5
アウルラームが、男わず腰のビーム銃をぬいた。
(殺すなよ)
と、ミレーがテレパシーを送って来た。
(わかってる。足を狙うさ)
引き金がひかれ、進入した人々の足を光線がさっと払った。
人々は、全身を光に包まれた。
「効かない!」
誰もがのけぞり、目をおさえて立っている。アウルラームたちのビーム銃は、カルナール人になら通用するはずだ。だから、人々は本当なら足をやられ、その場に倒れるはずなのだ。だが、彼らは目をくらませられただけで、狙ったはずの足に損傷を受けた者は誰もいない。
まるでサーマン・ミグの宇宙船の中で、兵士たちを撃った時と同じではないか。
「何てことだ」
それほどまでに、この町の人々の身体の想念波動は狂わせられていた。
だが、人々に恐怖を与えるにはそれで十分だった。目のくらみから立ち直った人々は、われ先にと一目散に逃げて行く。まるで潮が一勢に引いて行ったように、あとにはただ静けさだけが残った。
あらためてミレーは、ロトやその妻や娘たちを見て立ちあがった。
「さっき言いかけたことですが、この町にあなたがたの親戚はほかにいますか?」
「娘たちの
「ではその家族もいっしょに、みんなでこの町から出るのです。我われは、ここを亡ぼそうとしている。この町は今夜じゅうに、焼き亡ぼされるのです」
「この町が? なぜ、そんな……」
「今は説明している暇はありません。急いで」
ロトはそれでもまだ
ほどなく、娘たちだけが戻ってきた。
「お父さん。だめなの。冗談も休み休み言えって、本気にしてくれないの」
「私のほうも、そう」
ミレーは静かに、ロトへ言った。
「しかたありません。あなたは妻と娘たちを連れて、ここを出なさい。災難にまきこれないように」
「分かりました」
ロトは部屋の中を見まわした。
「おや、お母さんは?」
「さっきまで、いたのよ」
「寝室みたい」
と、下の娘が言うので、ロトは寝室へ向って妻の名を呼んでみた。返事はなかった。
「ヤシカ。いるんだろ」
ロトが寝室へ入ると、たしかにヤシカはそこにいた。しきりとベッドメーキングをしている。全くの虚脱状態のように目もとろみ、全身の筋肉の力もゆるんだようで、ベッドを作ることに余念がない。
「ヤシカ、何をしているんだ。そんなことをしている場合じゃないだろ。今、あの人たちの言ったことを聞かなかったのか?」
ヤシカは返事もせず、それまでの動作をやめようともしない。
「さあ、早く逃げるんだ、ヤシカ」
それでもヤシカは何も言わないので、ロトは彼女の腕をつかんだ。ヤシカはやっと、目をあげた。
「この町が亡ぼされるなんて、そんなことあるわけないでしょう」
「あの人たちが、嘘を言うわけがない。さあ、早く逃げよう」
ロトはヤシカの腕を強く引いた。
「いやああああッ!」
腹の底からわきあがるような叫びを突然彼女はあげ、その場にしゃがみこんだ。
「私はいや、絶対いや!」
「そんなこと言ったって」
「あなたはよその土地から来た人だけど、私はこの町で生まれ育ったのよ。娘たちだってそうよ。いくら狂ってしまったからって、今さらこの町を離れて暮すなんて私にはできない」
「あの人たちの言うとおりにしよう、な」
ロトがいくらなだめすかすように言っても、ヤシカは首を横にふるだけだった。両手で顔を覆い、彼女は泣き伏した。
ミレーはいささかじれったい思いで寝室へ飛び込んできた。
「もう、時間がないんです」
彼はヤシカを抱き起こして左腕をつかみ、ロトの手首をも握って家の外まで出た。
「さあ、君たちも」
アウルラームも娘たちの背を左右の手で押すようにしてドアから出し、みな揃って町の外へと走った。
「いや、帰る。離れたくない」
ヤシカは半狂乱で泣き叫びながら、何度もミレーの手をふりきろうとした。ミレーはそのたび、力をこめてヤシカの腕をつかんだ。
町からかなり遠くへ来た頃、ロトは走って来た疲れで息をきらしながら、地にたおれ伏した。アウルラームがそれを背後から抱き起こした。
「逃げるんだ。あなたの生命にかかわることだから。早く! 止まってはいけない。後ろを振り向くな」
と、アウルラームは言った。
「巻き込まれないように、山まで逃げるんだ」
「いや、もうだめです」
ロトは苦しい息の下、首を横にふった。
「とても山まで駆けとおす自信はありません。それよりも、あそこに小さな村があるでしょう。そこへ避難してはいかがですか」
(どうする?)
