可愛い姫に誘惑されて困っています。 ……と、見せかけて本当はサイコーに幸せ。

９

　それなのに、映画が上映され僅か三十分後、礼奈が俺の手をギュッて握った。スクリーンの中では、高校生のヒーローとヒロインが甘いキスを交わしている。

　これは、サインだよな？

　礼奈は真っ直ぐスクリーン見てるけど、これは『私にキスして』の、サインなんだよな？

　掌は汗ばむが咽はカラカラに渇く。思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。

　隣に視線を向けると、スーッと礼奈の可愛い唇に吸い込まれそうになった。ピヨピヨと囀る雛のように唇を動かす。

　礼奈の唇は、まるで吸引力の強い掃除機だ。

　不意に礼奈が振り向いた。

　ヤバッ……。

　ドキュンと鼓動が高鳴り、新幹線みたいにピューッと加速した。

　唇が触れる寸前、敏樹の顔が脳内にちらついた。

　……ダメだダメだ。

　『礼奈が大人になるまで手を出さない』と、男と男の固い約束をしたんだ。

　俺は尖らせていた唇のまま、スクリーンに視線を戻した。

　――落ち着け。

　落ち着くんだ。

　早まるなよ、オレ。

　俺は礼奈が好きだし、男同士の熱い友情も固い約束も大切にするんだ。

　――そう決めたんだ！

　ああ……決めなきゃ良かったな。

　めっちゃ後悔。

　ここに敏樹はいないのに。

　敏樹の影に怯えるなんて。

　男として、あまりにも情けない。

　ラブストーリーの映画なんて、観なければよかったよ。

　ＳＦとかホラーとか、ゾンビやエイリアンが登場するようなスリル満点のパニック映画にすればよかった。

　会場のあちこちから「チュッ」じゃなくて、「ギャアー」って、悲鳴が聞こえるような映画。そしたら悶々としなくてすんだのに。

　これじゃ、俺の部屋にいるより最悪だ。

　スクリーンの中で、高校生の主人公が熱いキッスをしてるんだから。

　俺はカラカラになった喉を潤すために、コーラをイッキ飲みし、火照る体を冷ますために氷を口に含みガリガリと音を鳴らして食べた。

　ロマンチックな雰囲気がぶち壊しだ。