「お気分でも、悪いのですか?」

 彼らが黙って立っているとしか見えないロトは、心配そうにミレーへ尋ねた。

「いえ、何でもありません」

 そう答えながらも、ミレーの顔はあきらかに蒼ざめている。そのまま、アウルラームと顔を見合わせた。

(何てことだ。そんなばかなことが)

(いや、無理もないかもしれない。我われには敵をたおせる武器がない)

(これから先、いったいどうなるんだ。ラー恒星系はやつらの支配下に入るのか。宇宙の平和は、どうなるんだ。カルナールは!)

(敵は再び想念波動を狂わす光線を、カルナールのどこか他の都市へあびせるだろう)

(それじゃ何のために、断腸の思いであの都市を破壊したんだ!? これじゃ何もかもが水の泡じゃないか)

「本当にどうしたのです? 何を考えておられるのですか」

「あッ!」

 ロトの問いかけに、ミレーは思わず肉声で叫びをあげた。

「そうだ、ロトだ!」

 ロトが怪訝そうな顔をミレーへ向けたので、彼は再びテレパシーにきりかえた。

(あの都市の人間に、俺たちのビーム銃は通用しなかった。それほどまで彼らの想念波動は狂わさられ、サーマン・ミグと変わらなくなっていた。そして、ロトも一応あの都市の住民だったんだ)

(そうか。ロトの頭脳を調べれば、敵をたおせる武器のためのデータが得られる)

(よし)

 ミレーは、天井を見あげた。

(おーい、ラシャルタ。わかるか)

(わかる)

(そこからここへ、エゴムライズは可能か?)

(大丈夫だと思う。テレパシーが届くのだから)

(じゃ、これから指示する装置を送ってくれ)

 やがて、ミレーが言ったとおりの小さな装置が電送されてきた。

「ロト。私たちは帰ると言いましたが、もう少しここにいなければなりません。そして、あなたに協力してもらいたいことが、ひとつあるのです」

「何でしょう」

「簡単なことです。すぐすみます」

 ミレーはロトの頭に、コードが何本も出ている輪をかぶせた。


         ※     ※      ※


 宇宙船は大気圏を離脱し、カルナールをあとにした。

 彼らはすでに、ロトの頭脳から得たデータをツイサニア基地に電送していた。基地ではそれをもとに、サーマン・ミグへ通用するようにビーム砲を改造し、その武器でサーマン・ミグへの反撃が開始されたという。

 ミレーたちの宇宙船は、数分にしてその戦闘空域に突入した。

 暗黒の宇宙空間に一面に広がるサーマン・ミグの赤い艦隊。その射撃をかわしてミレーたちはユニオン艦隊に合流し、楕円の巨大な母船へ収納された。

 指令室で彼ら三人は、乗組員たちの大喝采をうけた。誰もが彼らの手をとり、讃辞を述べる。

 彼ら三人のお蔭で敵をたおせる武器を作ることができ、一度は降伏しかけたものの、型勢を立て直して反撃へ移ることができたのだ。

 一段高いところに、老齢の司令長官が座っている。長官は三人を見ると微かに笑みを見せ、

「シャローム」

 と、言った。

「シャローム」

 三人も口々にその挨拶の言葉を返したあと、前方に横に長く連なる窓を見た。

 戦闘の状況が、手にとるように見える。

 数の上から言えば、敵艦隊のほうが遥かに勝っている。しかし、ユニオンの改造ビーム砲は相手よりも数倍の威力で、敵を圧倒しているようだ。

 サーマン・ミグの母艦は彼方に小さく見え、無数の戦闘艦に護衛されている。

 広い指令室の、窓に向こう席の乗組員が、

「戦況は上々です。確実に敵は退却しています」

 と、ミレーたちに告げた。ミレーは黙ってうなずいた。

 ユニオン戦闘艦は敵と同じハマキ型だが、ボディーは白銀に輝き、側面には正三角形ふたつを上下逆にして重ねたかごめ絞が、ブルーのラインで入っている。その白銀の戦闘艦が赤い戦闘艦と宇宙空間でからみあいながら、上下左右にと飛びまわっている。その間、ユニオン艦のビーム砲が間断なく発射され、敵艦を一機ずつこなごなにしている。宇宙空間なので当然、全く音もなく敵艦は破裂する。

