ナナシのネガティブな遺伝子(1)

「兄貴さぁ、

これは一体どういうことだい?」


その日の晩、

大学に行っていた兄が家に帰って来るや否や、

ナナシはそう詰め寄った。


「なんだ、

ついにバレてしまったのか、

兄が作成した愉快な動画が」


  全然、愉快どころではなかったがな


「いつの間に

あんな動画を撮っていたっ!?」


「はじめたのは

一か月ぐらい前からかなぁ」


「どこで撮ったんだっ!?

あれ、家だろっ!?」


「ん? 隣の部屋っ!」


「それ、俺の部屋じゃねえかっ!!」


  クソッ、どうりでどこかで

  見たことある部屋だと思った


  もしサイ子先輩に

  勘付かれでもしたら

  どうしてくれるんだっ?


  あの人のことだから

  わずかな手掛かりから

  この家を見つけ出すかもしれんのだぞ


  帰って来たら

  ベッドの下にサイ子が寝ていた……

  そんなホラーを

  俺に満喫しろとでも言うのかっ!?



「弟くんも

チャンネル登録しておけよ?


まだ世間に見つかってないけど、

すぐに大人気になるからな」


兄の方は、ナナシとまったく似ておらず、

対極にあると言っていいぐらいに

陽キャでポジティブ。


ただ、妄想という共通点はあり、

ポジティブ妄想を得意ともしている。


「今はまだ、

チャンネル登録は一人しかいないが……


このチャンネル登録してくれた一人は

きっと可愛らしくて可憐な美少女


そうだっ! 女子高生に違いないっ!」


  お、お前、

  超能力者なのかっ!?


そうだったらいいなぁという

兄のポジティブな妄想でしかなかったが、

よりにもよって

ピンポイントにドンピシャで的を得てしまった。


そのことを知っているのも

今はまだナナシだけ。


「そうだよ、そう

問題なのは量ではない、質だよ、質」


  クッソ、

  俺と同じこと言いやがってっ!


  若干微妙に似ているのも

  腹が立つっ!


「有象無象がたくさん集まるよりも


俺のギャグセンスを分かってくれる、

俺の動画を楽しみにしてくれている

超絶美少女JKのためにも、

僕はユーチューブを

続けなくてはいけないんだよ!」


  クッソ、なんということだ


  こいつの言っていることは、

  単なるいつものポジティブ妄想なのだが


  唯一のファンが

  超絶美少女JKという部分が

  妙に当たっているだけに

  何も言い返せないではないかっ!


「超絶美少女女子高生は

その胸をときめかせながら


僕の動画を毎日心待ちに

楽しみにてくれていて


一日に何度も何度も再生してしまうんだ」


  クソッ、まさかこいつが

  こんな超能力を使えるとは

  思ってもみなかった


  …………


  あぁ、確かに、

  あいつは腹を抱えて

  笑い転げていたよ……


  その点では、お前は

  一人の超絶美少女JKを

  笑顔にしてあげるということに

  間違いなく成功していた……


  いや、ちょっと、待て


  な、なんなのだ、この

  俺の方が間違えてるんじゃね?

  みたいな流れは


「うん、なんて可愛らしい、

仔猫ちゃんなんだろう」


  なんということだ……

  小動物系美少女だということまで

  見抜いているというのか?


  ……………………


  さては、お前等、

  もう、知り合いだな?


  オフ会とか言って

  もうすでに会ったことあるだろ?


  その上で二人して

  俺をはめようとしているのだな?


  そうか、そういう魂胆か

  それがお前達のやり方かっ!!


本当にどうでもいい

妄想合戦が繰り広げられているが、

この兄弟が話しをすると毎度、

いつもこうなってしまう。


-


「貴様っ、デジタルタトゥー

という言葉を知らんのかっ!?


