第七話 手本

 右側から草をかき分ける音が近づいてくる。


「ちびっこ! あいつが見えるように近づいてくれ!」


 高山圭太は進路方向の先に浮かんでいた光の精霊に、右手で音がしてくる方向を指さした。

 肯定するようにくるんと回った光の精霊が、音に近づくように移動していく。


「よしっ、これだけ草が高ければ、揺れてる動きで見つけやすいはず」


 《聖剣》レビィランテゲイルを右手で握りしめ、圭太は目を凝らす。視線の先、光の精霊の明かりが届くギリギリのところで、がさりと揺れる草の動きを発見する。


「来るか! どうする!?」


 相手の動きにあわせて自分も突っ込むか、このまま相手を迎え撃つか。音からして近づいてくるのは魔物一匹のはず。だがしかし、丈の高い草のせいで、とにかく視界が悪い。何が近づいてくるのか、どんな姿勢なのか。そういった視覚情報が何もない。


「さっきアリスが草刈った場所まで退くか…?」


 一瞬思い浮かべた案を、圭太は即座に却下する。あまりに弱気過ぎる。退くにしても、戦ってからの状況次第だろう。安全第一。だが、安全策ばかり選択していても強くはなれない。


「迎え撃つ!」


 圭太は、前後左右どこにでも動けるように、腰を落とした。右手の先、聖剣の柄の宝石が瞬く。


『来ます』


 近づいてくる。五メートル程先の右側で、がさりと音がする。次の瞬間、四メートル先の左側で音。


「!」


 三メートルで右。二メートルで左。


「複数!? いや、これは跳ねてるからか!」


 見えていれば何の問題もなく迎え撃つことができた攻撃。しかし、草に隠れた一角バッタと思われる魔物の動きは、圭太から満足に見ることができずあっけなく接近を許してしまう。

 とっさに右側に転がる圭太。その脇を影がよぎった。


「あっぶなっ」


 ガチリと固いものが合わさる音が耳に響いた。そのまま、立ち止まることなく草の向こうに消えていく。急いで立ち上がる圭太にアリスティアが声をかける。


「怪我はない?」


「大丈夫! 噛まれてない、やれる!」


 ぶんぶん聖剣を振り回して、元気さをアピールする。


「じゃあ、頑張って」


「おう」


 そのまま、じっと立って、耳をすませる。姿の見えない一角バッタと思われる魔物は、どうやら圭太を狩れる獲物と認識したらしい。また近づいてくる音がする。


「過小評価……でもないか、だがしかし気に入らねー」


 圭太は、ちょっとイラっとしながら、草の動きを見逃すまいと神経を尖らす。


「……こっち!」


 相手の方向を予測し、それを躱すように動きながら聖剣を振るう。しかし、惜しくも届かず再度魔物が草の中に姿を消す。


「惜しい!」


『少し避け過ぎたようですね。もうちょっと相手に寄せてもいいのでは』


「無茶言ってんな!」


 ゲイルの辛い感想に思わず愚痴る。

 

