第八話 進展

「納得できないんですけど。ねえ、聞いているのかしら。納得できないんですけど」


「あーうるせえ、うるせえ。一言目から参考にならない手本なんざ、何の価値も無いわ」


 魔土からうっすらと昇る靄が立ちこもる薄暗い迷宮の一角。脚に絡みつく草が地味にうっとおしい。時々、つま先に力をこめないと、転びそうになる。

 そんな風に移動に気を遣うのに加えて、背中からブツブツと愚痴ってくる長耳少女アリスティアが実にうっとおしい。


「あのな、何が『まず、黒いレパレードを用意します』だ。前提がすでにおかしいだろ」


「んー、そこは、まあケイタの努力? 運?」


 適当感たっぷりである。

 はあ、とため息を吐きつつも、周囲の警戒は怠らず、高山圭太は右手の聖剣の剣先をまっすぐ構え油断なく進んでいく。圭太に懐いている『ちびっこ』と呼んでいる小さな光の精霊が、先頭に浮かんでいる。

 

 フワリとアリスティアから離れるように、彼女の周囲を回っていた光の精霊の一つが停止する。

 圭太曰くの『湧き潰し』は、そろそろ部屋を一周しようとしていた。前方に魔土の靄でぼやけた明かりが見える。最初の階段近くに戻ってきたようだ。


「結構な広さだよな……とりあえず一周したら、内側をまた一周……か」


「そうね、そろそろいい考えは浮かんだ?」


「いや、アリスのドヤ顔が浮かんできてめっちゃムカつく」


「……」


「……っ、無言で光ぶつけんな」


 少しの後、階段の下にたどり着く。とりあえず、キリがいいので小休憩を取ることにした二人は、階段の一段目に腰掛ける。アリスティアが、先ほどの休憩時に多めに沸かしていたエルフ茶を入れた水筒からコップに注いで圭太に渡す。


「さんきゅ、やっぱりコレ飲むと落ち着くわー……」


「でしょでしょ」


 ズズーと飲んで、警戒しつつも、まったりする二人。


「真面目な話、どんな感じ?」


「やっぱりバッタの動きに追いつけてない。向かってくるのに合わせて攻撃するのは何とかなる。だけど、相手の動きに合わせて狙った場所を切りつけるのは厳しいな。あの黒バッタは、あれよりも速いんだよなぁ……」


 グルグルと両手の中で《聖剣》の柄を回しながら圭太が答える。


「諦める?」


 表情を確かめるように圭太の横顔を眺めながら、アリスティアが問う。


「は、冗談を。普通のやつは攻撃が当たれば倒せるんだ。黒バッタだって、何かこう、何かすれば、どうにかなる」


「だと良いけどねー」


 圭太の調子のいい返しに、咎めることもなく笑うアリスティア。


「だけど考えなしに戦っても意味ないしな……なあゲイル、思いつく手はないか?」


 回していた手の動きを止め、《聖剣》に尋ねる。


『では、まず前提として現在の状況を整理しましょう。ケイタが話した通り、ケイタの技量では、普通に攻撃してもあの黒いレパレードは倒すことはできないでしょう』


「一理ある」


『かと言って、『普通じゃない攻撃』を仕掛ける技量をケイタが持っているとは思えません』


「……一理ある」


『くわえて、ケイタ自身がここで新たな技量を得る時間も可能性もないでしょう』


「……い、一理……ある…」


「すごい納得しがたい表情で納得してるわね……」


「うるさいよ」


 癪ではあるが、《聖剣》が語る内容に嘘はない。真実のみである。


「了解。現状の把握はできた。心は死んだけど。打つ手無しってわけだ。んで。そこから、ゲイルはどんな手を思いつく?」


『何か提案があるわけではありません』


「ん?」


『仮に何か提案できる案があったとしても、それをそのまま実行し成功したとして……ケイタ』


「おう」


『それは、あなたの成長の糧になりますか?』


「……」


『ケイタの叶えるべき目標。願い。私とアリスに語ったあの言葉に届くには、今のあなたではまだ遠すぎます。少しずつでも近づくには、あなた自身の経験が必要です』


「……」


『負けてもいいのです。失敗しても構いません。それが、あなたの絞り出した考えであり、行動であったのであれば、いかなる結果になろうとも、それはあなたの経験となります』


 ゲイルの言葉を噛みしめるように無言になる圭太を、アリスティアが口を挟まずにじっと見つめる。


『冒険者にとっては、負けや失敗は時に致命的な結果となるでしょう。ですが、ケイタ、あなたには私達がいます』


 聖なる石の煌めきが、どこか優し気に見えるのは、きっと気のせいではないのだろう。


『もう一度言いましょう。負けてもいいのです。失敗しても構いません。私とアリスがいます。本当に危ない時は助けます。ですが、あくまで主役は……ケイタ、あなたなのです』


