真実①


 門の上にある守衛宿舎の間を走り抜けると、その勢いのままリュートは外の世界へと飛び出した。落下しながら見える世界は想像していたよりも荒涼としており、外で生きることの過酷さが肌で感じられた。


 ――これが、外の世界?


 想像とのギャップはしかし、むしろリュートの興味をかき立てた。

「今の俺ならどこまでもいけるっ!!!」


 数百メートル先で着地したリュートは、即座に目先にいる怪物を捉えた。

「毛が無い、前足に巨大な爪、4本足−あれが兄ちゃんのいつも話してた“ハウンド”か。」


 4匹のハウンドもリュートの姿を認めた。しかし、なぜか襲い掛かかることなく、群れを組んだまま逃げて行った。


「おいおい!待てよ!!」

 せっかく見つけたハウンドを取り逃がすまいとその後を追いかける。


 ――まだ開ききっていない外門の隙間を抜け、外に出る3人。


『くそっ!どこ行った?』

 目を凝らして砂漠地帯を見渡す3人。


「あれだ!」

 ハクが何かを指さす。


「んー、見えん。」


『暗いのに目良すぎ!助かった!行こう!』

 走り出す2人を横目にもう一度目を凝らすと、ハクは思いもしない光景を目にした。


「どうもハウンドがリュートから逃げているらしい。」


『何?!逆じゃなくて?』


「おれぁ嫌ぁな予感がプンプンするんだが…。」


「…同感だ。」

 珍しく空気の澄み渡った夜空のもと、真っ赤な月が3人の頭上で怪しく輝いていた。


 リュートを追った先には、2日前に戦った廃墟地帯があった。

 幸いリュートの足は思ったよりも遅く、その背中が次第に大きくなっていく。すかさずエンジは大声で呼びかける。

『リューーートォ!とまれぇ!!!!』


 リュートはその声に驚き、思わず声のする方に目を向ける。

 ―追いかけてきたのか…。まずい、追いつかれたら一人で戦えない。そう思ったリュートはそのままスピードを上げて走り続けた。


「無視されちまったなぁ。」


「一人で戦うためだろ。」


 そのとき、ハクは視界の隅に飛び出してくる影を捉えた。

「エンジ!危ない!」


 ハクはエンジの後ろからベストを掴み、自分の方へと引き寄せる。

『おえっ…!』


 3人は一旦距離をとって素早く視線を自分たちのいた方に向けた。

 砂地と瓦礫の地面をえぐる爪痕、その先には案の定ハウンドの姿があった。


『うえっ、危ないところだった。サンキュー。』


 次の瞬間、廃墟の窓という窓から無数のハウンドが飛び出すと、素早く3人を取り囲んだ。


「おいおいおいおい。こりゃ、100パー足止めじゃねぇかぁ?」


 リュートとの距離は次第に離れていく。


『お前らに構ってる暇はねぇんだよ!』


「時間がない、ルスト、使うぞ?」


「そうだな、速攻で片付けようや。」


『しゃぁ!すぐ追いついてやる。』

 エンジはベストの両腰にぶら下がった小さな円柱のパーツを両手で持つと、それを顔の前で組み合わせ、前後に捻った。


 ガシャン!


〈エンジ‘sウェポン“キンコボウ”Ready?〉


『OK!』

 すかさずエンジは武器から聞こえてくる無機質で機械じみた女性の声にそう答えた。


〈セキュリティ、オールクリア Activate.〉

 音声認識が完了すると組み合わされた部分からあみだ状に青いラインが走る。それを追いかけるように円柱は細くなりながら横に延びていき、2m程の鉄の棒が出来上がった。


『毎回思うけど、この武器サムさんの趣味全開だよな。』


「それは同感だ。」

 エンジの横を走り抜けながら、ハクは砂よけのスカーフを鼻の付け根まで引き上げた。ベストの両胸にあるポケットに手を入れ、小指の横に鍵状の突起がついたメリケンサックを取り出すと、そのまま腰の後部に取り付けられた長方形のボックスに左右から突起を突き刺した。


 ガシャン!

