真実③

 ― 怪物たちは“人間を滅ぼす”ために地球が産み出した。―


 男の話があまりにも信じがたいものであったため、3人は一言も発することができなかった。

 だが、もしこれが事実だとすれば―これまで我々が救済されたと信じていた歴史が、地球に恩を返すためと人類が力を合わせてきたこれまでの努力が、無に帰すことになる。


 男爵ゾウムはその疑念に拍車をかけるように熱を込めて話し続けた。

「ああ。真実を知って言葉も出ないか。感動的だろう?感動的ではないか!お前ら人類は遠い昔から見放されていたんだよ。いいね!その表情。いや逆に、母なる地球が優しすぎた。とっくの昔からお前らなど根絶やしにしておけば、こんなゴミくずどもに…あ、失敬。」

 男爵は乱れた服装を整える。


『あほか、そんなこと信じられるかよ。』

 鼻で笑いながら言葉を返すと、


「では、私たちはどう説明できる?確かに貴方たち人間も過酷な環境や、戦争の後遺症により“異形”と呼ばれても仕方のない姿となった。まぁ今では、どんな姿かたちでも“普通”となっていますがね。」


 ハクは、ライおじさんやバーリィおばさん、サムの姿を思い浮かべていた。


「それに比べれば我々など同じように見えるかもしれない…。はぁ…。何故母は私を人間に似た醜い形に産み出したのかぁ…。まぁいい、とにかく我々と貴方たちの大きな違いは、“本能”として刻み込まれた“人間を滅ぼす”という地球の遺志の下で一つであることだ。」


 男爵は一息置いて3人を見据えて言った。

「只々、我々はを執行するのみ。」


『殺しを正義と考えている時点でおめぇらの正義は狂ってんな!』


「では、貴方たちは殺しをしないで空腹を満たせるのですか。動物はもちろん植物だって生き物、衣服は?家は?武器だって同じっ…!何かを犠牲にしてしかお前らは生きていけないんだ!何も考えていないお前のように“言葉の重み”すら分からない、自分を中心にしか考えない奴らばかりだから人間は地球を殺したのだ!!!!」


 エンジは突際に言い返すことができず、ただ強く拳を握った。


「母の願いは母の一部たる私たちゾウムの願いでもある。だが、人間を殺すことは、資源として長い間、貴方たちに恣意的に使われ、苦しめられた私たちの“念願”でもあります。母はよく考えましたよ、我々の主食を人間にしたんですから。地球にのさぼる人間という害虫を只殺すのではなく、我々の生きる糧としているんです。まぁ、捕食をしなければならないのは、ハウンドのような野生型のみですが。よく考えてください!食事をとりながら、我らの願いを叶え、地球を救う。実に合理的だとは思いませんか?」


「じゃ、なぜ今出てきた?昔に人間を滅ぼしておけばよかっただろ。」

 ハクが尋ねる。


「ああ、いいところを突きますね。でもそれをしなかったのは、こちらのと、ですね。クククク…。」


「あるじぃ??まーだ上がいるってことか、興味湧かせるじゃねぇか。」

 ルストは“ゾウム”という名を聞き、耳鳴りを感じた時の霞がかった謎のビジョンを再び頭に思い浮かべていた。


 ―優しい橙色の炎がルストを包み込む。愛情溢れる母の抱擁に似た優しいぬくもりを感じる。顔を正面に向けると、炎の橙色とは違う真っ赤な何かが立っている。「…人?」歩を進めようとするが水中を歩いているかのように身体は重たく、思うようにそれへ近づくことができない。すると、辺りの炎が急に弱くなり、暗闇が広がるのと同時に意識が遠のくのを感じた。ルストは焦りを感じ「おいっ!!…っ!?」とそれに声をかける。しかし、いくら叫んでもその空間には響くことなく、声は相手に届かない。必死に右手だけを真っ赤な何かに伸ばす。「もうちょっと!!」反りかえるほどに伸ばした指先がそれに触れかけた時、「なぁ!!!!」ともう一度叫ぶ。すると、ルストの声に反応したように何かはピクッと反応した。そして、ゆっくりとルストの方へ振り返る。ルストの手は伸ばしていた手はそれの頬に添えられた。「…っ!!??」振り返ったそれを確認した瞬間、ルストは勢いよく後方へ引き込まれ、ビジョンはそこで終わる。


