勇者ババ抜き

一人でアノ国の軍を

壊滅させた死刑囚の勇者。


何が気に入ったのかはわからないが、

勇者はそのままアノ国の城に居着いた。


しかも城内にではなく、

城の玄関口前に。


たまにお腹が空くと

厨房を漁ったり、

極めて稀に風呂に入ったりも

していたようだが、

基本的には屋外で寝ているので、

城に住むというのとは

ニュアンスが少し違っていた。


中身はほぼ

野生児であるこの勇者に

人間の常識というのは通じないし、

何を考えているのかも

よく分からない。


人間、何を考えているのか

分からない相手というのが一番怖い、

突然何をしでかすのか

分からないのだから。



国王をはじめとする

国の要人達も

自国の軍事力を

ほぼ壊滅させられており、

今更どいてくださいと

お願いすることも出来ず、

勇者の扱いに困り果てる。


対話を求め、

話し掛ける人もいたが、

毎回ほぼワンパンで

帰らぬ人となってしまう。


-


そんなある日、勇者の姿が

突然城から消える。


「おぉっ、ようやく

何処かに行ってくれたか」


国王や要人達は大喜びして

城の体制を立て直そうとしたが、

数日するとまた

勇者は戻って来てしまう。


その時の国王と要人達の

がっかり感はこの上ない。



そんなことが何回かあると、

国王は勇者が何処で何をしているのか

気になって仕方がなくなる。


「もしや、あれは

他国の謀略か何かではないのか?

何処かの国が我が国を

破滅させようとしているに違いない」


そう思い始めると

居ても立っても居られなくなり、

部下を呼びつけ、

勇者の後をつけるように

国王は命じた。



国王の命を受けた部下は、

索敵能力に優れた魔道士を連れ、

勇者が何処に行っているのか

尾行して調べる。


森林の陰から

じっと見ていると

この世界で不死身と

噂されているるドラゴンと

勇者は戦っていた。


勇者にとっては

ドラゴンでも魔獣でも

人間の軍隊でも関係なく、

戦えれば何でもいい

ということなのだろう。


その後も部下は

勇者が出掛ける度に

気づかれないように

後をつけて行ったが、

最終的に勇者は

倒したドラゴンを

焼いて喰っていた。


-


それからしばらくすると、

アノ国の軍事力が壊滅したことを

風の噂で聞いたイノ国は、

今が好機とばかりに

アノ国への侵攻を開始。


アノ国に攻め寄せる敵軍は、

村を焼き、人々を襲い、

傍若無人の限りを尽くし

アノ国内を進軍して来る。


しかしイノ国軍が

進軍を続けていると

目の前に勇者が立っており、

勇者はイノ国の強行軍、

その先頭に居た将軍を

馬ごと殴り飛ばした。


そのままイノ国の侵攻軍は

次々と勇者に倒され、

敗走を余儀なくされる

ことになる。


勇者は逃げるイノ国軍をやはり

まるで面白がっているかのように

敵の馬に乗って追い掛け、

今度もイノ国までついて行く。


そこでもイノ国軍を殲滅した勇者、

今度はイノ国の城に居座るのだった。



アノ国の国王達は

ようやく勇者がいなくなり

ホッとしたが、

イノ国の侵攻で

多大な被害も出ており

何とも複雑な心境だ。



そして今度はイノ国の隣国である

ウノ国がイノ国に侵攻して、

勇者は同様の流れで

ウノ国に居座るようになる。


-


死刑囚の勇者、

その存在が異世界各国に知れ渡ると

今度はそれを戦略的に

利用しようとする国も現れる。


「国王様、あの者を使って

我が国と敵対する

オノ国の軍事力を弱らせましょう」


エノ国の参謀は

国王にそう進言した。


エノ国の兵士は

オノ国の兵士を装い

小規模な軍勢を率いて

ウノ国の城に居座る勇者を奇襲、

彼を挑発して、オノ国に逃げて行く。


これを追い掛け

オノ国に向かう勇者、

それだけでオノ国の軍は

壊滅したも同然であった。


まるで戦略兵器のような

扱いを受ける勇者。



「クッソ、エノ国の奴等め、

俺達を羽目やがった」


オノ国の生き残り兵が

エノ国の謀略を見抜くと、

今度は報復として

エノ国を装って勇者を誘導し、

結局最初に仕掛けたエノ国の軍も

壊滅することになる。


そんな風に各国の間で

壮絶なババ抜きが展開されて行く、

もしくは厄病神、貧乏神の

なすり付け合いとでも言うべきか。

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