〈ハク‘sウェポン“ハバキリ”Ready?〉


「ああ。」


〈セキュリティ、オールクリア Activate.〉

 すると腰のボックスは薄く2枚に分かれ、メリケンとの結合部から外側に向かって青いラインが走る。


 起動途中のまま、ハクはハウンドの群れに飛び込んでいく。群れで行動するハウンドたちはここぞとばかりにハクへ襲い掛かっていった。しかし、ハクに飛びかかった数体のハウンドが断末魔をあげる。声に驚いたハウンドたちは反射的にハクから距離を取った。


「助かるよ、道を空けてくれて。」


 ハクの周りに倒れたハウンド達は鋭利な切り口で腕や胴体を切断されていた。メリケンの先の薄い板は真っ白な美しい刃へと形を変えている。


 ハクの背面にいるハウンドたちが再びハクへ飛び掛かったとき、上空からエンジの声が響き渡る。


『はいはい!エンジ様のお通りだよ!』

 エンジはハクたちから遠く離れた上空でキンコボウを両手で構え、大きく振りかぶる。頭上で握った右手と左手を離すようにスライドさせると、キンコボウはそれを合図にみるみる伸び始めた。

『しゃ、いくぞーっ!』

 長く伸びたキンコボウを空中からハウンドに目がけて叩き落した。

『おらっ!!!』

 キンコボウは的確にコアの位置へ落とされ、内臓ごとコアを破壊しハウンドは塵となった。

 地面に突き刺さったキンコボウを伝ってスルスルとエンジが降り立ち、握った両手の距離を近づけるようにスライドさせると、キンコボウは元の長さへと縮んだ。ハクと背中合わせになり周りのハウンドたちを見渡す。


『これ、何十匹いると思う?』


「いや“何百匹”の間違いだろ?」


 ハウンドたちは次から次へと瓦礫の山から姿を現し、2人と間合いを取りつつ、円をつくるように取り囲んだ。


『ああ、時間がねぇ、ちゃっちゃといこう。色々ぶん回すからしっかり避けろよー。』


「ふっ、心配するな、余裕だ。」


『しゃおらぁ!ギア上げるぞっ!』

 エンジはキンコボウをハウンドに向け、勢いよく伸ばして、手前のハウンドに突き刺した。キンコボウはそのまま止まることなく伸び続け、後方のハウンドもまとめてなぎ倒していく。ハクはすかさずキンコボウの上を走り、左右で別の向きにハバキリを持ちかえ、回転しながら棒の左右にいるハウンドを切り刻んだ。


狼牙ろうが回刃かいじん”!〉

 低い姿勢で繰り出す連撃はさながら狩りをする狼のように見える。


 ハクを標的にしたハウンドが四方から飛び掛かる。それを見たエンジはすかさずキンコボウを縮めると、上に乗っていたハクはその勢いを利用して回転しながら前方に飛び出し、飛び掛かってきたハウンドをバラバラにした。


狼牙ろうが空回刃くうかいじん”!〉


『相変わらず容赦ねぇなぁ。』

 エンジの方にも無数のハウンドが襲いかかる。

『そりゃ来ますよ…ねっ!』

 地面にキンコボウを突き立てると、エンジは伸びるキンコボウにつかまって空中に逃れた。それを見たハウンドも空中のエンジに狙いを定め、勢いよく飛びかかっていく。

『俺もいくぜ!』


 倍以上の長さに伸びたキンコボウを振り回し、そのしなりを使って鞭のように動かしながら、ハウンドの四肢を粉砕していく。


〈“連打弾れんだだん”!〉


 追ってきたハウンドを捌き終わると、エンジは空中で叫んだ。

『チャーーージ!』

 キンコボウはそれに呼応し、片側の先端から円を描くように針が飛び出ると、その中心に電気の塊を創り出す。そして、棒を延ばす勢いとエンジの腕力で、その塊を地面に叩きつけた。


『はぁぁぁぁぁ!!!〈“轟雷弾ごうらいだん”!〉』


 落雷さながらの攻撃は強力な閃光を発し、落下点のハウンド達を焼き払いながら大穴を空けた。あまりの衝撃に地面が揺れ、周りの廃墟から瓦礫がパラパラと落ちてきた。



 ――その頃、廃墟内にいるルストはエンジの攻撃で生じた地面の揺れを感じ取っていた。

「おお?さっきの閃光とこの衝撃、“轟雷弾”使ったなぁ。こっちも急がねぇと。」


 サムが設計したリュックの下部に隠れた取っ手をつかみ、およそ60cm四方の黒いボックスを引っ張り出した。


「まぁよくできてるよ、ほんとに。」


 思わずそう呟くと、グローブをつけた右手の拳を取り出したボックスに当て、ひねるような動作をした。


 ガシャン!

