ナナシのネガティブな遺伝子(2)

つい最近まで、ナナシは父親を

厳格な人間であると思っていた。


個人情報保護の急進派でもある

立派な父を尊敬していた。


父親も教育上、小さい子供には

親のキチンとした姿を見せるべきだ

と考えていたのだろう。


子供の前では常に

それ相応の振る舞いをして来た。



だから、ナナシが高校生になってから

父親は油断したのかもしれない。


高校生と言えば、もう半分大人、

自分でそれなりの分別がつく年頃、

あと二年もすれば選挙権も与えられる。


親の保護から離れ、

自立する準備だって

してもらわくなてはならない。



小さい頃は、

早く寝るように躾けられていたため

まったく気づかなかったが、


夜遅くまで起きているようになって

それまで知らなかった親の生態を

目にすることが多くなった、

というのは間違いなくある。


それに、ナナシ自身が成長したため

見方や捉え方が変わったというのもある。


これまでよく分からなかったことが、

分かるようになって来たということか。


-


リビングのソファで

テレビを観ているナナシ。


それこそ、昔であれば

もうとっくに寝ている時間のはずだ。


まだ両親はともに仕事から帰って来ていない。


これでも小さい頃は

父親か母親のどちらかが交替で

仕事の都合をつけて

家に早く帰って来てくれてはいたので、

特に夜寂しい思いをしたということもない。


ちゃんと気をつかって

育てられていたというのが、

今からしてみれば分かる。


この辺りもナナシが大きくなった為に、

それなりの対応に変わった

ということなのだろう。



そうこうしている内に

誰かが家に帰って来た。


おそらくは父親であろう。


男特有の雑なドアの開け方、閉め方、

歩く音などですぐに分かる。


隣のダイニングで、

つくり置きしてある

晩御飯を取り出し、

レンジで温めている音。


リビングとダイニングは

筒抜けである為、音は丸聞こえだ。



そのまま父親のことは忘れ、

しばらくテレビの呆けていたナナシ。


改めて気がつくと

もう日付が変わろうとしている。


  そういえば、まだ

  母さんは帰って来ていないのか……


そんなことを思っていたら

ちょうどダイニングからも

父の声が聞こえて来る。


おそらく父の独り言だろう。


これまでもたまに

父が独りでぶつぶつ言っている姿を

見たことがない訳ではなかった。


ただ、いつも

その内容までは分からなかった。


だが、今日に限って

割りとはっきり聞こえて来る独り言。


ナナシもなんとなく

そちらが気になってしまう。



「いや、ちょっと待て……


いくらなんでも

最近妻の帰りが遅過ぎやしないかっ?


本当に毎晩こんな遅くまで仕事なのか?


仕事が忙しくて

帰りが遅いはずの俺よりも

さらに帰りが遅いだなんて、

それはちょっと問題なんじゃあないのか?


仮にも女性だというのに

そんなことがあるものなのか?


妻の会社は

もしかしてブラック企業なのか?」


  そう言えば、もうそろそろ

  終電も無くなるような時間か……


まぁ、ここまでは

普通に聞ける内容ではあったが、

この先は聞いたことを後悔することになる。


「…………。」


「い、いや、待て……


も、もしかして、これは……


ま、まさか……


うっ、浮気をしているなんて、

そんなことはあるまいなっ!?」



「オフィスに一人残って

残業している妻に


『こんな遅くまで大変だね

ちょっと休憩しないか?』などと


セクハラ上司が言い寄って


なし崩し的に

あんなことやこんなことをされてしまう


な、なんということだ……


上司かっ!?

相手は上司なのかっ!?


夜遅くまで働いている部下を

上司が気づかうだなんて


なんというブラック企業なのだっ!!」


  えっ!?

  むしろそれブラックなのかっ?



「いや待て……

さすがにセクハラに厳しいこのご時世、

そんなことはあるまい……」


「そ、そうかっ!?


そう言えば

新入社員の若くて可愛いらしい男の子が

新しい部下になったと

ちょっと嬉しそうに言っていたな


…………。


部下かっ!?

部下なのかっ!?


部下が熟女専なのかっ!?

部下が人妻好きなのだなっ!?


熟女専の人妻好きな新入社員を

部下として配属させるだなんて


なんというブラック企業なのだっ!!」



  いや、ちょっと

  言ってる意味がよく分からないんだが


  これは大人になったら分かる的なやつか?



