第六話 靄の向こう側

 洋服ダンスのような大きめの家具に隠されていた隠し階段を前に、高山圭太とアリスティアの二人は軽く休憩をとっていた。


「素材となる魔物ってどういうのなんだ?」


 例によってのエルフ茶を飲みながら、圭太が尋ねる。ミントのような爽やかさとほのかな甘みを感じるエルフ茶は、疲れ切った体に染みわたっていく。


「んー、さっき圭太が狩った魔物がいたじゃない? 角が付いたやつ」


 ポリポリポリポリと圭太が元の世界から持ってきたスティック状のチョコレート菓子を食べながら、アリスティアが答える。『ハムスターエルフ』という謎単語を頭に浮かべながら圭太は頷く。 


「ああ、さっきのな。一角バッタ。換金率高いヤツ」


 大きさが子供ぐらいのバッタを頭に思い浮かべる。例え見知った形状であろうとも、サイズがでかいというだけで、怯まずにはいられない迫力がある。何度も戦いを繰り返している圭太だが、脳裏に浮かんだ魔物にまだまだ拒否反応を感じらずにはいられない。


「あのギチギチ鳴らしてる顎の音が嫌なんだよなあ」


『と言いつつ、角だけを正確に収納しまくっているんですから大したものですよ』


「お、そう? やっぱり、俺って成長してる?」


『そうやってすぐ調子にのるところは、成長してないですね』


「……ゲイル先生が厳しすぎる」


 ガクリと頭をたれながら辛辣な評価に甘んじていると、本日のチョコレートを堪能し終わったアリスティアが続きを口にする。


「まあ、その『イッカクバッタ』って圭太が勝手に呼んでる魔物、レパレードなんだけど、ある条件下において甲殻が通常に比べて非常に固くなる場合があるらしいの」


「固く?」


「ええ。ドルガルによれば、そこらの鉄鎧なんか比べ物にならないらしいわ。それでいて、軽くて柔軟性もある。圭太の望む素材にぴったりね。その分、非常にめずらしい」


「それが、この階段下にいるってか」


 ごくりと残ったエルフ茶を飲み干しながら、圭太は隠し階段を見る。


「ある条件下ってどんなのなんだ?」


「うーん、見た方が早いんだけど……聞く?」


「聞く」


 百聞は一見にしかずとは言うが、事前に知れる情報は知っておくに越したことはない。異世界での冒険の経験はまだまだ未熟な圭太だが、其処らあたりは今まで結構痛い目を見てきたので、ようやく身に着けてきているようである。そんな圭太の様子に満足そうにしながら、アリスティアは目を細める。


「もともとレパレードって、草食なんだけど、木の根っこなんかも食べちゃうらしいの。そうすると、地面を掘り返すことになるわけで、土やら石も一緒に食べるんだって」


「あーあの顎ならガリガリ石まで砕けそう」


「棍棒や槍の柄とか噛んだら凄そうよね。たまにレパレードに武器壊される人もいるみたいよ? まだケイタは見たことないんだけど、この世界の土って、魔力がある程度浸透すると粘土質に変質しちゃうの。まあ、分かりやすく魔土とか言われてるわ。魔土を体内に取り込んでいくとレパレードは徐々に甲殻が固くなっていくみたい。鉄鎧よりも固くなったレパレードは体色が緑から黒に変わるらしいわ」


「へえ、土食って固くなるのか……見た方が早いって、魔土かどうかって見ただけでわかるものなのかな?」


「そうね、魔土に変質した土は、うっすらと湯気のように白い煙が出ているの。ドルガルの話じゃ、この階段の下にはある程度の広い空間になっていて、そこ全部が魔土化しているらしいわ。確か、薄い霧みたいな感じなんだって」


