第四話 他人のお金で食べるごはん美味しいです

 元の世界で既にお昼をすませていた高山圭太は、「他人のお金で食べるごはん美味しいです」と顔に書いてあるアリスティアを、不貞腐れた表情で見つめていた。

 冒険者互助組合近くの食堂。

 短時間に昼食を二回も取る気はおこらなかった圭太であったが、 色とりどりの野菜と鶏肉っぽい肉の炒め物から香ばしい旨そうな匂いが漂ってくると、何か頼めば良かったかなと思ってしまう。

 ちなみに料理に使われている具材の名前を聞いても、どんなものかはさっぱり想像もつかない。


「やっぱり、ザッファカーチャはここのが一番ね。……なによ、物欲しそうな顔して」


「別に」


「食べるの凝視されてると、すごく気になるんだけど」


 どうやら、この世界のエルフは肉食もありなようで、 その細い体のどこに入るのかと言いたいぐらいにモグモグ食べながら、アリスティアが眉をひそめる。

 肉食エルフ。その可憐で華奢な外見のイメージと裏腹でありながら、何故か『らしい』と思ってしまう圭太である。

 いや、それこそ菜食主義者とか言われたら違和感しか感じない。

 そんなどうでもいいことを考えていると、フォークと合体したような木製のスプーンで、肉を一つ突き刺し、圭太に向かって差し出してきた。


「食べる?」


「い、いや、いいわ」


「ふーん?」


 そのままくるりとスプーンの向きを変えて、自分の口に放り込む。アリスティアのその(はた目には)可憐な(ように見える)表情が、柔らかく笑みを浮かべる。


「美味しいのに勿体ないわね、ケイタは」


「言ったろ、もう食べてきたって」


 別に間接なんちゃらが気になったわけではない。断じてない。


「そうだったわね。でも、『二時間』もずれちゃったか……ずれの大きさから考えると……魔方陣のあの部分が問題かしら?」


 使い込まれた古ぼけた手帳を取り出すと、アリスティアは、いくつかの頁に書き込みを行う。ケイタから見ればゴワゴワとした書きにくそうな紙に、アリスティアは鉛筆のような筆記具で、すらすらと綴っていく。


「別に飯食ってるときに、書き込まなくってもいいだろうに」


「ごめんなさい、思い立った時に書かないと忘れちゃうから」


 果汁水を一口飲み込んで、アリスティアは手帳をパタンと閉じた。再び、スプーンを手に取り、食事を再開する。

 美味しそうに口に運ぶ様子に、同じ料理を量少な目に注文するか圭太が葛藤しつつ、時間が過ぎていく。


「そういやさ、《召喚魔法》の解析って、どのくらい進んだんだ?」


「うーん、そうね、今のところ、おおざっぱな全体の流れの把握が終わりかけ。呪文と魔方陣の繋がりなんかは、まだまだよ。今のところ、何とか魔法は発動してるけど、ただ『唱えてるだけ』で、使いこなしてるとは言い難いわ」


「魔法って使えればいいんじゃないのか?」


「魔法を使うだけなら半人前。自分なりに工夫を凝らして、使いこなして一人前ってね。今の私の理解度だと、毎回毎回同じ手順を踏まないといけないし、召喚間隔も思い通りにできてないし、使う素材も縛られてるわ」


 理想で言えば、とアリスティアはスプーンを軽く回す。


「こんな動作一つにまで短縮させる事ができたらって感じね」


「そんなのできるのか?」


「そこまで突き詰めて考えていくのが魔法の醍醐味よ。呪文の文言を短く置き換えたり、ほぼ同じ効果を持つ別の入手しやすい素材にしたり、その魔法が作られた当時ではできなかった別の手法にしたり……すこしづつ削って形を変えて自分のモノにしていくの」


 圭太自身は詳しくは知ってはいないが「プログラミングみたいなものかな」とアリスティアの話を聞きながら、感想を抱く。


「まあ、しばらくは今のままかしら。《召喚魔法》はなかなかの難物だから」


「なるほどな」


「それよりも今日行くところなんだけど」


 緑色のスープを飲み込み食事が終わると、アリスティアが切り出した。テーブルに両肘をついて、片方の人差し指をピンと伸ばす。


「場所は前回と同じ迷宮」


「ああ、『なんとか夫人のなんとかかんとか』だっけ」


「……『レテシーヌ夫人の緑の館』よ、アンタまるっきり覚えてないじゃない」


 ガクッとアリスティアの人差し指が折れた。金髪もその動きに合わせてサラリと流れる。


「そう、それそれ」


 はぁ、とため息をつきアリスティアが続ける。


「今回はシャンテからの依頼じゃなくって、ドルガルからよ」


「ドルガルから? なんだよ、今度は店内を緑地化する気か?」


 前回訪れた縫いぐるみの巣窟を思い出す。圭太の脳内に、縫いぐるみとグリーンに彩られた店内が浮かび上がる。


「そんな馬鹿な……って、ドルガルだから、ありえそうよね、それ。私も否定できないわ」


 笑って手を振っていたアリスティアが真顔になる。もはや、鍛冶屋の欠片もない。


「でも、今回は違うの。ほら、ケイタの鎧の事頼んでたじゃない?」


「ああ」


「皮鎧でいくら考えても、防御力を考えると結構厚みが必要で。そうなると非力なケイタには重くなっちゃったのよね」


「非力は余計だ」


 圭太の突っ込みを華麗にスルーするアリスティア。


「で、いっその事別の軽い素材に置き換えたらどうかってドルガルが言い出して、昆虫系魔物の甲殻を使おうって話になったの。重ねたり薬品で強度を上げた皮よりかは軽いし、種類によっては鉄よりも固かったりするしね」


「おお、何か格好良さそうな感じするな」


「ただ、普通に買うとなると案外高いのよ……傷つかないように仕留めた素材が必要になるから。ヒビの入った甲殻で作っても耐久性に問題でてくるでしょ?」


「確かに。そんな感じする。じゃあ、もしかして『なんとかかんとかの館』に行くのは俺達で素材集めってわけか?」


「そうよ。その方が安くすむし。って言うか、もうちょっと覚えようとしなさいよ」


「いやあ、場所の名前とか記憶に残んないんだよな。俺ってメモリ少ないからさ」


「何それ意味わかんない」


 アリスティアの口癖が出てきたところで、二人は食堂を出ることにした。もちろん、支払いは食べていない圭太である。


「くそう、次こそは必ず当ててやる……」


「あー美味しかった! じゃあ、そろそろ行くわよ!」


 荷袋片手にアリスティアが元気よく歩き出す。


「へいへい」


「あ、途中でちょっとお店によるわよ。消耗品とかの補充しないといけないから」


「お、よし! じゃあ、また勝負するぞ! 勝負! 今度こそ奢らせてやる!」


「えー、私食べたばっかりなんだけどー」


「何だよ、その勝つ前提の言い方は」


「え、ケイタが自分が勝つって思ってる……嘘……」


「その心底信じられないって表情やめろ! 地味に傷つくから! 俺はメンタル弱いんだよ!」


「何それ意味わかんなーい」


 口癖で圭太を適当にあしらいつつ、アリスティアは荷袋を背負った。


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