真実②

 エンジ達がハウンドに足止めをされている頃、リュートはハウンドを追って廃墟の奥へと進んでいた。


 ―あれ?兄ちゃん達追ってこなくなった?うっし、今のうちだ。

 エンジ達が後方でハウンドの群れと対峙しているとは夢にも思わず、リュートは眼前のハウンドと距離を縮め、交戦に移ろうとしていた。


「この距離からなら届く気がするっ!」

 リュートは固まって走るハウンドの中心を目掛け、大きく前方に飛び出した。


「コアはここだよね!」

 右手の指先をピンと伸ばし、ナイフのようにして、着地と同時に1体のハウンドのコア部分へ突き刺した。指先で押し出されたコアを即座に掴み、胴体から引きはがす。


「うん、いける…!兄ちゃんの言ってた通りだ。」

 初めてとは思えないような手際の良さでリュートは次々にハウンドのコアを回収していく。リュート自身も自分に狩りのセンスがあることを無意識のうちに感じていた。


「この力なら…うっ。」

 視界がぼやけ、ハウンドが自分の手のなかで絶命していく感触が生々しく蘇ってきた。四肢を引き裂き肉がブチブチと断裂していく音。断裂した肉から噴射される血液の温度。もがき苦しむそれを見下す感覚―。

「…ああぁ、癖になりそう。」

 そう呟く自分が明らかにことにリュートは気が付いてはいなかった。

「うぐっ…。」

 次の瞬間、心臓が大きく脈打ち、胸のあたりに重みを感じた。

 なんだ今の?―自分の身に何が起こっているのかリュートには知る術もなかったが、それでも自分の身体に何かが起こっていることは間違いなかった。


 すると突然、どこからともなくあのローブの男がリュートの目の前に現れた。

「いやはや、すばらしい…!とても初めてとは思えませんね。」

 男は手をこする音が聞こえるほどゴマすりをしながら、暗がりから歩み寄ってきた。


「あ、じいちゃん!これのおかげでみんなの力になれそうだよ。」


「さようでございますか。それは結構。しかし、もう少し肩慣らしが必要ではないでしょうか?」


「ああ、そのつもりだよ…まだまだ。」

 そう言うリュートの右目が怪しく赤に光った。


「あああぁ、それは、コアの数ですか?それとも…殺戮の衝動ですか?クククク…。」

 リュートが時折見せる禍々しい表情に、男は胸の高鳴りを抑えきれていないようだ。

「お手伝いしてさしあげましょう。貴方の欲が満たされるように…。」

 そう言い残して背後の暗がりに消えた男の代わりに、数十体のハウンドがゆっくりと姿を現した。


「えっ?ハウンド!なんで?…うっ。」

 我に返ったリュートをさっきよりも強い心臓の違和感が襲い、思わず胸を押さえる。

「ちょっと待って、これなに?」

 右半身を覆った赤黒い血管がどくどくと脈を立てて疼きはじめた。まるで自分の体が自分ではないみたいに。


「あらあら、お薬切れちゃったんですねぇ。早く飲まないと、喰われてしまいますよぉ?」

 あざけるような男の声が廃墟全体に響きわたる。確かにリュートの身体はまるで穴が空いた風船のようにどんどん元の大きさへと萎んでいく。しかし、ハウンドは着実にリュートとの間合いを詰めていた


「はは、こんな虫のいい話なんてないとは最初から思ってたし、わかってたよ。でも、俺には力が必要なんだ。」

 胸を押さえながら立ち上がったリュートは、ポケットから例の小瓶を取り出すと、それを勢いよく飲み干した。


「ああああああ、最・高ですね!貴方はぁぁぁ♡」


 薬を含んだ瞬間、リュートの身体は右だけでなく左側まで赤黒く豹変し、獣のような咆哮をあげた。

「ごるるるあ゛ぁぁぁあぁぁ!」


「貴方のそのはまさに、今宵の月と同じ鮮血のような赤…美しい。」

 反りたった瓦礫の先端に立つ男の影が巨大な月に映りこむ。ローブからか細い枝のような腕を出し、足元の瓦礫から金属の棒を拾い上げた。そうして男は鼻歌を歌いながら、まるで眼前の合奏団オーケストラを指揮するようにして、愉悦に浸り始めた。


 男とは対照的に、その足元では目を覆いたくなるような殺戮が繰り広げられていた。先ほどの手際の良い狩りとは打って変わり、リュートは我を失った獣のごとく、一方的にハウンドたちの身体を引き裂いていく。あたりにはハウンドの血液が雨のように降り注いでいた。


 殺戮が佳境に差し掛かると、男の指揮も激しさを増していく。廃墟の外側で落雷に似た閃光が辺りを照らし、それがチカチカとストロボのように舞台を演出する。そしてリュートは最後のハウンドを仕留めようとしていた。


「よえぇ!ちょーよえぇぇ!」

 リュートはハウンドの四肢をもぎ取り、悶え苦しむハウンドの姿を見て楽しんでいるようだった。胴だけになったハウンドの身体に向けて思い切り拳を振りぬくと、肉塊は地面の瓦礫もろとも爆散した。


