第五話 迷宮探索
食堂のあと買い出しに出かけた道具屋など複数の店で復讐に燃えた高山圭太はアリスティアに幾度も勝負を仕掛け、その度に撃沈していた。
「ケイタ……可哀そうだから勝敗は無しにしちゃおうか……?」
思わず優しい声をかけてしまうアリスティア。非常に珍しい。
ふるふる。無言で頭をふる圭太はもはや声も出ない。
勢いが良かった言動は鳴りを潜め、今は小鹿のようにおとなしい。
「……ちょっとやり過ぎちゃったかしら」
『煽りに釣られ過ぎるケイタも問題でしたが、負けこんでいるのをさらに地獄に突き落とすアリスも残酷でしたね』
「勝てる時は勝て、が常識でしょ」
『弱り切ったときからが本番とも言いますね』
「そうそう」
「……お前らの弱肉強食理論が怖い」
聖剣と魔法使いが意気投合するさまを見ながら、聖剣使いが呟く。
「ほら、元気出してケイタ。そろそろ着くわよ」
「へーい」
――『レテシーヌ夫人の緑の館』
圭太が顔を上げると、先日訪れた迷宮の建物が見えてきた。
◇◇◇◇◇◇
「どちくしょーーー!! お前らみんなブリザードな俺の財布の糧となりやがれー!」
まるで鬱憤を晴らすかのように、聖剣片手に暴れまくる。
迷宮第一層。
玄関から一歩でも中に入ると、そこは薄暗い板張りがえんえんと続く廊下になっている。
待ち構えているのは、目に染みる鱗粉をまき散らす真っ赤な蝶々。立ち止まって相手にするとすぐに周囲が鱗粉にまみれるので、走りながら近づく蝶々を切り裂いていく。
「いやー元気ねー」
『大変動きがよろしいです』
ゲイル先生のお褒めの言葉をもらいながら、ひたすらに聖剣を振り回す。その後を楽しそうに駆けて行くアリスティアは、風の小精霊を呼び出して、圭太の手にあまりそうな鱗粉だけ軽く吹き飛ばしていく。
「ケイタについていってやってね」
右人差し指をくるりと回すと、お馴染みの小さな光の粒が現れた。光の小精霊は、アリスティアの周囲を軽くまわって、圭太のもとに飛んでいく。
「足元に気をつけなさいよ!」
「おう! よっし、ちっこいの! ついてこい!」
オラオラオラーと突撃していく圭太の声に応えるように、小さな光の粒はピョンピョン跳ねるように後を追っていく。
「仲良さそうね……」
走りながらアリスティアはなんとなく肩をすくめた。
二度目の迷宮。しかも、最近潜ったばかりなので、でてくる魔物は戦った記憶が十分残っている。
重さを感じない《聖剣》レビィランテゲイルは、まさに思うがままに動かすことができ、圭太は魔物を順調に狩っていく。
「……っと!」
廊下のかげから飛び出してきた一角バッタを咄嗟に躱し、掬いあげるように剣を振るう。両断された一角バッタの角が宙を舞う。
「ゲイル!収納!」
叫ぶと同時に、空中の角を剣で裂くと、角はそのまま姿を消す。
『ケイタ、収納しました』
「よっしゃ! このバッタの角ちょっと高いからな! ゲイル、どんどん集めるぞ!」
『了解です。周囲を狩り尽くしてやりましょう』
「ちょっと二人とも目的忘れてない? ここに来たのは何でかしら?」
「お前への借金返済! 次こそ負けねえ!」
「うん、勝ちすぎた私が悪かったわ。とりあえず、頭冷やしなさい」
真面目な表情で答える圭太の頭を、冷気を纏った魔杖でごつんと小突くアリスティア。
「冷た痛い!」
「あんたの鎧に必要な素材集めなんだからもっと真面目にやんなさい。ゲイルもケイタに合わせないで」
『すみません、アリスティア。つい、つられてしまって』
「こういうノリ好きよね、ゲイル」
力押しが大好きな聖剣にアリスティアが苦笑する。頭を押さえてうめく圭太を見下ろしながら、髪をかるくかきあげる。小さな光の粒がそれに合わせてふわりと舞う。
「そろそろ行くわよ、ケイタ」
「ちょっと待て。つむじに地味な冷気ダメージが……」
「いいから立って立って」