と、アウルラームはミレーに、テレパシーで聞いた。
(あの村なら、かなり都市から離れているから大丈夫だろう。それにあそこの磁場は正常だ。地下室かどこかへ入れば、何とか、な)
(よし)
「わかりました。そうしましょう」
アウルラームの言葉に、ロトはようやく立ちあがった。だが、その時、ロトに気をとられていたミレーの油断をついてヤシカが腕をすりぬけ、もと来た方へ一目散に走って行った。
「ヤシカ。戻るんだ。行ってはいけない!」
ロトが必死で妻を呼ぶ。だがヤシカは、
「いやよ。私、あの町に帰るのよ」
と、叫びながら、どんどん走って行ってしまう。
追おうとするロトを、ミレーは手でおさえた。
「もう、時間がないのです。彼女を追っていては間にあわない、早く!」
ミレーにせかされ、ロトと娘たちは再び小さな村へ向って、走りだした。
かなり走ってようやく村の中に入り、彼らが適当な地下室をみつけた時、空にキーンという金属音が聞こえた。大都市を破壊するためツイサニア基地から来たトレザーダ砲装備の宇宙船の飛来する音だとミレーやアウルラームにはすぐ分かった。
「さあ早く、地下室へ入って!」
真暗の狭い地下室の片隅で、ロトと娘たちはミレーの言うとおり、目を閉じて耳をふさぎ、丸く縮こまった。
その頃ヤシカは生まれた町へ向い、星空の下を駆け続けていた。
空から金属音が聞こえて来るのを、彼女も確かに聞いた。だんだん近づいて来るようだ。一瞬彼女は立ち止ったが、すぐにかまわず駆けだした。
足もとを見ながら、彼女はひたすら走った。息が続かない。わき腹が痛い。それでも走らなければ、生まれた町へは帰れない。
ふと彼女は、行く手の都市の方を見あげた。もう夜半も近いというのに、都市からはこうこうと光がもれている。夜を知らない町となってしまっている。
彼女は再び目を暗い足もとに落した。
その時、大都市の上空で閃光が放たれた。光とともにドンという鈍い音もした。一瞬、雷? という疑問が彼女の脳裏をかすめたがそれも束の間、世界が、少なくとも今彼女が感じられる範囲の世界が光に塗りつぶされた。
夜なのに真昼のように明るくなったとたん、すぐに閃光はかえって何も見えなくなるほどにあたりを白一色に輝かせた。
白い閃光の中、大都市の上に赤く巨大な炎の球が立ちのぼる。夜の闇をとり戻しはじめた空へ、
太い火の柱の上に火球がのっているかたちは、焼けただれた赤いきのこ状の炎の噴水のようだ。火の柱は大都市をすっぽり包んでしまうほどず太く、火球はその何倍も巨大だった。
中天ぐらいまで火球は上昇し、そのままのかたちで夜空に輝いて停止した。
だが、ヤシカの目は、もはやそれを見てはいなかった。全身が火球の熱をあび、立ったまま焼けただれて彼女は死んでいた。
熱風が、火球の方から来た。オレンジ色の風に彼女の肉体は一瞬ののちに蒸気と化し、白骨のみが荒野に立ったまま残った。
熱風のあとも、ものすごい突風が絶え間なく吹き荒れた。だが、あまりの熱に骨格の成分さえ溶解して大地へ溶接され、彼女の骨は倒れなかった。
空から白い灰が、雪のように細かく降りだした。突風に横に流されながら、灰はヤシカの骨にあたる。まだ溶解している骨の成分に、たちまち灰がこびりついて積もりはじめ、彼女はまるで塩の海の沿岸でよく見られるような塩の柱になってしまった。
悪夢の一夜は明けた。
ミレーたちはまだ、ロトの家族に地下室から出ることを禁じていた。空気中の放射能が一定量より下るまでは、外へ出ては危険なのだ。
