林檎泥棒

死刑囚の男が

勇者として転移した異世界、

魔王軍の勢力は

それ程大したものではなかった。


しかし、逆にそれ故なのか

人間同士による

国家間の紛争が激しく、

常に領土拡大、

植民地支配を巡り

戦争が起こっていた。


死刑囚の勇者が転移したのは、

その諸国の中の

アノ国にある首都の街だった。



アノ国は戦争による被害もまだ少なく

農産物の収穫にも恵まれ、

商業が盛んで流通も発達しており、

この世界の現状からすれば

比較的豊かで平穏な国。


街のメインストリートには

人通りが多く、

並んでいる露店では

いろいろな物が売られており、

呼び込みの声で活気に溢れ、

それだけでも比較的

豊かな国だというのがすぐ分かる。


普通の人間であれば

異世界が珍しくて

仕方ない筈なのに

死刑囚の勇者には

特にそんなリアクションもない。


彼からすれば

喧嘩をしていない時は

生きていないも同然であり、

それが何処であろうと

それ程興味も湧かないのであろう。


-


そんな勇者でも腹は減る。


ちょうど果物を売る

露店の店主が

声を張って呼び込みをしており、

勇者の目の前には

真っ赤で美味しそうな林檎が

並ばれていた。


「兄ちゃん、一つどうだい?」


林檎を一つ手にし、

それをかじると、

そのまま行き過ぎようとする勇者。


「ちょっと、

待ちなよ、兄ちゃん!」


「お金、お金!」


店主は慌てて勇者を追い、

肩に手をかけ止めようとしたが

急に体に触られた勇者は

反射的に店主を殴った。


店主は回転しながら

遥か後方へと飛んで行く。


周囲の人達が

助けようと近寄ると、

店主の首の骨は折れ

既に死んでいた。


初老の紳士、

転移エージェントが言っていた

ワンパン能力が

早速発揮されてしまったのか。



「きゃぁぁぁ!」


街の人々は店主の

転がる死体を見てざわめく。


「あんた、なんてことするんだ」


勇気ある若者が、

勇者に向かって声を掛けた。


林檎が美味しかったので、

果物売りの店に戻り

もう一つ林檎を手にする勇者。


「おい、聞いてるのか?」


青年が勇者の肩に手を掛けると、

やはり反射的に

手が出た勇者に殴られる。


こちらも吹き飛び即死。


「きゃぁぁぁ!」


街の人々は勇者を遠巻きにして

挙動をうかがっているしかない。


-


しばらくすると

街の人から通報を受けた

憲兵二人がやって来る。


まだ店の前で

林檎を食べている勇者。


「貴様、来いっ!」


憲兵二人が勇者を連行しようと、

腕を掴もうとしたが、

勇者の軽いジャブが

二人の顔にヒットし、

これもまた即死。



次に憲兵団がやって来て、

憲兵達は慎重に距離を置いて

勇者を取り囲む。


この頃から、

勇者の目は次第に

ギラギラと輝き出し、

口角を上げて薄気味の悪い

笑顔を見せる。


憲兵団は一斉に飛び掛かり

勇者を取り押さえようとしたが、

勇者の連続パンチに

次々と後方に吹き飛ばされて行く。


「ふっ、ははははははっ」


高笑いを上げる勇者、

どうやら調子が出て来たようだ。


結局、

勇者を捕らえようとした憲兵団、

これもまた殴られて全滅。


-


ついには

軍隊までもが派遣されて来た。


騎馬に乗る兵と歩兵、

勇者一人に対して

百以上の数が居る。


「ふっ、ははははははっ」


勇者は高笑いを上げながら

相手に向かって正面から突撃。


その圧倒的な強さで、

次々とワンパンで

兵を即死させて行く勇者、

兵達は剣や槍、弓矢といった

物理攻撃で応戦したが、

自動で防御シールドが発動し

これをすべて跳ね返す、

もしくは傷を負っても

驚異的な再生能力で

瞬時に傷を治してしまう。


結局これもほぼ壊滅状態、

生き残った兵達は城へ逃げ帰る。


せっかく楽しくなって来たのに

逃してなるものかとばかりに、

騎兵が乗っていた馬を奪い、

勇者はこれを追い掛けた。



兵達が逃げ帰った城、

その城門を蹴破り、

城へと入って行き、

向かって来るアノ国兵士を

次々と殴り続ける勇者。


他のアノ国軍事拠点からも

続々と援軍や増援が来たが、

すべて返り討ちにされた。


結局、

勇者が林檎を一個盗んだことにより

アノ国の軍隊は全滅することになる。

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