〈ルスト‘sウェポン“ケラノウス”Ready?〉


「おーう、いいぜぇ。」


〈セキュリティ、オールクリア Activate.〉


 ボックスは静かな機械音と共に形を変え、ルストの肩までを覆う巨大な手へと形を変えた。


「んじゃ、このいい感じの瓦礫の塊もらっていくよぉー。」

 ケラノウスを纏った腕で鉄骨が張り出した巨大な塊を掴もうとすると、指の部分が伸び、塊全体を包み込んだ。節々で輝く青い光が強くなる。

「ふー、よっこらせっ、と。」

 覇気のない言葉とは裏腹に巨大な塊は勢いよく持ち上げられ、それを頭上に掲げるようにしてルストはエンジ達の元へと向かった。



 ――エンジとハクは、エンジの空けた穴の中で増え続けるハウンドと戦っていた。


『キリがねぇ、でも、そろそろかなぁ。』

 キンコボウを振り回しながら呟くエンジ。


「何がだ?」

 ハバキリを使い巧みに戦うハクが答える。


『いや、お前がこいつらに斬りかかったとき “できるだけハウンド集めとけ、あと、すぐに逃げられるようにしとけ”って親父が。』


「ルストが居ないことはわかってたが、集め方が“穴”じゃなくてもよかっただろ、これじゃ俺らが袋の鼠だ。」

 ハウンドは次々と穴に降りてきていた。


『んじゃ、親父の人選ミスだ…って…わぁ!』

 薄暗くなる空を見上げたエンジは思わず叫び声をあげた。


 ハクも驚いているエンジの目線の先を追う。

「まじかよ。」


 空には巨大な塊を持って宙を舞うルストがいた。

「ガキどもよくやったー!巻き込まれるなよぉ!」

 そう言うやいなや、2人がいる穴に向かって巨大な瓦礫を構えた。


『ハクっ!!!!』

 エンジは周りのハウンドを吹き飛ばし、すぐにハクの元へキンコボウを伸ばした。ハクが掴んだことを確認すると、穴の外まで振り飛ばした。


「ほいさぁ!〈彗星拳すいせいけん!〉」

 しかし、ルストは容赦なく塊を穴へ投げ飛ばす。


「っく、…間に合うかっ?」

 転がりながら穴の縁に着地したハクはハバキリを口にくわえ、キンコボウを両手で持つと、飛んできた勢いを使いながら穴に残っているエンジを外に振り飛ばす。

「おらっ!」


 キンコボウはエンジの動作にしか反応せず、ここで縮めればハクを引き寄せることになる。空中へ飛び出したエンジにはなす術がない。

『間に合えー!、ぬあっ!間に合えー!!!!』


 ズゥゥゥゥゥン!!!!

 巨大な塊は轟音と土煙を上げ、逃げ遅れたハウンドと共に直径20mほどもある穴へすっぽりとはまった。

 ルストは悠々と岩の上に着地して一息つく。

「ふぅ。」


「『“ふぅ。”じゃねぇ!!!』」

 土煙の中から飛び出してきた2人がルストの頭に拳骨を入れる。


「、、ってーなーーー。無事で何よりだ。」

 殴られたところをさすりながら軽く舌を出すおっさん。


『ふっざけんな!』

「舌、切るぞ。」


 散々ルストに罵声を浴びせたエンジがはっとする。

『違う!リュートを追いかけねぇと!!』


 パチパチパチ。

 そのとき、どこからか拍手が鳴り響いてきた。


「なんだぁ?」

 3人が音のする方へ目を凝らすと、落ち着き始めた土煙の奥からローブを身に纏った男が近づいて来るのが見えた。


「いやはや、あの数のハウンドをものともしないとは。」


 エンジはその声に覚えがあった。

『この声…前に依頼出してきた爺さんだ!』


「お探しのモノはこちらですかな?」

 そっと差し出した手の先に視線を向けると、磔にされ、真っ赤な有刺鉄線で縛り付けられたリュートの姿があった。


『…っ!!!!、リュートぉぉぉぉぉ!!!』


「ククククク…。さぁ、ショータイムの始まりです。」

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