ユーチューブ、だと!?

ナナシのネガティブな YouTube

「ねぇねぇ、ナナシくん」


教室で前の席に座っているナナミは

今日も振り返って話しかけて来る。


  そういえば……以前こいつには

  『女子と話した回数を

  数えているなんて、キモイ』

  と言われてしまったからな


  『キモイ』はいつもよく言われていたから、

  言われ慣れているので

  そこはまったくのノーダメ


  むしろ実家のような安心感すら覚える


  現代を、令和を生きる若者には

  『キモイ』くらいの個性が必要


  敢えて胸を張ってそう言おうではないか


  ここはノーダメだと自分に言い聞かせ、

  自己暗示をかけて

  自らを洗脳することこそが肝要だ


  ビッチキラー先輩を見てみろ……

  あれで堂々と胸を張って生きているのだぞ?


  むしろ親兄弟、親族の方が

  恥ずかしさのあまりに

  首を吊ってもおかしくないというのにだぞ?



  まぁ、そんなことよりもだ……

  高校生になったら

  女子と話す回数が一気に増えたことが

  ずっと気になっていたのだが


  やっとようやくその謎が分かった

  真相はこれで間違いない


  高校に入って俺は変わった

  そして俺の能力も進化したのだ


  そう、女子と話した回数を数えていた

  過去の自分はもういない!

  そんな自分にはさよならだ!


  そう、高校は回数制限ではなかった……


  

  これで間違いない!


  現に俺は高校に入ってからこれまで

  ナナミとビッチキラー先輩、

  女子とはこの二人としか話していない


  俺の読みでは、おそらく

  一年間に話せる女子の人数は

  三人までと決められている


  だが、それでも問題はない


  そうそれは、圧倒的なまでの

  量より質を誇っているからだ


  絶対的美少女と高嶺の花系美女


  二人とも性格はとんでもなくクソだが

  目で見て愛でる分には

  それもまったく問題はない


  考えてもみろ

  堂々と美少女もしくは美女の顔を

  見ることが出来るのだぞ?


  目が合うと気持ち悪いと叫ばれるから

  目が合わないポジションを

  遠くからキープしつつ

  チラ見するという

  苦労をしなくて済むのだぞ?


  そんな楽園のような環境が

  この世にあると思うのか?

  

  これはもう間違いなく勝ち組だろう

  高校生活における勝者と言っていいだろう


  他の女子とも話してみたいなどと

  そんな贅沢が許される筈がない


今日は若干前向きなネガティブのナナシ。


ネガティブに前向きとか後ろ向きがあるのも

よく分からない話しではあるが。


ネガティブな躁と

ネガティブな鬱みたいなものだろうか。



「ねえ、すごい

面白いYouTuber見つけたんだけど」


ナナミはそう言いながら、

スマホの画面を見せて来る。


音楽やアニメを見るのに

YouTube自体は利用するが、

YouTuberにはまったく興味のないナナシ。


よく見もしないで適当に

ナナミの話を聞き流していた。


「この人、こんなに面白いのに、

まだチャンネル登録が

私一人しかいないんだよなぁ〜


なんでかなぁ〜?

絶対面白いと思うんだけどなぁ〜」


  まぁ、今はYouTuberなど

  はいて捨てるほどいるからな

  飽和状態というものだろう



「ねえ?

この人、ちょっと

ナナシくんに似ていない?」


  そんな人気のない

  YouTuberに似ているとか

  貴様、まぁまぁ失礼な奴だな?


  まぁそれは

  今にはじまったことではないが


  クソッ、もしやお前


  このYouTuberが俺だと

  根も葉もない噂を

  学園中に吹聴して回って

  俺を陥れる気ではないだろうな!?


  また俺を

  トラップに仕掛けようと言うのか!?


  最近はちょっと

  心優しいビッチだと思っていたのに……


  やはりお前は性悪なビッチだったのか!?


これもうただ単に

ビッチ言いたいだけだろ。


「そんなこと、ある訳ないだろう」


  自分みたいな奴が

  世の中に二人も居てたまるか


  もしそんなことがあったら

  それがどんなに反社会的なことか

  分かっているのか?


  それは社会に対して迷惑というものだ


「そうかなぁ〜?

似てると思うんだけどなぁ〜?」


  しかし、

  興味ないことを暗に伝えているのに

  この女もしつこいな

  

  こういうところが

  隠キャをイラっとさせるのだ



ナナシに紹介している動画を見ながら

ケラケラ笑い続けるナナミ。


その様子を見て、

まったく興味が無かったナナシも

少しだけスマホの画面が気になりはじめる。


  クソッ、なんといことだっ


  これが天岩戸あまのいわとというやつか?

  

  さすが計算高い女だ、

  やはり侮れん


  JKの爆笑というものが

  どれだけ他人の興味を惹くものか

  ちゃんと分かっている


  さすがプロのJKだ


  良くも悪くも、みんな

  何でJKが笑っているのかが

  気になるのだ


  箸が転んでもおかしい年頃、

  そんな言葉があるらしいが


  本当に箸が転んだだけで笑うのか?

