがままで、短気で、人の言うことなどきいたことのないヤツなんだぞ!」
傍らで怒り続けるリルを、安樹は苦笑いしながらみつめていた。
(頑固で、わがままで、短気で、……まるで姫様そのものだ)
そして思った。これほどにボドンチャルがリルと似ているのなら、やはり彼も悪い人間ではないのだろう、と。
* * *
去っていく四人を、シズカ女王とイセ侍従長が城の上から見送っていた。
「本当に行かせてよかったのですか?」
「えっ?」
「あの盾作りですよ」
侍従長は女王に進言した。
「そもそも無敵の鉄砲があることが、シャンバラを他国の侵略から守る最大の盾なのです。鉄砲を防ぐ盾があるとなればその効果は半減します。しかるにあの安樹なる男の盾は鉄砲どころか、人の神器クサナギをも防ぐ最強の盾。これを放置しておくわけにはいきません」
しかし、シャンバラの女王はしだいに消えて行く馬車をみつめたまま答えた。
「そうでしょうか? あの盾は、鉄砲を防いだと言えるでしょうか?」
「はあ」
「見ておりましたが、弾丸が当たるたびに桃色の破片が飛んでいました。鉄砲の弾丸は、あの盾を少しずつ破壊していたわけです。つまり、いまだシャンバラの鉄砲を完璧に防ぐ手段はない。それになんといっても、彼らは今回の件の一番の功労者なのですよ。恩を仇で返すような真似は一度きりで十分です」
シズカ女王にたしなめられて、イセ侍従長は慌てて言い訳をする。
「恩を仇で返すなどとんでもない。私が言いたいのは、あの盾作りが只者ではないということです。思えば、スサノオやアマテラスの封印を解いたのもあの男。さらに両親の素性が知れないとなると……もしや、彼はギチョウに殺されたはずの」
侍従長の言葉を、女王はいつになく強い口調で制した。
「口を慎みなさい。憶測で言って良いことと悪いことがあります」
侍従長は我に返ったように咳払いをする。
「コホン、そうでした。せっかく国が女王様のもとでまとまろうというのに、寝た子をおこすような真似は愚の骨頂ですな」
シズカ女王は軽くうなずくと、遠く西の空を見上げた。
雲ひとつない青い空が、見渡す限りはるか遠くまで続いている。
その澄み切った空に、天高く一羽の鳥が飛んでいった。
「仮にそうであったとしても、私たちにあの方を縛ることはできません。あの方はリルディル様の盾なのですから」
そして、ポツリとつぶやく。
「リルディル様がうらやましい」
女王のつぶやきは、うららかな田園地帯を吹き抜ける風に流れて消えた。
* * *
田常は安樹に声をかけた。
「安樹よ、おまえ、昔わしが出した問題を覚えておるか?」
「ああ、覚えているよ。矛と盾のだろ」
安樹が振り向いて答える。横からリルが口を挟んだ。
「何の話だ?」
「昔、師匠が私に問題を出したんです。どんな盾も貫く矛と、どんな矛も防ぐ盾があったとして、その矛でその盾を突いたらどちらが勝つかという問題です」
「あー、あの問題か。私がズバッと正解した奴だな」
「まったく正解してませんって」
苦笑いする安樹に向かって、もう一度田常がたずねる。
「どうじゃ、あの問題の答え、わかったか?」
安樹は頷くと、ためらうことなく答えた。
「もちろん、盾が勝つ」
孫の力強い言葉を聞いて、田常は顔面を皺だらけにして笑んだ。
「おう、わかったか」
それを聞いていたリルから、疑問の声が上がる。
「おいおい、それはおかしくないか? 矛はどんな盾でも貫くんだぞ! どうして盾が勝つんだ!? よくて相打ちだろ!」
最強の矛がどんな盾でも貫くというのなら、最強の盾であっても貫かれてしまうだろう。しかし、盾の勝利は貫かれないことではないのだ。
「姫様には、わからないことですよ」
「そうそう、盾の気持ちは盾にしかわからん」
安樹と田常は顔を見合わせて笑った。
姫君の不満げな叫びが緑の街道に響き渡る。
「だからなんでなんだよ! おまえら盾作りだからって贔屓してるんじゃないのか!」
その後、シャンバラを出たリルと安樹たちの一行は天山南路を西へと向かった。天山山脈を南へ迂回する交易路は、遥か遠くシリアまで続く。
姫君と盾作りの旅もこれで終わったわけではない。(了)
銃盾 鶏卵そば @keiran
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