真実④

「おめぇら!合わせてけぇ!」

 ケラノウスの拳が強く握られると、徐々にピッチが上がる機械音にあわせて光が強まっていった。


「ああ。エンジ、俺が先に行く。」

 ハクは再びスカーフで口を隠し、ハバキリを構えながら前方へ宙返りをする。


『うい。』

 ハクの一言を聞きその場で立ち止まったエンジは、キンコボウを伸ばしながらハクの背面へ思い切り振りぬく。そして、迫るキンコボウを足場にし、ハクは高速で男爵ゾウムに飛び込んでいった。


「ほう、息ぴったり。」

 男爵は手を腰の後ろで組み、余裕たっぷりとでも言いたげだ。


狼牙ろうが空回刃くうかいじん”!〉


 まっすぐに飛び込んでくるハクを横に躱すが、ハクは空中で反転し、瓦礫を足場にして方向を変化させ、何度も男爵を追い詰めていく。


「おおお、洗練された動きですね。」

 男爵は連撃をものともせず躱していく。


「あんたは余裕ありすぎだろ。」

 ハクは不機嫌な声で男爵に返した。

「スゥゥゥゥゥー…。」

 酸素を全身に送り、力を高めていく。


狼牙ろうが閃滅せんめつ”〉


 ハクはより態勢を低くし、足を強く踏み込むと地面を抉りながら加速を重ねていった。そして、より素早く強力な連撃を男爵に繰り出すと、ハバキリの白銀の刃が残像として宙に帯を残していった。男爵も横に大きく逃げようとするが、ハクは先を読み、後方へと追い詰めていく。


「小さい犬に足元でちょこまか動かれるとやりにくいですね。」


「じゃあ、飛べよ。」

 片足立ちになった男爵の軸足へ向けてハバキリを走らせる。


「おお、怖い。」

 男爵は空中へ逃げ、ふと視線を横に向けると、廃墟の影からキンコボウがまっすぐ伸びてきていた。

「ほっ。」

 しかし、男爵は体を反らせて回避した。エンジはキンコボウを引き込むと廃墟から男爵の上空へ飛び出す。


『空中なら逃げ場はないだろ!』

 逃げ場のない空中で男爵ゾウムを挟み撃ちにし、エンジとハクは双方から攻撃する。

『もらったぁ!』


「やりますね。」

 男爵ゾウムはエンジが出てきた廃墟へ向け手を伸ばすと、引き寄せられるように姿を消した。2人の攻撃は空を切る。


『クッソ!』

 着地したエンジは廃墟の方へすぐさま走り出した。すると、スカーフを戻したハクが後方からエンジに話しかける。


「見えたか?!」


『あんまりぃ!』


「自分の“血”を自在に変形させるようだ」


『んで、鞭みたいにして、どっかに引っかけて避けたか!』


「ああ。」


『でもまぁ、一応。』


 エンジはお得意の素早さで数十メートル先を進む男爵にじわじわと近づいていく。


「エンジ君は本当に人間なのでしょうか、いや、猿なのでは。」


『おい!聞こえてんぞ!!』


「あら、失礼。」

 ―しかし、彼らの身体能力は、人間のそれを超越している。実に興味深い。人間の進化というものは、こんなにも早く生じるものなのか。


「はーい、いらっしゃーい!」

 廃墟の出口では巨大な板状の瓦礫を持ったルストが廃墟ごと男爵をつぶそうとしていた。


「…彼も含めて。」

 男爵は迫る巨大な瓦礫を避けるために来た道を逃げるしかなかった。


「ここは通さねぇよ、〈彗星拳すいせいけん〉!」

 廃墟の上階を破壊しながら突き進む瓦礫は地面に突き刺さると、それは巨大な壁となり男爵の行動範囲を狭めた。だが、男爵は慌てるでもなく懐中時計を確認する。


「これはこれは、残り30秒ですよ!」


『クッソ、舐めやがって。』

 追いついたエンジは電気の塊をチャージしたキンコボウの先端を男爵ゾウムに向ける。

『“連打モード”!!』

 エンジの声に呼応したキンコボウの節々から強く青い光がこぼれる。

〈Activate.〉

『うらぁ!〈連打・穿光弾せんこうだん〉!』

 キンコボウは高速で延長と伸縮を繰り返し、男爵に突きを繰り出していく。先端でチャージされた電気の塊は刃となり、瓦礫を容易く貫いていった。また、刃が放つ閃光が急な暗転を繰り返し、目を眩ませる。