この小さな村へ、大都市の方角から人々がぞろぞろとやって来る気配があった。ここより大都市に近い村の、かろうじて生命はとりとめた人たちのようだ。ロトは石の階段をのぼり、ほんのわずかドアを開けてすき間からのぞくと、はたして多勢の人々が村へ入って来るのが見えた。
みな身体じゅう焼けただれている。足のかかとの皮膚が異様にのびて、それをひきずってふらふら歩いて来る人々。頭の毛が半分以上ぬけている女。顔が真赤にはれあがっている男。鼻の穴から血を流しながら歩いて来る老人。その衣はちぎれ、あるいは焼けて皮膚と同化し、裸同然の群衆。まさに地獄絵だ。村の人たちは、誰もが扉を閉ざしている。
ロトはもう少しドアを開け、首を出してみた。道も、積木のように並ぶ箱型の石造りの家も、白い灰で覆われている。それを踏みながら、人々は歩いてくる。
大都市があった方角の空には、灰色のきのこ雲が中天まで無気味にそそり立っていた。大都市全体が巨大なかまどと化し、そこから煙が立ちのぼっているようだ。あんなの下にいたら絶対に助かるはずはなさそうだった。
村へ入って来る人たちの中の、ある老人がロトを見つけた。
「水を……水をくれ……水を……」
ひとりがロトのほうへ駆け寄って来ると、半死の状態の人々がこぞって、
「水をくれ」
と、口々に叫びながら近づいて来る。その様相はもはや人間とは思えない。ロトは恐しくなり、あわててドアを閉めた。
外で人々はしばらくドアを叩いていたが、すぐにその場に重ってたおれる音がした。死んでしまったのだろう。
「ロト」
と、アウルラームが彼を呼んだ。
「あまり、外の空気を吸ってはいけない」
「はい。しかし、外はひどい様子です」
ロトは隅でうずくまっている。自分の二人の娘を見た。その前にミレーは立った。
「私たちは、もう帰ります。あなたがたはあと三日、決してここから出てはいけない。三日たったら、あの都市とは反対の方角へ行って、ほら穴をみつけてそこに住みなさい」
「しかし、あと三日。ここでどうやって暮らすのです? 私たちに食糧はない」
「大丈夫。私たちの食糧、マンナをあなたがたに与えます」
ミレーが目で相図すると、アウルラームは腰ポケットから、白いかたまりをいくつかとり出した。小石ぐらいの大きさの丸い榖物のようで、ほどよい固さだった。
ミレーが受け取り、両手でそれらをロトに渡した。
「全部で九つあります。これをひとつ食べればまる一日空腹をおぼえず、必要な栄養を取ることができます。これをひとり三つずつ、三日に分けて食べなさい」
(さあ、ミレー。行こう。ラシャルタが宇宙船を飛ばして来る頃だ)
(よし、ラシャルタに連絡だ)
二人がテレパシーで会話をしている間、ロトには彼らが無言で立っているようにしか見えなかったので、マンナをおしいただいて何度も頭を下げていた。
(おい、たいへんなことになった)
ラシャルタの方から、通信をしてきた。テレパシーでだ。かなり薄れはするが、何とかそれが届く距離に彼はいるらしい。
(どうした、ラシャルタ)
ミレーは地下室の暗い天井を見あげた。
(ミレー、アウルラーム。ツ、ツイサニア、が……)
(ツイサニアがどうした!? 落ち着け!)
(ツイサニア基地が、ついに敵の攻撃に屈し、降伏することを決定したそうだ)
(何だって!)
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