大人でも意味が分からないから

そこは気にしたら負けだろう。



「クッソ、このままでは


妻が帰って来たら


『お前が浮気をしてないか

その体にじっくり聞いてみてやろう』などと


そんな官能小説のようなセリフを

言わなくてはいけなくなるではないかっ!」


  いやだから、

  高校生の息子が隣の部屋に居るのに

  そういうこと言うのやめろよ



「しかし、なんだと言うのだ……


この胸が張り裂けそうになる気持ち……


それとともに……


少し、興奮してしまっている自分がいる……


一体どういうことなのだ、これは!?


…………。


そ、そうかっ!? 

そうなのかっ!?


こ、これが、

寝取られ、というやつなのかっ!?


NTR!エヌティーアール!寝取られ!


クッソ、なんというこだっ!


俺は、俺は、

寝取られ属性だったと言うことなのかっ!?


妻が寝取られてしまったということに、

俺は、興奮してしまっているのかっ!?


クソッ、なんてことだっ!

こんな年になるまで

自分の性癖に気づかなかったなんてっ!! 」


  もうホント、子供の近くで

  そういうこと言うのやめてくれる?

  やめてもらっていいかな?



家のドアが開く音がする。


今度は母親で間違いなだろう、

もう家にいないのは

母親しかいないのだから。


ドタドタと走るように

玄関に掛け付ける父親の足音。


「ただいまぁ~」


母親の女性らしい高い声。


「お、お前、

まさか、う、うわき……」


バキッ!!


上ずる父の声のあとに、

母に殴打されたのであろう音。


「そ、その体にじっくり……」


バキッ!!


再び殴られたと思われる打撃音。


  ちゃんとそっちも

  言おうとするんだな


  夫婦じゃなかったら

  絶対に訴えられるやつ


「ちょっと、酷くな~い?

人が遅くまで仕事して

疲れて帰って来たって言うのにっ」


「い、いや、

そうではないのだ……

あまりに遅いので心配のあまり、つい……」


確かに、遅くまで仕事をして

疲れて帰って来たというのに


浮気していたのではないか?

などと疑われたりしようものなら


それこそ普通の夫婦であれば

いつかは離婚につながりそうなもの。


だが、そこはナナシの兄貴に

ソックリな性格の豪放落雷な母親。


まるで、家に帰って来たら

留守番をしていた大型犬が

じゃれついて来たぐらいにしか思っていない。



殴られた頬をさすりながら

まだブツブツ言っている父。


  まぁまぁ、

  ガッツリ殴られてるな


「なぜだっ……

なぜなのだっ……」


  もしや殴られたことに

  納得がいっていないのか?


  どう考えても

  親父に問題があると思うのだが


  これはまさか、離婚の危機!?

  これが原因でいずれは離婚!?


「なぜ、妻に殴られると

こんなにもゾクゾク

ドキドキしてしまうのだっ!?」


  そっちかい!!


「これではまるで

妻に殴られて喜んでいる

変態夫のようではないかっ!?」


  おっ、おう


「ま、まさか、

この妻からのDVのような仕打ちに、

それでもなお妻を愛していると言える自分に

俺は酔っているとでもいうのかっ!?」


  よくそんないい年して

  そんな恥ずかしいこと

  平気で言えるな


「それとも、それともだっ


本当にただのドMだとでも言うのかっ!?


クソッ、なんてことだっ!

こんな年になるまで

自分の性癖に気づかなかったなんてっ!! 」


  それ一番聞きたくない

  カミングアウトだわ


  父親がドMとか

  この先どう接していいか分からんし


  反抗しても喜びそうだし

  口汚く罵ったらご褒美とか思われるのか?


  家族の内面でSMプレイとか

  いくらなんでも

  ちょっとハードル高過ぎるだろっ!?


被害妄想系ネガティブが二人も揃うと、

もう意味不明にも程がある。


両者とも、共通のベースに

常識というものが欠如しているので、

それも仕方が無いことだ。


ただ、ナナシが父親の遺伝子を

受け継いでいるというのはハッキリ分かる。


むしろDNA鑑定よりも

間違いなく正確であろう。


ナナシ本人からしてみても、

これまで自分が寝ていた時間に

まさかこんな夫婦のコントが

家庭で繰り広げられていたとは

夢にも思わなかったことだろう。



「あら、

あんたまだ起きてたの?」


リビングに居るナナシに気づいて、

声を掛けて来た母親。


そこで、ナナシは全身全霊で

『夢中になってテレビを観ていたので

今までのことはまったく気づかなかった』

というフリをする。


「……あ、あぁ、おかえり、

テレビに夢中でまったく気づかなかった、

帰ってたんだ……。」


「ふぅん」


やはりナナシも

少し大人になったということなのだろう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

被害妄想系ネガティブコメディ「個人情報保護のため、名前は絶対教えません」 ウロノロムロ @yuminokidossun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