死刑囚の勇者、史上最凶の通り魔異世界に転移す

ウロノロムロ

死刑囚の男

乾いた靴音だけが響き渡る。


その足音は近づいて来ると

男がいる独房の前で止まり、

錠の音がしてから

鉄の扉が開いた。


扉が放たれた独房、

そこに居る男は

拘束着で動きを制限され

不自由を強いられている。


腕を前に交錯させ、

その手は縛り付けられ、

舌を噛まないように

口にはマスクをはめられていた。



ここは刑務所の独房、

そして男は死刑囚。


これから男は

刑に処されることになる。


史上稀に見る狂暴犯、

最凶の通り魔、

それが男の別称。


殺人、暴行傷害、

器物破損、公務執行妨害、

窃盗、強盗等々、

犯した罪は数知れず、

殺した相手の数は

両手であっても数えきれない。


暴力を好み、

誰彼構わずすぐに喧嘩をはじめ、

相手が死ぬまで殴り続ける、

男にとっては

喧嘩をしている瞬間こそが

自分が生きていると

実感出来る時であり、

それ以外は生きていないのと

同じことであった。


社会のルールが全く通用しない

まるで野生児

そのもののような男。


-


死刑囚が再び気づくと

そこは扉が一つあるだけで

他には何も無い

広く真っ白な空間だった。


つい先程、

自分は絞首刑となり

吊るされて宙に浮いていた筈。


自分が既に死んでいるのなら、

ここは地獄ということに

なるのだろう。


自分は地獄に堕ちるべき人間だ

という自覚ぐらいはある。



男が唯一つある扉を開けると、

そこは打って変わって

柔らかいオレンジの照明で

落着いた雰囲気のバー、

そしてカウンターには

グレーの髪とちょび髭をたくわえた

初老の紳士の姿があった。


死刑囚である男は

とりあえずその紳士を殴ろうとする、

こうしたところが

野生児そのものであり、

この男は人を見ると

まず殴ろうとする。


「おいおい、

ちょっと待ってくれたまえよ


まずは私の話を聞いてくれ


君とてこれからのことを

知っておいた方がいいだろう?」


慌てて男を制す初老の紳士。



ロマンスグレーな紳士は、

自らを転移エージェントと名乗り、

死刑囚の男がこれから

異世界に転移することを伝えた。


「君には既に

チート能力が授けられいる


君の喧嘩好きな性分を考慮して、

そのスタイルに合った

チート能力にさせてもらったよ」


まずは、喧嘩の際にも、

己の拳で殴ることを

信条としている死刑囚に

驚異的な打撃力が与えられたと言う。


「そうだな、

どんな敵であっても

ほぼワンパンで倒すことが

出来るのではないかな」


紳士の言葉に首を傾げる死刑囚。


「そのスタイルで戦うのであれば、

敵の懐に潜り込むまで

敵の攻撃を耐えなくては

ならないだろうからね


防御力と再生能力の強化は

欠かせないだろうと思って、

その辺りもチート性能に

させてもらっておいたよ」


-


初老の紳士から

一通りの説明を受けた死刑囚。


「説明はこれで終わりだ、

異世界への入り口はそこの扉だ」


紳士はそう言って

カウンター横にある

裏口の扉を指差した。


「もういいのか?」


普段からほとんど喋らない死刑囚、

この時はじめて口を開いた。


「あぁ、もういいとも」


「そうか」


その言葉と同時に

死刑囚は紳士の顔を殴りつけた。


男は『もう殴っていいのか?』と

聞いていたのだったが、

初老の紳士はまさかそんなことは

微塵も思っていなかっただろう。


殴られた紳士は

すぐ後ろの壁に激突した後、

床に倒れる。


その顔は潰れてしまっており、

もう息もしていない。


死刑囚は殴った拳を見つめ

やはり首を傾げながら、

言われた通りに横の扉から

この転移の間を出て行った。



男が部屋を出て行くと、

初老の紳士の肉体から

魂が出現する。


「ふぅっ、

致命傷で済んで助かった


彼が魂を消滅させる方法を

知らなくってよかったよ」


転移エージェントは

人間ではないので

肉体の損傷は

大した問題ではなく、

魂さえ無事であれば

何とでもなるのだ。


「それにしても、

あんな人間同士で争って、

内紛ばかり起こしている世界に

あんな危険人物を送り込んで、

神々は一体どうする気なんだろうね


まぁ、私も楽しみだよ」


おそらく

ここの神々のことであるから

何も考えておらず

ただ面白そうとか

そのレベルの理由なのであろう。


いずれにしても

死刑囚の男は、勇者として

異世界に転移したのだった。

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