 ゲイルの声が耳を打つ。しばらく沈黙が辺りを包み込む。それを破るように、少し声のトーンが変わったゲイルの声が続いた。


『まあ、とは言ってもですね。なかなかケイタのみの力で解決するのも難しいわけで』


「……ん?」


『提案ではありませんが、ほんの少しだけ助言を』


「……いいのか?」


 圭太の窺う様な表情に、ゲイルの声が答える。


『迷える生徒を正しき道に導くのは先生の務めです』


「ゲイル先生は、ケイタに甘いわね」


 目を閉じて会話を聞いていたアリスティアが肩をすくめる。


 アリスも大概ですよ、という言葉を飲み込み、ゲイルは圭太に言う。


『ケイタ自身に新しい手段がないのであれば、ケイタ以外で考えればいいのです』


「ん? 俺以外?」


 思わず周りを見渡す。ぼんやりといくつもの淡い光精霊の灯りが見える、靄のかかった空間――圭太達の近くでふわふわと暇そうに浮かんでいる光精霊のちびっこ以外には何もない。草木だけだ。

 後ろを振り返れば、座った階段が上に続いている。飲みかけのコップ。

 隣に座っている、ゲイルの言葉に首を傾げる金髪長耳少女。

 そして、ケイタ自らが手に握る《聖剣》……レビィランテゲイル。


 考える。考える。考えて、思い出して、考えて。考えて――


「……ああ」


 圭太の中で、何かが動き始める。


「ああ、なるほど。なるほどな、ゲイル」


 ゆっくりと立ち上がる。


「まだはっきりとは言えないが……できる事。ある気がしてきた」




◇◇◇◇◇◇




 ザクザクと草を掻き分け進んでいく圭太の背中を心配そうに見つめながら、アリスティアが後をついていく。

 一定間隔で離れていく光の精霊の『湧き潰し』が灯っていく時間も、先ほどの一周目よりもかなり早い。


「大丈夫なの、ケイタ? 周囲の警戒」


「ああ、なんとか。最低限は、気を付けてるつもり。今はとにかく敵を見つけて実戦を積みたい」


 答えた圭太の前方で、ガサリと草が揺れた。と、同時に圭太は《聖剣》を掴む右手に力をこめる。


「ゲイル! 打ち合わせたやつ、試すぞ!」


『了解です』


 草の揺れる音がまっすぐに近づいてくる。その速度は、恐らく通常の一角バッタ。タイミングを見計らうように、じっと前方を観察する。


「まだ……もうちょい、引き付ける!」


《聖剣》を構える。


「よしっ……! 行け、『ちびっこ』!」


 やや右前方に緑色の影が見えた瞬間、圭太は《聖剣》の切っ先を一角バッタに向けた。圭太の叫び声に合わせて、《聖剣》から小さな光の精霊が飛び出す。

 距離的に避ける暇も無く、一角バッタは光の軌跡に貫かれた。

 ギリギリで身をかわして一角バッタの突撃を避けた圭太は、後ろを振り返り攻撃が成功した事を確認する。


「ちびっこ、サンキュー!! ゲイルもありがとな!」

 

 ピョンピョンと右肩に寄ってくる光の精霊と右手の剣に感謝する圭太に、様子を見ていたアリスティアが声をかける。


「よくやったけど……これも素材的にはダメよ?」


 ちびっこによって貫かれた甲殻を指さす。光の精霊の貫いた跡が、きっちりと甲殻に残っている。


「ああ、今のは単に確認のためだ。倒し方は関係ない」


「確認……ね。光の精霊をゲイルに《吸収》した事?」


 頷くと圭太は、《聖剣》レビィランテゲイルを目の前に掲げた。


「前に『光晶石』を採りにいった迷宮で、魔物の攻撃を《吸収》しただろ? 物理攻撃と同じようにできるかどうか確認したんだ。ゲイルに聞いていた話で大丈夫とは思ったんだけど。どうやら、問題ないらしい」


 圭太の目の前で柄に埋め込まれた石――《聖石》がキラリと光る。


「……魔法の《吸収》……そして任意に《放出》も可能。って、事はだ」


 アリスティアに向かって、自信たっぷりに言い放つ。


「お前がさっき見せたやつ。手本にしてやるよ」


 そして、両手を合わせて拝みこむ。


「てなわけでお願いがあるんだけど、聞いてくんない?」


「はぁ?」

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放課後には聖剣を持って 千原良継 @chihara

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