 あちらこちらで、戦闘艦の破裂する閃光があがる。敵の砲撃はうまくかわし、ユニオン艦の攻撃は続く。

 またひとつ、敵艦が破裂する閃光が走った。ユニオン艦もいくつかは敵の砲撃に破裂するものもあったが、敵よりはずっと少なかった。

 ミレーたち三人はフロアに立ったまま、固唾かたずを飲んで窓から戦闘を見つめていた。

「敵が総退却を始めたようです」

 レーダーをのぞいていた男が、叫んだ。

 肉眼でも、全敵艦隊が恒星ラーと反対の方向へ、移動しはじめたのがわかる。

「全艦、追撃!」

 と、司令長官はかん高い声で叫んだ。

「全艦、追撃します」

 母船を囲むようにしてユニオン艦隊は、サーマン・ミグを追って移動を開始した。

 ものすごい速度で敵は退却する。殿軍しんがりの戦闘艦からは、時折反撃の砲撃がある。だが、それが命中するユニオン艦はなかった。

「恒星系を出る前にとどめを刺さないと、ワープされてしまうぞ」

 アウルラームが、ぽつんとつぶやいた。

 赤く輝く第四惑星マルスの脇を、敵艦隊はすでにすりぬけていた。その向こうに、マルスと軌道上接近して、どす黒い第五惑星マローナがある。そのマローナの付近で、敵艦隊はにわかにその姿をかき消した。

「あっ、消えた」

「ワープしたのか」

「まさか」

 と、アウルラームは興奮しているレーダー・マンに言った。

「恒星系内でワープするなんて、自殺行為だ」

「次元を切り換えろ」

 司令長官の、落ち着いた声が響いた。

 はたして、敵は異次元へ進入していた。それが分かった瞬間、一同は息を飲んでマローナを凝視した。どす黒いだけだったマローナに、敵の赤い基地が一面にできている。そこへ敵艦は、次々と吸い込まれていく。

「ラー恒星系内に、敵はとっくに前線基地を作っていたなんて」

「全く、いつの間に」

「それでこれだけの数で、ツイサニアを奇襲できたんだ」

「なんで今まで、発見できなかったんだ!?」

 乗組員たちは、口々にささやきあった。今は皆、ただ呆気にとられている。

「早くあの基地を叩きつぶそう」

「そうだ。で、ないと、敵はすぐ体勢をたて直して、反撃してくるぞ」

「ちょっと、待て、みんな」

 乗組員たちのざわめきを、アウルラームは静めた。

「あの基地が射程距離に入るまで近づけば、磁場エネルギーの相異から俺たちの宇宙船ルッターは飛べなくなる」

「あっ」

 人々は顔を曇らせ、お互いを見た。一勢に何かを思い出したからだ――かつて民間旅客船カーリア号が、正体不明の敵に砲撃され操縦不能となり撃堕されたのは、たしかこの空間だった。

 皆、司令長官に視線を集めた。長官からのひとことだけが頼りなのだ。司令長官は、ゆっくりと口をひらいた。

「エネジックマグナードレーザー砲、発射用意!」

「何だって!?」

 人々は顔を見合わせた。エネジックマグナードレーザー砲――母船にしかない装備で、惑星ひとつを丸ごと破壊する威力を持つ。消費するエネルギーも莫大で、そうたびたび使えない。

 誰もがためらった。ラー恒星系の惑星のひとつであるマローナが、この宇宙から姿を消してしまうのである。カルナールの都市を破壊した時のためらいの比ではない。

 だから、皆黙っていた。

「復唱はどうしたッ!」

 長官の怒号に、窓に向こう席の中央の若者がふるえる声で、

「エネジックマグナードレーザー砲、発射用意」

 と、復唱した。

「だめです、長官!」

 ラシャルタが長官席のすぐ下まで駆けた。

「何がだめだ。これは長官命令だ」

「カルナールの都市を破壊しただけではなく、今度は惑星ひとつをまるごと破壊するなんて」

「マローナには、知的生物は存在しない。いるのはそこに基地を築いた、サーマン・ミグだけだ」

「しかし」

「放っておけば、ラー恒星系全体の安寧がおびやかされる。それに想念波動の宇宙的均衡も乱され、恒星ラー自体が危い」

 厳かに言い放ち、長官は窓の外のマローナを見た。

「秒読み開始」

 中央にいる若者の操作で、母船の楕円の頂上の部分から、パラボラ・アンテナのような巨大な砲塔が現れた。閃光に対処する遮光器を、全乗組員は目につけた。

「僕には、できません」

 レーザー砲を操作していた若者が、叫びながら長官をふり返って見た。その瞬間、ものすごい衝撃を母船はうけ、人々は椅子から床に叩き付けられた。敵の反撃が、ついに始まった。