「「クククク…ハハハ!!!」」

 歓喜に酔いしれる2人の笑いは狂気を帯びた斉唱ユニゾンを奏でる。だが、リュートの暴走は止まらない。


 男の目の前に突如として現れたリュートは、そのまま男に殴りかかった。

「おいっ、まだ持ってんだろ?残りもくれよぉ!!!」

 男は豪速で振りぬいてくる拳に微動だにせず、ようやく聞こえるほどの声を発した。


 …そうなりますか。


 残念そうなその言葉が耳に届いた次の瞬間、リュートの身体中から一斉に血が噴き出した。

「うっ、、、っぐは、、、あああああああ!…。」


「これだから欲にまみれたは嫌いです。主に盾突くなどもっての他ですよ、人間?」


 一瞬の出来事に訳も分からず、全身に走る激痛でリュートはそのまま気を失った。


「人間にはあの量で過剰な摂取となってしまいますか。結果は自我を滅ぼす、と。私も楽しみすぎてしまいましたねぇ。まぁ貴方のおかげでとは違いますが、良い結果を得ることができました。」

 リュートから噴き出た血液は宙を舞い、浮遊し続けている。ローブの男は細い腕を身長を越えるほど長く伸ばし、リュートの首を掴むと、もう一方の手でリュートの胸元に人差し指を突き立てた。指先から何かを引っ張り出すような動作をすると、リュートの体内や辺りに飛散した血痕、塵となっていたハウンドから赤黒い液体がにじみ出てきた。男が手首をくいっと返すと、その指先に吸い寄せられるように赤黒い液体は集積し、巨大な球体を形作った。


「おかえりなさい。」

 血液の球体は蜷局とぐろを巻いて、勢いよくローブの頭の部分へと吸い込まれていった。

 ―ゴクンッ。


 ズゥゥゥゥゥン!!!!

 廃墟の外から強い衝撃を感じ、辺りが大きく揺れた。



「さぁ、最終楽章フィナーレへと参りましょう。」




 ――そして現在、エンジ達の前に現れたローブの男と磔にされたリュート


「おやおや、親玉登場ってかぁ?」


『この声…やっぱ、前にこの場所教えた爺さんだ。』


「いや流石、すばらしいですね。あの量のハウンドをものともせず、粉みじんにしてしまうとは。頑張って集めたんですけどね。」


『そんなことどーでもいい!リュートを返してもらうぞ!』

 武器を構え飛びかかろうとしたそのとき、男は3人を制するように口を開いた。


「いーやいや、いやいや動かないでください、貴方あなたがたは自分たちの置かれている状況を全くわかっていない。」

 男はリュートののど元に鋭くとがった爪を突き立て、3人を牽制する。その間、攻撃から生き残ったハウンド達は、ローブの男の方へと集まり、リュートを取り囲んだ。


「こいつ、ハウンドを従えているみたいだぞ。」


『噂の“人型”の怪物ってことか?』


「ずっと怪物だの、人型だのと言われるのはとても心外です。ですので、の自己紹介をさせていただきましょう。」

 勢いよくローブを脱ぎ捨てると、曲げていた腰をピンっと伸ばし、針のように伸びる2本の口ひげをこさえた貴族のような風貌の男が現れた。黒いタキシードに身を纏い、高身長で枝のように細長い手足、異常に尖った肩と襟が目立つ。


「“我々”だと?」


「そう、このハウンドも含め、貴方たちが怪物と呼んでいる我々は…。」

 右手で天を仰いで一呼吸をおき、言い放った。

「“ゾウム”と、申します。」

 男爵ゾウムは紹介をしつつゆっくりと丁寧にお辞儀をした。


〈キイィィィィィン…〉「…痛ってぇ。」

“ゾウム”という言葉を聞いたルストは、瞬間的に強い耳鳴りに襲われ、こめかみを抑える。ハクは遠目からその姿を見ていた。


 ゾウムと名乗ったそれは再び背筋を伸ばし、人差し指をピンッと上にあげると、

「もうひとつ!ご存知ないようなので言っておきますが、我々は粗悪な環境で進化した生き物ではない。」


 ―「我々を産み出したのは他でもないだ。」―


「「『・・っ!!??』」」

 3人は衝撃のあまり言葉も出なかった。


 男爵ゾウムは劇の役者のように動き回りながら語り続ける。

「このハウンドたちの身体にある金属に見覚えはないか?それは我々が“資源”を基にして産まれてきたためさ。お前たちがバラまいた負の遺産を利用してが最後に産み出した“赤い光の奇跡”−—それが我々だ。そして地球が我々を産み出した理由は、たった1つ。」

 男爵の動きが止まり、人差し指と顔をゆっくりと3人の方へ向けて言った。


 ―「お前たち“人間を滅ぼす”こと。」―


 先ほどまでとは打って変わった、地鳴りにも似た低い声には、憎悪や怒り、怨念という言葉では言い表せない強い感情が籠められているようだった。

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