 ―額から一筋の汗が流れた。

「…笑ってた。」

 真っ赤なそれは顔が見えていた訳でもなく、ましてや人間あるのかどうかもわからない。でもルストにはそれが自分に向かって微笑んでいるという確信があった。


 ―この記憶の謎が“ゾウム”にある。そうルストは感じていた。そして、ルストの一瞬の変化を見逃さなかったハクも同じことを考えていた。


『っていうか、いきなり「地球が生み出したー」とか、「ゾウなんとかだー」とか、そんなこと信じられる訳ねぇんだよ。頭が狂った変態にしか見えねぇわ。とにかくおめぇらは人の形をした怪物なんだろっ?!』

 エンジは呆れた仕草を見せながら、リュートを助けようとキンコボウを構えた。


「エンジッ…やめろっ!」


 そう言い終わらないうちに男爵は3人の目の前に立ち、エンジの頭部を鷲掴みにしていた。


「頭が猿以下のガキには人間との違いを身体に理解させるしかないようですね。」

 男爵の低音で怒りに満ちたような声とは裏腹に、表情は小動物をいたわるような優しさに満ちていた。


「あんさん、早すぎるだろぉ!」

 ルストもすぐさま拳を振りぬくが、すでに空を切っていた。

「まーた消えた!」


「リュートの横だ。」

 ハクは見逃していなかった。


『俺もさっきは見えてなかったわけじゃねぇ、ビックリしただけだ。』


「折角の自己紹介もその阿呆には無駄だったようなので、手法を変えていきましょうかね。そろそろお待ちかねのショータイムに移らせていただきますか。」


『ちっ、誰も待っちゃいねぇんだよ。』


「いやいや、貴方たちにチャンスを与えるんです。この欲に塗れた少年の命を救うチャンスを。」

 男爵は磔にされたリュートへ向けて袖をまくりながらゆっくりと左腕を伸ばしていく。

「且つ、貴方たちとは違うことも身をもって感じてもらいます。」

 そして、まじまじと右手を眺めていると、鋭い刃物のような爪がめきめきと伸び出した。

「私は“鉄”から産み出されたゾウム。ハウンドにとって私は彼らの主のようなものです。」


「だーから、ハウンドを従えられるのかぁ。」


「ご明察。そして、鉄は我が支配下!!!」

 男爵は自分の爪を左腕に突き刺し、ゆっくりと自分の方へ引き裂いていく。


『うえっ…あいつ何やってんだ。』


 引き裂かれた傷から大量の血が出てくるが、血の雫は空中に浮遊していった。


『おいっ、あれ、どうなってんだよ。』

 エンジは目の前の不思議な状況に目を奪われながら、ハクの肩をバンバン叩く。


「たぶんだが、血液ごと“鉄分”を操っているんじゃないか。」


「お二人は冷静で良いよみをしますね。そう、私は、実験をしていたのです。人間の形をした私は同じような臓器を持ち、血液が流れ、心臓という“核”を持っています。では、私の血を人間に与えた時どのような変化が起こるのか、と。」

 空中に浮かぶ赤黒い血液は巨大な球体となり、ゆっくりとリュートの真上に移動していく。男爵の傷はすでに癒えており、タキシードの乱れを整える。


「まさかっ…。」


「おめぇ、やりゃがったなぁ。」

 ハクとルストがいち早く感づく。


「ええ、は、人間にとって少々刺激が強すぎたようです。」


 薬という言葉に、ハッとエンジは気が付いた。

『リュートに…血を?』

 確信に至り、男爵に目を向けると、声もなく笑っていた口は耳の付け根まで裂けていた。

『あんな量与えたらやべぇ!!』


「まぁまぁ、私もそこまで冷酷ではありません。まずは貴方たちを絶望させたくなりました。ですので、1つゲームをしましょう。」

 男爵は胸ポケットから懐中時計を取り出し、時間を眺めながら片方の眉を上げる。

「そうですねぇ、私の見た限り皆さんは2分くらいが全力を出す限界でしょう。その間私に一回でも触れることができたら貴方たちの勝ちです。」


「ちっ、なめられたもんだぁ。」


「負けたら?」

 ハクが聞き返す。


「あのお薬全て、。」

 リュートの真上にある血液が不気味に水面みなもを揺らしている。


『させねぇ。』


 男爵は手を大きく広げ、ショーの始まりを示すかのように宣言した。

「2分間!全力で!来てください!では…ゲームスタート。」

 懐中時計の秒針がゆっくりと12時を指す。リュートを救うため3人は男爵へ向けて飛び込んだ。

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