ネット上に

動画や画像をアップしたが最後


一度拡散してしまうと

完全に削除することはもはや不可能


そのデータは一生ずっと

ネットの海をさまよい続ける


いやお前が死んだ後も

データだけは残り続ける、

まるでゾンビのようにな


そんな怖ろしいことになるのだぞっ!?」


「YouTube だから、

削除すればヘーキ、ヘーキ」


「いくら動画だからとは言えだ


動画のキャプなどを取られて

画像として使われてしまったら

どうするんだっ!?


さらには元の画像が

とんでもなく変な顔をしている時で


変なセリフや落書きとセットで

コラ画像にされてしまったら


一体どうする気なのだっ?


もし万一そのコラ画像が

ネットで超バズりでもしたら


お前は一生『あのコラ画像の人だ』

とか言われ続けるんだぞっ!?


それどころか、

未来永劫、お前の死後ですら

そのコラ画像が

使われるかもしれないんだぞっ!?


分かっているのかっ?」


ポジティブ過ぎて能天気な自分の兄に

イラ立ちを覚えるナナシ。


あまりにもポジティブ過ぎる人々を見ると、

そこまで現実は甘くないだろうと、

ワザと目の前でネガりたくなるというのは

特にネットでよく見る、陰キャの癖だ。


「な、なんだってっ!


す、素晴らしいじゃあないかっ!


僕が生きていた証が

そんな風に

死んだ後まで残り続けるだなんて


それこそ僕の望むところだよっ!」


  生きた証が、

  ネットのコラ画像でいいのか? お前


  さすがにそこは子供とか孫とか

  子孫とか言えよ


  後世にまで残る不朽の名作とか、

  まぁ無理だろうけどさ


  とりあえずそこは、嘘でもいいから

  もっと夢のあることを語っておけよ  


  コラ画像で満足されても

  こっちも反応に困るんだよ


「例えばだぞ、

教科書に肖像画が載っているような

偉人とかがいるだろ?


学生が授業中に退屈だからと、

その肖像画に落書きをしたとして


本人の本当の顔よりも

落書きされた顔の方が

有名になってしまうようなものだぞっ?


ましてやお前は

偉人でもないのだから

ただの笑われ者でしかないんだぞ?


それでいいのか? お前は」


「何を言っているんだっ!


それこそ最高じゃないかっ!


自分が死んだ後のそんな後世まで

僕の画像で笑顔になれる人がいるなら

そんなに嬉しいことはないじゃあないか」


  お前、

  お笑い芸人でも目指してるのか?


結局、ナナシの抗議は

いつものごとく兄に軽くかわされてしまう。


まぁこんな飄々とした兄なので、

何を言ったところで

まさしく暖簾に腕押しという感じだが、

二人の兄弟喧嘩は毎回こんな感じなのだ。


-


  ――性格的に

  ソリはまったく合わないが


  俺は別に否定する気はないのだ、

  こいつのポジティブな陽キャぶりも


  むしろ頑張ってもらわなくては

  俺が困るとすら思っている


  胸を張って言うことではないが

  結婚など絶望的な自分からすれば


  一族の血を、遺伝子さんを

  後世に残せるのは

  この馬鹿兄貴ただ一人なのだ


  頑張って女子にモテて

  頑張って結婚して

  頑張って子供をつくってもらわないと

  ならない訳だ



  それだと言うのに……

  この馬鹿兄貴と来たら


  ポジティブな陽キャの癖に

  まったく女にモテる気配がない


  バレンタインでも

  一度もチョコをもらったことがないし


  女子と一緒に遊びに行ったこともない


  それどころか、

  仲の良いグループとかがある訳でもない


  別にホモとかゲイという訳でもなく

  むしろ女子にモテたくてしょうがない


  ポジティブな陽キャである癖に

  そのほぼすべてが無駄っ!無駄っ!


  まさに無駄にポジティブ、

  無駄に陽キャ



  ――遺伝子さんさぁ、

  これは一体どういうことだい?