急き立てるように圭太の背中を押すアリスティア。
「目的の階層まで後三層は潜るんだから。さくさく進むわよ」
「魔杖で押すのやめろよな! まだ冷たいんだぞ、それ!」
「うっさい、ホラホラ」
「みみたぶ!みみたぶはやめてください!」
味方からの冷気攻撃に悲鳴をあげる圭太だった。
◇◇◇◇◇◇
『レテシーヌ夫人の緑の館』は、階層が深くなるにつれ、緑の割合が増えていくのが特徴である。板張りの床がだんだんと土に侵されていき、天井や壁が蔓や葉っぱにまみれていく。目的地に近づいた今は、古ぼけた部屋壁から時折樹木が突き出ていたりする。
「植物学者であったレテシーヌ夫人への誕生日の贈り物のつもりで、温室を作ろうとした夫の魔法使いが失敗したのがこの迷宮らしいわ」
「なんか失敗ばっかりだな、この世界の魔法使いは」
「制御と暴走は紙一重っていうのが《迷宮作成》魔法ってね。めずらしい植物も出てきたりしたので、かえって婦人も喜んだとか」
「結果オーライ過ぎる」
「おかげで美味しいお茶の葉も採れて私も嬉しい……と、ちょっと止まって」
周囲を油断なく見回しながら雑談していた圭太は、アリスティアの声に立ち止まった。部屋の片隅のような場所で、朽ちたような家具が散らばっている。古ぼけた椅子に巻き付いている蔓は、どのくらいの年月がたっているのか。
「どうした?」
ガリ、と光晶石を足元に刻みながら圭太が尋ねると、アリスティアは目の前の大きな洋服ダンスのような家具を指さした。蔓に覆われたそれは、大きな扉以外の下段の引き出しが無造作に引っ張り出されていて、まるで空き巣に入られたような感じだ。
「ドルガルに教えてもらったのが、ここなの。目的の場所にいくまでの通過点。ちょっと邪魔な蔓を切ってくれないかしら?」
「そりゃいいけど……ゲイル」
『はい、ケイタ』
洋服ダンスに巻き付いた蔓は、拳大の太さがあって、手で引きちぎれそうではない。右手に握ったゲイルに呼びかけ、圭太は軽い感じで剣を振るった。抵抗なく、バラバラと丈夫な蔓が洋服ダンスから離れていく。
「相変わらずな切れ味。刺身もよく切れそう」
『サシミというのが不明ですが、なんとなく剣としての正しい使い方から逸脱してそうな感じがします』
「最近、ゲイルの勘が冴えわたってる」
『ケイタは、もう少し《聖剣》というものに対しての敬意を払うべきではないですか』
「いやあ、ゲイルの万能感が凄くてつい何でも切れそうで」
『……宜しいです。では、機会があればいくらでもサシミを切って差し上げましょう』
「案外チョロイっすね、ゲイル先生」
邪魔な蔓の切れ端を片付けながら聖剣と戯れる。ピコンピコン光る柄の宝石のようなものを眺めながら「機嫌良さそうだなー」と考えていると、アリスティアが洋服ダンスの扉に手をかけた。
「ありがとう、二人とも。じゃあ、開けてみるわね……って意外に固いわ、これ。ケイター」
「ホイホイ」
細腕でえいやっと開こうとしたアリスティアが、早々に諦めて圭太に振り替える。こういうとこは、エルフらしいと苦笑しながら圭太は一緒に扉に手をかける。
「あ、ホントに意外と固い……というか、軋んでないかコレ」
「もうちょっと力入れなさいよ、男の子」
「ぬぐぐぐ、俺は文系なんだよ……って、開いた」
ようやく扉が開く。人が入れそうな高さの扉の中を見れば、下へと続く階段があった。
「隠し階段?」
「みたいね。何で、こんな感じに階段ができたんだか」
「探索要素があって楽しそう」
「ドルガルに教えてもらわないと気が付かなかったわ。ここらあたりって、普通の探索経路から外れてるのよ」
パンパンと手についたほこりを払い、アリスティアが告げる。
「じゃあ、階段を下るわよ。目指す素材の魔物は、その先ね」
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