  本当に箸が転んでいるのか?

  箸が転んだって、箸落としただけじゃね?

  などなど


  そりゃあ、

  気になるのも当然と言うものだ


  まぁ、俺の場合はもっぱら、

  自分が笑われているのではないかと

  気にしているだけなのだが



  ……まぁ、いいだろう


  チャンネル登録が一人しかいない

  YouTuberはどれぐらいつまらないのか

  見てみるのも一興だろう


  …………


  声はどこかで聞いたことがあるような、

  まぁ、どこにでも居る

  有りがちな声というところか


  …………


  しかし、似ているというのは、どうかな?



ナナミの見ている動画を

改めてちゃんと覗き込むナナシ。


「!!」


まるで幽霊でも見てしまったかのように

一瞬で顔面蒼白になっている。


「どう? 

似ているような気がしない?」


「……ソ、ソンナコトナイデスヨ

……ゼ、ゼンゼン、ニテナンカイナイデスヨ……」 


ただでさえ普段から

日本語の滑舌に問題のあるナナシだが、

なぜかいきなり

カタコトの日本語を話す

外国人みたいになっている。


いつもの妙に甲高い声は、

さらに高く上ずり、震えている。


まるで硬直してしまったかのように

ギクシャクとした奇妙な動き。


「ん? どうかした?

なんか顔色悪いみたいだけど?」


「そ、そんなことはない……」


喋り方は少し元に戻ったが、

目が泳いでいるし、

おどおどして明らかに挙動不審。


先ほどまでの余裕は

まったく見られない。


「い、いや、

そ、そうだ、そうだ、

そう言えば、お腹が痛いんだった、

すっかり忘れていた……」


まるで用事を忘れていたかのような言い草で

お腹が痛いアピールをする、

もはや意味不明な状態。


「忘れていたなら、

今もうお腹痛くなくないっ?」


こういう時に限って珍しく

ナナミの容赦ないツッコミ。


「そうだ、そうだ、

次はトイレに行く予定だったな、

すっかり忘れていた……」


なんとも不自然な言動ではあるが、

ナナシが言っていることは、

普段から割と意味不明なので、

こういう時は便利と言えば、便利でもある。


「??」


きょとんとしているナナミを残して、

トイレの個室へと向かったナナシ。



個室で独りになって、

改めてナナミが見ていた動画を

スマホで検索して、確認する。


  やはりそうだ、間違い無い……

  

  ……うちの兄貴がYouTuber、だと?


  あの馬鹿兄貴、なにやってんだっ!?



  まさか、俺の知らないところで

  こんなことをやっていたとは……


  しかも顔出しで……


  背景らしきものはあるが、

  これどう考えても家で撮ってるだろ?


  自爆するのは勝手だが

  家族を巻き込むのはやめろっ


  これはもうあれか、

  家庭内自爆テロか??



  滑り倒しているし、

  つまらな過ぎて、

  見ているこっちが恥ずかしくなる

  これが共感性羞恥と言うやつか?


  恥ずかし過ぎて、

  なんだかこっちが死にたくなってくる


  これは、ビッチキラー先輩の

  身内いじりをしてしまったために

  因果応報されてしまったのか?


  ビッチキラー先輩の呪い

  おそるべし……



  今まで必死に身元バレしないように

  隠して来たというのに


  まさか身内に足をすくわれるとは

  思ってもいなかった


  このままでは

  あれが俺の兄貴であることが

  いつバレるかも分からない


  しかもだ、なぜ

  こんな超ロングパスが

  ピンポイントで通ってしまった

  みたいなことが起こるというのか?



「お腹、大丈夫?」


教室に戻ったナナシだったが、

暗黒オーラを撒き散らして、

すっかりどんより落ち込んでしまっている。


ただナナミから見れば、

それがいつものナナシ、平常運転。


本人が言っている通りに

大丈夫なのだろうと思う。


それでまたお気に入りのYouTuber、

つまりナナシの兄の話しをし出す。


ナナシからすれば、

身内の恥を延々と

語られているようなもの。


  クソッ、この女、

  いつまでうちの兄貴の話しをする気だ


  これが死体蹴りというやつか?


  もうやめて!

  ナナシくんのライフはとっくにゼロよ


  死者に鞭打ち、

  とことんまで追い詰めるとは

  この女、容赦ないな



「……こんなに面白いのに、

再生しているの私だけっぽいし


チャンネル登録も私一人だけだし

おかしいなぁ〜」


  チャンネル登録もこいつ一人で、

  この女しか見ていないというのなら


  もうそれ、

  YouTubeじゃなくて


  ナナミの前でうちの兄貴が

  ずっとなんかやっていれば

  それでいいのではないか?

  

  わざわざYouTubeを介する意味あるか?


投げやりにそんなことすら思うナナシ。


  とにかく、家に帰ったら

  兄貴を問い詰めなくてはならんな




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