  一方が壊滅的なまでにネガティブで

  絶望的なまでに女子にモテそうにない


  それでは遺伝子が絶えてしまう


  だからもう一方を

  めちゃくちゃポジティブな陽キャにしました


  例えの順番としては逆だが、

  そこまでは分からなくはない


  遺伝子さんが必死で

  生き残ろうとする努力は

  認めてあげなくてはならないだろう


  だが、だ


  でも結局、どっちも

  絶望的に女子にはモテません


  結果、ちょっと失敗したんで

  遺伝子残すの難しそうです


  そんなことで、本当に

  遺伝子を残す気はあったのかい?


  遺伝子さんに問いただしたいっ!


-


  ……まったく、大方

  YouTubeでもやれば

  女子にモテるとでも思ったのだろう


そこでナナシはこの話の

そもそもの発端を思い出す。


  !!


  YouTubeをやれば女子にモテる……


  ナナミのことかっ!!


  あの女、兄貴のことを

  エラく気に入っていたからな、

  まぁ、あくまでYouTuberとしてだが


  本当に紹介してやれば

  案外交際にまで発展するかもしれん!


  しかしそれでは

  俺の名前も、個人情報も

  あの女に知られてしまうではないか


  せっかくこれまで必死に

  隠して来たというのに……


  …………


  だがまぁ、こいつらが

  いずれ結婚することにでもなれば

  それも致し方ないのかもしれん


  そうすればいずれ

  子供も出来るだろう


  俺の甥っ子か姪っ子になる訳だな


  まぁナナミに似れば可愛いだろうが

  確率的には二つに一つか


先ほどまで兄と話していたせいか、珍しく

ポジティブな妄想をしていたナナシだったが、

そこで気づく。


  ……いや、ちょっと待て


  結婚……


  ナナミが

  おれのお義姉ねえさんになる、だと!?


  しかも嫁に来て

  ここで暮らすようなことになれば……


  もしそうなればだ、

  以前俺が怖れていたことが

  すべて現実のものとなるではないか……


  家に帰って来たらナナミが居て

  

  「ナナシくんのお母さんが作った料理、

  美味しいねぇ」ニチャア


  もちろん冷蔵庫も使い放題


  台所でナナミが

  料理を作っているかもしれない


  「私が作った料理、

  ちょっと味見してもらえないかなぁ?」ニチャア


  お風呂も使うのか?


  「お風呂、先もらったからね」ニチャア


  洗濯すらもするのか?


  「ナナシくんの下着、

  洗っておいたから」ニチャア



  しかも、子供をつくるということは

  この家でセックスをするということか?

  それも兄貴と……


  夜だけではなく、昼間も……


  まさしく、この間の妄想が

  現実になってしまうではないか


  「ちょっとこれから、子づくりするから

  終わるまで外で待っててくれない? 」ニチャア


  「ちょっとゴム切らせちゃったから

  薬局で買って来てくれない?」ニチャア


  いや、子づくりなのだから

  避妊は許さんっ!


  俺の可愛い甥っ子や姪っ子に

  会えなくなるではないかっ!!


だいたいどんなシーンでも、

どんなセリフでも、

ニチャアの擬音を付ければ、

そりゃ印象は悪くなるというものだ。


  クソッ、なんということだっ!


  もしそんなことにでもなったら、

  もはやこの家を出て

  一人暮らしをするしかないではないかっ!


自分が紹介さえしなければ、

ナナミとお兄ちゃんが出会うことなど

まずないのだから、

もう少し落ち着いて欲しいところだ。



自分は絶対結婚出来ないだろうと

ナナシが思っている理由。


一つは、自分は絶対にモテない、

そう思い込んでいること。


もう一つは、今の家族以外の、

誰かと一緒に暮らすのが

まず無理そうなこと。


まだ高校生ではあるので、

この先どう変わるかは分からないが、

この性格のままであれば

お兄ちゃんに頑張ってもらうしか

ないかもしれない。


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