『当たれやぁぁぁぁ!!!!』


「厄介ですねっ…。」

 ―光で視界を奪われ、判断が遅れる。

 攻撃は当たらないが、男爵ゾウムは視界を奪われ始めたことで確かに追い詰められていた。

「少々まずい、上へっ…!?」


〈狼牙“空回刃”!〉

 先を読んでいたハクは男爵ゾウムの上空で白銀の刃を回し、逃げ場を無くす。


 すると矢継ぎ早に、エンジが何度も貫いた背面の瓦礫の壁が叩き割れる。


「ここかぁ!!」

 穿光弾を目印に壁の向こうからルストが飛び込んできた。


 エンジのキンコボウ、ハクのハバキリ、ルストのケラノウスそれぞれが男爵に触れようとした瞬間であった−。

「あー、惜しかったですね。」

 男爵を中心に発せられた強力なが3人を押し出し、廃墟共々吹き飛ばした。


『ぐわっ!!』「くっ!!」「うおっ!!」



 廃墟は瓦礫と化し、巨大な盾に形を変えた血液がフヨフヨと浮かびながら男爵の周りに戻ってくる。男爵の両肩と背中が大きく十字の形で裂けていた、そこから大量の血液を放射したのであろう。男爵は胸のポケットに入っている懐中時計を取り出し眺める。

「あと、1秒早ければよかったですね。まぁ、正直だと私も2分が限界でした。よくやった方だと思いますよ。」

 男爵の裂傷へ吸い込まれるように浮遊している血液が戻っていく。


「さぁ、ステージも整いましたし、メインイベントへ移りましょうか。」

 瓦礫の上を歩いていた男爵は、おもむろに足を止めると瓦礫の中に腕を突っ込み、中からエンジを引っ張り出した。


『ぐっは…。』

 負傷したエンジに意識が戻る。


「おはようございます、エンジ君。どうです?強かったでしょう?」


『うる、せぇな…。』


「はぁ、往生際の悪い。」

 ハクが音もなく背後から忍び寄っていたことに男爵は気が付いていた。突き立てたハバキリを片手ではじき、そのままハクの首を掴む。

「うっ…。」


「今、君に用はないので、邪魔しないでもらえますか?」

 男爵はハクの首を掴んでいた手を離すと、その手で即座にハクの腹部へ強烈な拳を放った。


〈メリ…ゴキィ…。〉

「…っ!…ぶっは!」

 反射的に腕で防御はしたが、腕にめり込んでいく拳は骨を砕き、ハクを遠くの廃墟まで吹き飛ばした。


『ハク…!ああ、くそっ!』

 力を振り絞り、頭を鷲掴みにしている手から必死に逃れようとするが全く効果がない。


「あーあ。やりすぎたかもしれませんね、死んだかも。」


『あああっ!…放せやっ!』


 男爵は抵抗するエンジを横目に、ルストの様子をうかがっている。しかし、瓦礫に埋もれ動く気配がない。

「ふふっ。老害は体力の限界というところでしょうか、もう邪魔は入りませんね。」

 使っていない手をリュートの方に伸ばし、引き寄せる動作をすると磔にされたリュートと血液の球体がゆっくりとエンジたちの前に飛んでくる。そして、必死に抵抗を続けるエンジの耳元で囁いた。

「…さぁエンジ君、絶望タイムです…。」



「貴方のために用意したショーです!自分の強さを過信した人間が大敗を喫し、絶望するところを見たくてたまらなかったぁぁぁ…。」

 男爵は興奮のあまり頬を赤らめ、全身を震わせている。


『ああ!リュート!リュートォ!!』


 エンジの声に気が付きリュートは目を覚ました。


「自分の弱さ故、大事な大事なお友達が狂って死んでいく様を見届けてあげてください。」

 手を上にあげると呼応するかのように磔のリュートも空中へ浮かび上がる。


『やめろ!!ああああああ!』


 リュートは朦朧とした意識の中、弱り切った声でエンジに話しかけた。

「エン、ジ、兄ちゃん…。俺…。」

 リュートの頬に一筋の涙が零れる。


「ああ。…まさにエンターテイメント。」


「俺、ごめ…。」


 カァン。

 ―男爵が指を弾いた瞬間に、赤黒い球体は重力に逆らうことをやめた。


 空に真っ赤な月だけを残して。

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