番外編 イレーナ 8歳 


 風が気持ちよく吹き、晴れ渡る空の下、馬車の前でお父さまとお母さまにご挨拶を……


 「では、行ってまいります」

 「イレーナ、頑張るんですよ(物をなるべく壊さないでね)」

 「イレーナくれぐれも気をつけてな(色々と扱いは慎重にな)」

 「お父さま、お母さま。頑張ってまいります(極力気をつけますわ)」

 


 別れの挨拶を済ませ侍女のデボラや護衛とともにゆっくり休憩しつつ、2日かけ馬車で王都の屋敷へ向かいます。

 別れの挨拶をしたものの……社交シーズンになればお父様たちもお屋敷へいらっしゃるそうですからあまり寂しくはありません。


 8歳から12歳まで通う王都の学院には王都の家から馬車で通学することが決まっています。学院に制服はないそうで、服装に決まりはないんだとか……運動するときなども動きやすい服を用意していけば問題ないそうでその場合女性はほとんどが乗馬服かシンプルなドレスだそうです。いかにその場にあった服装ができるかというのも見られているそうです。

 学院には寮もあるそうですが、家から通う者と寮に入るものは大体半々くらいだそうです。

 寮ではほとんどがひとり部屋で侍女や侍従はひとりまでと決められており、ある程度は身の回りのことを自分でしなければいけないそうです。ただし、寮費はかからず朝、夕の食事付きなんだとか。

 寮に入るほとんどの方は家が遠かったり、その家代々の決まりなどの理由で入ることが多いんだとか……たまに、寮に入ればお金がかからないし、たくさんご飯が食べられるという理由で寮へ入る方もいるようです。学費がそれなりに高いそうなのでその辺りの設備が充実しているとのこと。

 寮は寮で楽しそうですが、わたくしは【怪力】のこともありますので早々に家から通うことが決まっています。エバン兄様も一緒ですしね……


 いろいろな準備があるとかでふた月も早く王都へやってきました。来月にはお父さまたちも王都へいらっしゃるそうです。

 すでに私の部屋の準備は済んでおり、領地のお屋敷と同じく普段わたくしが過ごし物が少なく頑丈なお部屋とお友だちを呼べるお部屋のふたつとなっています。

 ですが……頑丈なお部屋にも少しだけ可愛らしい小物やお花を飾っておけるようになりました。小さなことですがそれを眺めては口元が緩むくらいわたくしにとっては嬉しいことなのです。


 リーリアもすでに王都のお屋敷に居るそうなので、お茶会のお誘いのお手紙を出すとすぐに返事が返って来ました。明日にはリーリアが訪ねてきてくれることになりました。

 ええ、わたくしが訪ねていくと必ず何か壊してしまいますから……


 「イレーナ、会えて嬉しいわ」

 「リーリア、わたくしもとっても嬉しいですわ」

 「お嬢様、準備は整っております」

 「わかったわ、デボラ」


 早速、庭園に用意されたテーブルにリーリアを案内します。

 2人きりのお茶会ですが、ここ最近は会うことよりも、お手紙でのやり取りが多かったため話が弾むか少し心配しましたが、その心配はすぐに無用だったとわかります。

 学院での期待や不安、流行りのお話などいくらおしゃべりしても話し足りないほど話が弾みデボラに声をかけられるまで時間を忘れてしまうほどで、おしゃべりしすぎて喉がカラカラになってしまいました。

 淹れなおそうとするデボラを制し、飲んだお茶すっかり冷えていましたが乾いた喉にはとても美味しく感じ、お行儀は悪いですが思わず一気に飲み干してしまいました。


 「本日はとても楽しかったですわ」

 「ええ、わたくしも」


 翌週にはまたお茶会を開くことを約束しリーリアは帰っていきました。早く来週にならないかしら………


◇ ◇ ◇


 先日、エバン兄さまが自分がお茶会に呼ばれなかったことですねてしまったので今回はエバン兄さまとわたくしとリーリア3人でのお茶会となりました。なぜすねるのでしょう?エバン兄さまは学院のお友だちと楽しく過ごしているのではなかったのですか?


