19

「……えっと。駅まで?」


「うん。駅まで。歩くより自転車の方が速いから」


 そ、それは、マズイだろ?

 俺のお姫様がめっちゃ睨んでるし。


 俺の自転車に、元カノを乗せるなんて。

 自転車の二人乗りを、礼奈の目の前でやらかすなんて。


 そんな恐ろしいこと、俺には……。


「お願い、創。急いでるの」


 まどかが甘えるような目で俺を見ている。自転車に乗るくらいなら、全速力で走った方が速くないか?


 でも、まどかは知ってるんだ。

 俺が人に頼まれたら断れないタイプだということを。


「いいでしょう、創」


「……わかった。駅までだよ」


 ダメだってわかってるのに、俺はまどかを自転車の後ろに乗せる。礼奈の顔は怒りと困惑で崩壊寸前だ。


 バカ、バカ、バカ。

 俺は大バカ者だよ。


 こうなることは、わかっていたのに。


「よかったぁ。創、レッツゴー」


 まどかは礼奈の目の前で、俺の体に手を回してガチッとしがみついた。


 昔、俺達が付き合っていた時みたいに。

 柔らかな体を惜しげもなく密着させた。


 俺は礼奈に言い訳がしたくて、チラッと視線を送る。礼奈は俺から視線をそらし、『バイバイ』も言わないで、家の中に入った。


 ああぁー……。


 絶対怒ってるよな?

 めちゃめちゃ怒ってるよな?


 ……当然だよな。


 礼奈の目の前で、元カノが俺に抱き着いてるんだから。


 逆の立場なら俺は逆上し、敏樹みたいに相手を一発殴ってるかも。


「創、どうかしたの? 早く行こうよ」


「あ……うん」


 俺はそのまま自転車をこぐ。


 付き合っていた頃は、まどかを自転車の後ろに乗せてよく登下校したんだ。


 当時の俺は、まどかに背後からギュッと抱き着かれ、ドキドキしながら学校まで自転車をこいだ。


 真夏の炎天下も、真冬の凍えそうな日も、小雨のぱらつく悪天候も、俺の自転車の後ろはまどかの指定席だった。


 高嶺の花だったまどかを乗せて走る通学路。まどかは俺の自慢の彼女だった。


 俺のファーストキスは、まどかだった。


 大好きだったんだ。

 でも夢のような交際は、そう長くは続かなかった。


 俺は、まどかに振られたんだ。

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