勇者は天災

死刑囚だった勇者、

もちろんその標的は人間の軍隊ばかりではなく、

魔王軍も同様に被害を受けていた。


もっと言えば、

勇者からすれば相手は

魔王軍であろうとドラゴンや魔獣であろうと

もはや何でもよく、

とにかく殺し合いの喧嘩が出来れば

それでいいのである。



そんなことを繰り返し、

この異世界の軍隊を

思うがままに翻弄し

壊滅させて行く勇者。


特に長距離転移のスキルが

使えるようになってからは

性質(タチ)が悪く、

この世界の軍隊がある

至るところに出張しては

喧嘩を売りまくって行く。


-


ある時にはこんなこともあった。


隣接するラノ国とリノ国、

昔からこの両国は仲が悪く

常に国境付近では

いざこざが絶えない。


さらに両国間における

外交戦略に決定的な亀裂が入り、

もはや開戦は避けられないという状況。


両国の軍勢は、緊迫する中、

国境近辺で対峙、

開戦を今か今かと待ち続けていた。


そして今まさに軍事衝突が

はじまろうとした瞬間、

その両軍が挟む

ど真ん中の位置で

勇者が昼寝をしているのが

発見される。


対峙する両国軍には

これまで以上の緊張が走った。


しかしそれはもう既に

軍事衝突の緊張ではない。


いかに勇者を自国に入れないか、

そのことへの緊張だった。


「いいか、

絶対に起こしてはならんぞ、

決して物音を立てるでないぞっ」


ラノ国の将軍は

大声を出したいところを堪えて

部下達に触れて回る。


「慌てて逃げると、

そちらを追いかける習性があると

聞いたことがあります。

ここはゆっくりと

後退していくのが良いかと」


リノ国の軍師は

自軍の将軍にそう進言した。


両軍でそんな会話がなされ、

軍事衝突は未然に回避される。


しかし、その後

ラノ国とリノ国、両国の軍事力は

結局勇者によって

壊滅させられるのだった。


-


そんなことを

ずっと続けていたら、

やがていつしか世界各国の軍は

すべて勇者に殲滅されてしまっていた。


この世界では勇者は天災のようなもの。


遭遇してしまったら、

ただじっとして、

やり過ごすのを待つしかない。



世界各国は何度も

軍隊を新設しようとしたが、

喧嘩する相手を

探し求めている勇者には

格好の餌食。


どんなに用意周到に

何年も掛けて新たに軍をつくっても、

勇者がやって来れば

物の五分で壊滅させられる。


あまりに馬鹿馬鹿しくて

やっていられないというもの。



この世界で民を守る軍の役割として、

戦争以外に、

危険な魔獣や魔物に対処するという任務があるが、

それもあらかた

勇者がやってしまっていた。


喧嘩する相手を

求め続けている勇者からすれば、

危険な魔獣や魔物などは

むしろ大好物であり、

そんなのが出現しようものなら、

喜んで真っ先に飛んで行く。


-


この異世界で

世界各国の軍がなくなり、

その結果どうなったかと言うと。


平和になった。


もちろん、勇者は

この世界の人達が

平和に暮らせるようになどとは

微塵も思っておらず、

喧嘩の相手を

探し求めているだけであったが、

結果として

この世界は平和になっていた。


地位や名誉や権利を欲する人々には

この上なく恨めしい存在の勇者だったが、

そんなことには全く関係がない

一般の民からすれば

戦争という無駄な争いがなく

住みやすい世界でもあった。



これまででは

考えられなかったような

争いのない世界が続くと、

勇者が死刑囚だったことを

よく知らない人々は

世界から軍隊をなくし

戦争をなくした勇者は

実は神なのではないかと言いはじめる。


お腹が空いて

また林檎を盗まれたら

何が起こるかわからないので、

食物を貢物として捧げ

機嫌を損なわないようにすれば

平穏な生活を、

平和な世界を提供してくれる、

本人のこれまでの非道を知らずに

そういう風に言われれば

確かに神のようにも

思えて来るだろう。


人々の中には

勇者を神として

信仰する者達まで

現れて来るのだった。



ここの神々は

最初からそこまで計算して

死刑囚の勇者をこの異世界に

送り込んで来たのだろうか?


とてもそうとは思えないが、

我儘で傲慢、身勝手で、

圧倒的な力を持ち、天災に近く、

不条理と言う点では

ここの神々とこの勇者は

よく似ているかもしれない。

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死刑囚の勇者、史上最凶の通り魔異世界に転移す ウロノロムロ @yuminokidossun

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