第5話

 ピートが森に着いたとき、黒陽はちょうど南中であった。ピートは、森に入る前に腹ごしらえをするために、近くにあった大きな岩の上に座った。

 森は、他の地域と同じように木々は枯れていた。木の葉は完全に落ちてしまい、残された枝や幹は黒く変色していた。

 ピートは、持参したパンを食べていると、雨粒が手のひらに落ちてきた。雨が降ってきたのだろうか。黒陽が出るようになってからは、天候も不規則になった。晴れていたはずなのに、突然豪雨が降ることも多々あった。

 雨雲の様子を見るために空を見上げたときに、ピートを見つめる目に気づいた。狼だ。その目は、すでにピートを狩ることを決めていた。いつの間にか、後をつけられていたらしい。ピートを襲うタイミングを図っていたが、よだれが滴り落ちてしまったのだ。

 逃げようとしたが、ピートは立ち上がることができずにいた。あまりの恐怖に力が入らない。このままでは、間違いなく食べられてしまう。狼は群れで狩りをするのだから、きっとこの一頭だけではないはずだ。

 狼の前脚が軽く沈んだ。飛びかかってくる。ピートが死を覚悟し、目を閉じた瞬間、「歌」が聞こえた。空気が震えた。森の木々が、ギシギシとうごめく。狼は突然の出来事に、ピートではなく、森の方に振り返った。

 森の入り口に一本の枯れ木があった。狼は、その木を見ていた。ピートも、その木を見ていたが、枝の一つが光ったように見えた。次の瞬間、先ほどまでピートに襲いかかろうとしていた狼は、地面にたおされていた。枝が伸びてきて、狼の頭をムチで叩くように思い切り打ちつけたのだ。枝はさらに動き、隠れていた他の狼に向かっていく。一頭の狼が逃げ出したのを皮切りに、他の狼は逃げていってしまった。

 狼の鳴き声が聞こえなくなると、辺りは静けさを取り戻した。ピートは、動くことができなかった。狼に襲われた恐怖が抜けきれていないこともあったが、「歌」を使う者がいるのだということに驚いていた。祖父の話では、「歌」を使う人間は多くない、ほとんどの人間は、その存在すら忘れたのだと言っていた。しかし、自分が住んでいる牧場からそう遠くない場所に、「歌」を使う人間がいたのだ。しかも、牧草を生やすというレベルではなく、木を操ったのだ。

 森の奥から足音が聞こえてくる。枯れ木の影に隠れて、よく見えない。しかし、こちらにやってくる。ピートは、息を潜めた。なんでだろう、こんなときに限って唾が口の中に溜まってくる。静かに唾を飲み込んだつもりであったが、思いの外大きい音が出た。

 枯れ木の中から、人影が見えた。

「大丈夫か」

 人影が大きな声で叫ぶ。

「大丈夫です」

 ピートは、返事をするが、相手と比べると声が出ていないので、もう一度返事をした。

「よかった」

 人影の声は、大きく、優しかった。。


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黒い太陽が昇る国 山脇正太郎 @moso1059

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