119

「南、今日はありがとう。また文化祭の時に、デッサン頼むよ」


「はい、あの……一橋先輩」


 礼奈は学生鞄からブルーの封筒を取り出し、両手で差し出した。


「これ……お返しします。ごめんなさい」


「うん。南、さようなら。また明日な」


「はい。家まで送って下さりありがとうございました。一橋先輩、さようなら」


 狼は封筒を受け取り、ブレザーのポケットに収め、再び俺に頭を下げた。


 礼奈の手を握った憎き相手なのに、去り際も優等生だ。冷静さを欠き、高校生を殴ってしまった自分がバカみたいだ。


 もしも彼が警察に通報したら、俺は傷害事件で逮捕されかねない。


「創ちゃん、足……」


「足?」


 足下に視線を落とすと、右足は自分の白いスニーカーで、左足は敏樹の黒いスニーカーだった。


「急いでたから足下を見る余裕なんてなかった」


「暴力反対。あれじゃお兄ちゃんと一緒だよ」


 俺が乱暴者の敏樹と一緒?


「殴りかかったことは謝る。でも、あいつも殴ったし。しかも倍返しだったし」


「それは創ちゃんがいきなり殴るからだよ。まさか一橋先輩も殴り返すなんて驚いたけど……。創ちゃん、一橋先輩と手を繋いでごめんね。最後って言われたら、なんか……断れなくて。礼奈が一番悪いの」


「礼奈は優しすぎるから。ほら」


 俺は礼奈に手を差し出す。礼奈はにっこり笑うと俺の手を握った。


「やっぱり、創ちゃんの手が一番あったかい」


「そっか?」


「うん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る