「見えづらいのが、こうもやりにくいとは思わなかった……ん?」


 前方を見ていた圭太は、光の精霊の動きに目を止めた。さきほどまで停止していた光の精霊がジグザグに動いている。


「ちびっこのやつ、どうしたんだ」


 しばらく向こう側に進んだかと思うと右方向に曲がり、そのままカーブを描くようにジグザグと圭太に近づいてくる。


「あいつ……これは、まさか!」


 音がする。ガサリ、ガサリと何かが草の中を跳ねる音が、光の精霊の動きと重なっている。


「教えてくれている!? バッタの動きを!」


 光の精霊がケイタに向かって飛んでくる。


『ケイタ!』


「おっしゃあ!」


 聖剣を振るう。何かを切り裂く感触が、圭太の右手に伝わってくる。そのまま、聖剣を振りぬくと、圭太はその場から離れるように距離をとる。


「手ごたえあり! どうだ!?」


 振り返ると、光の精霊がピョンピョンと浮かんでいる。その分かりやすい動きに、思わず圭太は笑顔を浮かべた。



◇◇◇◇◇◇



「ちびっこ、ありがとう! お前、すげえよ! 助かった!」


 光の精霊を手のひらの上で浮かべて頬をスリスリさせる圭太。もちろん、光の精霊なので触れることはできない。


『素晴らしい助けでした。自我のない小精霊とは思えません』


 ゲイル先生もべた褒めである。


「いや、これ絶対自我あるよな。ちびっこ凄い」


 うんうんと力強くうなづく圭太に、光の精霊がくるくると纏わりつく。


「ほんとに凄いもの見たけど……ケイタもゲイルも忘れてない?」


 近づいてきたアリスティアはどこか呆れ声だ。


「ん?」


『どうしました、アリスティア』


「……ん」


 ゆっくりと人差し指を折り曲げる。その綺麗な爪を追いかけると、そこには先ほど戦った一角バッタ――レパレードだった、モノ。


「あー」


『真っ二つですね』


「ほんとにね、頭からお尻まで綺麗に分かれてるわね」


「あー」


 圭太は思わず頭を抱えた。これでは意味がない。今回の目的は、甲殻を無傷で、だったのだ。思い切り、素材をダメにしている。


「とりあえず角だけは採取しとこう……ゲイルー、角ー」


 ポキリと折って、とりあえずゲイルボックスに収納する。


「しかも、よく見たら普通の一角バッタでやんの……あんなに苦労したのに。ぬぐぐ」


 肩を落とす圭太に、アリスティアが止めを刺す。


「アンタ、とりあえず剣振るっとけば全部解決とか思ってない? 少しは頭も使いなさいよ。ブンケイ? なんでしょ?」


「ぬぐぐぐぐぐぐぐぐ」


 半笑いで煽るアリスティアに何も言えない圭太であった。



◇◇◇◇◇◇



「黒いレパレードは習性とかの動き自体は普通のと変わりないんだけど、その速さは段違いらしいわ。今のみたいなやり方だと、よっぽど運が良くないと頭だけ切り落とすのは無理なんじゃないかしら」


 『湧き潰し』作業に戻りながらアリスティアの声に耳を傾ける。

 何度か一角バッタに遭遇したが、いずれも通常のもので、光の精霊のサポートを受けながら何とか倒していた。しかし、アリスティアの言う通り、なかなか狙って攻撃ができず、どこに剣が当たるかは運次第となっている。


「ピョンピョン跳ねる相手を切るんだから、狙うのは難しいよなー」


「工夫しなさいよ、そこは」


「ちなみにアリスティア先生だったらどうなるんだ?」


「私? 瞬殺するわよ」


「ほうほう。瞬殺ですか。ほうほう」


「……アンタ信じてないわね。よろしい、お手本を見せてあげます」


 くるんと魔杖を回すアリスティア。ブン、と光の精霊がひとつ現れる。


「まず、黒いレパレードを用意します」


「うんうん。……うん?」


 ドヒュンと遠くに吹っ飛んでいく光の精霊。軽い衝撃音が響く。


「周囲を警戒すれば、通常のレパレードとは違う動きを見せる個体を見つけるのは簡単です。当たらないように攻撃をしかけ、こちらに向かうようにうまく誘導しましょう」


 いくつもの衝撃と光から逃げるように、何か物凄いスピードでこちらに近づいてくるのがいる。


「ちょ……!」


 思わず後ずさる圭太を無視して、アリスティアが続ける。 

 

「相手の動きが早いのならば、それよりも早く動くか、動きを止めるか。周りの環境をうまく利用するのがいいでしょう」


 ゆっくりと魔杖を掲げる。何か黒い影が向かってくる。動きが早すぎる。先ほどまでの一角バッタとはまるで違う速度に圭太は叫んだ。


「ヤバイって、アリスティア!」


 とん、と魔杖が地面を叩いた。緑色の波紋が足元から広がったような気がした。次の瞬間。


「ギギギィィィィ!!」


 黒いレパレードの姿があった。圭太の目の前。一歩足を踏み出せば手が触れる、そんな距離。暴れる黒いレパレードは、しかし圭太を傷つけることはできない。


「草が……巻き付いている……?」


 黒いレパレードの身体を、何重もの草が巻き付いていた。本来、簡単に引きちぎれそうなありふれた草が、ガッチリと体を押さえつけている。


「こういった場所では、植物魔法が最適です。植物に合わせて最適な魔法を選べば、しっかりとした強度を保てます。そして、このように捕獲して動きを押さえてしまえば、ほおら、この通り」


 くるんと指を黒いレパレードの首に這わせる。風魔法だろうか、スパンと首が切れた。コロンと、圭太の足元に頭が転がる。


「安全確実に、甲殻が採取できました」


「……」


「どう? アリスティア先生のお手本は。参考になったかしら?」


 ふわりと髪をかきあげ、金髪長耳エルフが鈴のような声で、圭太に流し目を送る。ドヤ顔である。

 そんなアリスティアに圭太はすうと息を吸って、その勢いでもって叫んだ。


「なるか、馬鹿!!」


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