灰の姫君の獣 2

 千華レースの窓帷の襞

 北光のごとく、柔らかに揺れる

 

 淡く燦めく姫君の  

 灰の御髪に降り注いだ 

 穏やかな午後の陽射し


 影の膝の上でまどろむ 


 優しく誘われる

 囁き声が彼方より響いていた


 夢見る姫君、手を伸ばせども届かない


 灰の御髪が天へと舞い上がって

 繊細な指の先をかすめた


 指先追いかけて、遙かに墜ちていく

 真っ赤に世界を染める

 落暉


 美しい茜空の下

 荒れ果てた平原が

 果てしなく、つづいていた


 漆黒の砂塵 舞い上がり

 すべてを覆い尽くした


 漆黒の荒野の永遠に広がる

 暗黒の地

 悪魔の郷里たる、渇きの王国 


 たとき大樹により

 世界は上と下に分かたれる 


 人間と動植物の暮らす

 円盤の大地は 

 蒼穹を天蓋に戴く世界

 

 蒼穹の国に棲まうは

 地上から天上へと

 昇った聖霊たち 


 信仰を一身に集めて

 天上の議会の席に座る日を

 夢見る


 蒼穹の国は白く清らかで

 地上の秩序を定める聖所


 白金の玉座に黄金の錫杖

 絡みつく蔦

 と囁く叡智の居坐る御坐


 光射さぬ、悪魔の郷里は

 大樹の根の伝う

 地下空洞に在る

  

 永久に干戈交える

 血に飢えた、渇きの国

 そこは悪魔の王国、底の国

 

 慈愛の女神の雫も届かぬ

 怨嗟に塗れた場所に

 いつの御時か


 天蓋に大穴が空き

 太陽が堕ちてきた


 荒ぶる太陽、美しく

 憎悪ですべて、すべて焼き尽くした


 底の国、悪魔の王国は

 灰燼に帰した

 

 そして、あとに残されたのは

 漆黒の片翼の悪魔 ひとりだった


 彼は、茫洋として

 こうべを垂れ

 大地焦げた跡地に立ち尽くす


 根の下の虚に

 空気に怨嗟、渦巻き

 漆黒の瘴気、燻り


 幾多の魑魅たちが

 再誕していった


 地の底は再び

 魑魅魍魎の跋扈する

 魔境となった


 そのとき、

 神像のように

 立ち尽くしていた

 片翼の悪魔がこうべを上げた

 

 初めて感じる

 悪魔の渇望に

 黒翼の主人は

 途惑う


 突然現れた片翼の悪魔は

 鬼神の如く荒ぶっていても

 美しく全てを魅了した

 

 理性を業に焼かれ

 魑魅を燃やし尽くし

 大悪魔たちから

 命と富とその凡て

 貪り尽くした


 一部の魑魅たちは

 此れに庇護を求め

 崇め奉って

 國を勝手に創った 


 主権は悪魔にあれど、

  乞われるままに

  興味もなく頷く。


 大悪魔たちは

 彼を恐れて

 その國を攻めたけれども

 凡ては焔火の渦に巻き込まれ

 軍勢は煙霞と消えていって

 片翼の君の國が

 魔界全土を支配下に置いた


 彼は澱の国の君主の坐に即き

 あらゆる栄耀栄華を手中に収めた

 千年の時を、地底の王国は栄えた

 

 しかれども、澱の降り止まぬ宵に

 たった一人で 根の底から這い出 王は

 終わらぬ旅路に就いた……




 姫君は、夢から目覚め

 傍らの影の姿を

 静かに見詰めた


 影の姫君と同じ

 朱の瞳も姫君を、見詰めた


 同じ朱の瞳が互いを観ていた


 白魚の如き 腕が

 影の首元に廻され

 吐息の触れ合う距離で

 姫君は、影に囁いた。


 その名を、影は受け取り

  姫君を懐にしまう、その代わりに


 姫君の繊手を

 掲げて

 口吻くちづけ、契った。

 

 大地は円盤の土塊

 上に蒼穹の天蓋を戴く世界

 北の果てに

 互いに囚われた夫婦が住まう


 純白の光輝

 旭日が天蓋を駆け上がる


 白銀の世界を燦然と照らして────



 氷に鎖されし、暗黒の海原に

 北辰のごとき輝き放つ古都


 氷の檻をしろしめす

 鋼鉄の要塞 

 かつて

 四方を支配せしも

 今や僅かに

 遺構となるのみ


 鋼鉄の歯車の回る

 昏き都は

 緑の弥栄の

 花咲き乱れる大地

 今なき古き地を

 夢見て

 氷の檻で微睡む





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灰の姫君の獣、ほか ののの。 @jngdmq5566

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