 騎士を目指すエバン兄さまは今年から王立学院の高等科へ進み、より専門的な知識や技術を身につけるとのことです。


 エバン兄さまは学院での注意事項や、この教授には気をつけろとか、学食は何が美味しいとか学院の抜け道の話まで教えてくれました。


 「まぁ、1年目はほとんどが座学の授業で俺は退屈したけど、イレーナは少しずつ慣れていくのにちょうどいいかもしれないな」

 「ええ、そうかもしれないですね」

 「頑張りますわ!」


 リーリアには特に「妹が何がやらかした時は駆けつけるつもりだが出来ればフォローを頼む」とお願いしていましたが……それ、本人の目の前で言います?

 リーリアも「ええ、分かっていますわ」と……


 「なんだかおふたりのお話だと、わたくしが問題を起こすことが決まっているようではありませんか……」

 「「え?起こさないはずないだろう(でしょう)。だってイレーナだろ(だもの)」」


 エバン兄さまとリーリアは声を揃えてそう言ったのです……ですが残念ながら否定できないのも確かですわ。


 「でも、この魔道具がございますもの。もしかしたら無事に過ごせるかもしれませんわ」

 「魔道具か……」

 「魔道具ですの?」


 ブレスレットの形をしたこの魔道具は特注品です。

 スキルがわかった直後は既製品を買い、安心したのもつかの間、翌日には壊れてしまったらしいのです。

 そこでお父さまが上級魔道具職人に特注し、作られたのが『制御(大)の魔道具』です。


 「確かに、少しは効果があるかもな……少しは」

 「……少しだけですの?」

 「ええ、残念ながら……」

 「まぁ」


 エバン兄さまの言うことは間違っておりません。だってこの魔道具もひと月と持ちませんの。

 物心ついた後からは魔道具はそれなりにお高いので領地では必要な時以外は外していました。魔道具に頼り切るのもよくないと周囲に手伝ってもらいながら自身で制御訓練も兼ねていました。

 しかし、多くの貴族の目がある王立学院では魔道具は必須です。そのため今までより少しだけ華奢で美しいアクセサリーの形の魔道具に効果はそのまま変更されました。ちなみに領地ではシンプルなデザインのものばかりでした。

 一見して魔道具だとはわかりません。少しでも壊れることがないよう、少しでも長く使えるように人目のない場では外すようにしています。ですが、華奢な魔道具はこれだけです。だって、デザインが違うだけでかなり価格が高いんですって……どうせ壊してしまうなら、見えない位置につければいいのです。例え、シンプルなデザインでも……お父さまにそうお願いしました。だいぶ渋っておられたけどなんとか納得していただけましたわ。


 人目が多い場ではなるべく動かず魔道具に負荷がかからないよう気をつけます。今日はリーリアに怪我をさせるわけにはいかないので付けていますが……


 「そんなに心配しなくても大丈夫だ。困ったときはお兄様が助けてやるからな?」

 「そうですわ。わたくしもお手伝いしますから」


 ですが、高等科は泊まり込みの訓練などもあるらしく、いつでも頼れるわけではないのでなるべくそういうことにならないようにしなければ……


 「エバン兄さま、リーリア……ありがとうございます。わたくし、頑張りますわ」 

 「そうか?」

 「……ええ」


 楽しいお茶会が終わりリーリアが馬車で帰るのを見送った後……


 「デボラ、今日も訓練をやりますわよ!」

 「お嬢様、準備はすでに整っております」

 「ええ、少しでも使いこなせるようにならないとね」

 「イレーナ、あんまり無理せず頑張れよ」

 「ええ、エバン兄さま」

 「では、まずはテーブルマナーから……」

 「ええ」


 少し不安ですけど、それと同時に学院生活が楽しみでもあります。少しでも力を使いこなせるよう訓練の日々は続きます。


 王立学院入学の日まであと、ひと月半……

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怪力令嬢だって幸せになりたい。 瑞多美音 @mizuta_mion

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