 レーザー砲発射のため、ユニオン艦は母船の前方から退避していた。だから、その前方から一気に敵の砲撃をあびてしまった。

 何発か、母船に命中した。そのたび、立っていられなくなる震動が、指令室をも襲った。

 けたたましく、サイレンが鳴った。

 ――第二艦橋、破損――

 ――トレザーダ第三砲塔、使用不能――

 報告の放送が、次々と艦内を流れる。そうしている間にも、敵の砲撃は絶え間なく母船を襲う。

 艦内あちらこちらで火を吹き煙も充満して、ついに指令室まで煙が入って来た。

 ミレーがやっとの思いで立ち上がり、レーザー砲を発射するための位置についた。

 何とか、自分の手で撃ってみよう。そう思いはしたものの、いざとなるとやはりためらってしまう。自分のこの手で、ひとつの惑星を宇宙から永遠に消し去ってしまうのだ。

 砲撃、震動、火災、それらが襲い来る中で、ミレーの手はふるえた。

 背後から、長官の声がした。

「いいか、機をのがすな。味方の戦闘艦は、ただちに前方から退避させる。敵がそれを追わぬうち、一瞬の機に射て!」

 ためらいの心を、長官に読まれている。

 あざやかに白銀の艦隊は前方から上下左右に散り、赤い艦隊だけがマローナを背に残された。

「今だ。撃て!」

 長官の声が響く。だが、撃てない。

 その時、長官は言った。

「この空間だったな。カーリア号は」

 その言葉でミレーの頭にあの時の光景が浮かび上がった。カーリア号が砲撃され、罪もない人々がこの空間で空中に散った。あとからここを訪れた遺族が投げたアスワンの花。妻を、息子を、恋人を呼ぶ遺族の叫び。ビデオニュースで見たそんな光景がよみがえったのだ。

 その瞬間、ミレーは思わず大きなボタンを押していた。

 敵艦隊の砲撃はやまない。母船にビーム砲が命中するたび、衝撃を受ける。だが彼は十秒間それに堪え、ボタンを押し続けていなければならない。

 母船の上部の巨大な砲塔が、じわじわと光を発しはじめた。やがてそれがず太い閃光の束となって吐き出され、敵艦隊をすべてのみこみつつマローナの方へと飛んで行った。

 マローナは全体が閃光に包まれた。ところどころに赤い亀裂が入る。やがてそれが全球を覆い、マローナは大爆発を起こした。


 それから長い時間が経過した。

 爆発の閃光、衝撃、それらもようやく収まった。

 静寂な宇宙空間。そこに漂うマローナのおびただしい数の破片。その向こうについさっきまでは第六惑星だったが、今は岩石の群れとなったマローナにかわって第五惑星に昇格したユピタが黄色い光を投げかける。

 マローナはもうない。その破片は今後小惑星の群れとして、恒星ラーの周りを回るだろう。いわばアステロイドベルトになってしまった。

 すべてが終ったと、床にころがりながらミレーは考えた。

 司令室内の乗組員はみな同じように床にたおれ、力なくうずくまっている。もう誰も、何もする気力もなさそうだ。

「諸君!」

 ただ、長官の力強い声だけが、全艦放送として彼らの頭上を飛んだ。

 ――今、我われはサーマン・ミグのラー恒星系内前線基地であったマローナを、破壊した。しかし、敵の本星がどこにあるか、いまだ謎である。彼らはこの宇宙のどこかにいて、そしてまた必ずやって来るだろう。我われはラー恒星系と全宇宙の平和のため、彼らの侵略を許してはならない。ツイサニア基地とカルナールを守らねばならない。カルナールは我われの保護下にある。カルナール人の文明がいつの日か高度となり、自力で防衛できるようになるまで、サーマン・ミグややつらの我欲のかたまりのような想念からカルナールを守ることは、我われの使命なのだ。カルナール人たちが自らの手で、破壊された大都市の悲劇をくりかえさぬように。このことを、忘れないでもらいたい――

 ミレーは朦朧とした意識で、それを聞いていた。すぐ隣りには、アウルラームがころがってる。

「なあ、ミレー」

 と、アウルラームは音だけミレーに向けて言った。

「もう、戦いはごめんだな」

「ああ、もうやだ」

 ――最後に、――

 長官の放送は続く。

 ――戦いが終ったことら、この言葉で宣言しよう――

 たおれていた乗組員たちも、ようやく起きだした。

 ――シャローム――

 長官に続き、みなそれぞれに、同じ言葉を口にした。

 長官の口調が変わった。

「全艦、ツイサニアに向けて発進!」


〈Shalom〉

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The GENESIS Chapter 18 to 19 John B. Rabitan @Rabitan

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