『ということは、視界が悪い可能性があります。いつも以上に気を引き締めてください』


 ゲイルが点滅し、注意を与える。


「そうだな、ゲイルにかかれば固い甲殻も意味ないぐらいに切り裂けるんだろうけど油断は禁物だな」


『はい、ケイタ。殲滅しても構わないのですよね?』


「本当にチョロくて心配してきた」


 ピッコンピッコン点滅する聖剣に思わず慄く圭太であった。



◇◇◇◇◇◇




 ゆっくりと階段を下りていく。

 小さな光の精霊が照らしてくれているので、足元に不安はない。


「いい、ケイタ。今回の目的は、レパレードの甲殻だからね、身体の部分を切り裂いちゃダメよ。頭部のみ攻撃すること!」


「動き自体は、普通の一角バッタと変わらないのか?」


「らしいわ。というか、名前ぐらい覚えなさいよ」


「名前覚えるの苦手なんだよなぁ」


「アンタは覚えようという気がないだけでしょ」


 後ろから魔杖で頭をグリグリしてくるアリスティアにイラッとしつつも、図星なので無言で頭を動かしてグリグリを回避する。しばらくすると階段が終わった。誰が灯しているのかと突っ込みたくなる謎な松明が壁に等間隔で設置されてあるのがわかる。

 しかし、白くボンヤリと煙っているせいか、遠くまで見渡すことができないのでどれだけの広さなのかは不明だ。壁際は明るいが、部屋の中心と思しき方向は真っ暗である。

 森の中のごとく立木があり、そこかしこに雑草というか背の高い植物が生えている。


「これはまた動きにくいな」


 聖剣を片手に圭太がぼやく。


「草に足をとられないようにね」


 魔杖に風の精霊を纏わらせたアリスティアが、魔杖を振るうとザパァッと周囲に生えていた草が刈られていった。


「とりあえず視界の確保完了っと」


「草刈り機みたい」


「もし、他の場所で戦いにくかったらここまで戻ってくればいいわ。全部の場所で刈るのは大変だしね」


「了解。とりあえず、どう動こうか」


「そうね。そんなに広くないって言ってたから、全部回っちゃうことにして。わかりやすいように進んだ場所に等間隔に光の精霊を置いておきましょうか」


「なるほど、『湧き潰し』ってわけだな」


「……なによそれ?」


 うんうんと頷く圭太の言葉に首をかしげるアリスティア。ゲーム用語が伝わるはずもなく、いつもの事だとスルーしたアリスティアは、魔杖を片手でくるりと回した。彼女の背後から、きらめくように複数の光の精霊があらわれていく。


「左から行きましょうか」


「おう、ちっこいの、先に行ってくれ」


 圭太が、聖剣の先端にとまっていた光の精霊に声をかける。ピョンピョンと聖剣の上で跳ねた光の精霊が、スーッと先に進んでいった。


「……なんで、あの精霊、あんたの言う事聞くのかしら」 


 基本、呼び出した魔法使い以外の言う事には反応しないので、アリスティアの疑問も当然である。


「いやあ、俺の人徳ってやつかな……」


「ないわ」


『ないです』


「即答かよ!」


「相性がいいんでしょうけどね。ちょうどいいわ、後であの精霊と結んじゃいましょうか」


「結ぶ?」


「ええ、呼び出す精霊って基本毎回違う存在なのよ。でも、自我がない精霊にも、個性らしきものはあって、相性もあるのね。同じ性質の精霊でも、相性のいい精霊だと魔法の効果が全然違うわ。そういう精霊を見つけたときは、魔力的な関係を作るの。そうすれば、次に同じ存在を呼び出すことができるようになるわ。関係を構築することを『結ぶ』って言うの。魔法使いによっては、そんな特定の精霊に名前を付けたりするわ」


「アリスも名前つけたりするのか?」


「ええ、特別な精霊にはね。名前をつけることによって、呼び出すときの呪文や動作も区別できるから。でも、そういう特別な精霊は魔力消費も大きくて、簡単には呼び出さないわ。私が苦戦するときの奥の手ってやつね」


「アリスの奥の手……」


 正直、アリスティアが苦戦するところなど、想像の範囲外である。


 太ももまで伸びている草をかきわけるように進んでいく。二十歩ごとに、頭上の高さぐらいに光の精霊を置いていくので、先に進んでいる光の精霊とあわせて、光源は十分に保たれている。


「……来たか?」


 右方向からガサガサと草をかき分ける音が遠くから接近してくる。


「危ない時しか手伝わないからね。しっかり、やりなさい」


 後方のアリスティアが声をかけてくる。

 左手をあげて、肯定を示しつつ、圭太は《聖剣》を握る右手に力を込めた。

 

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