ナナシのネガティブな帰り道

放課後、

今日は部活がないので

下校時間もいつもより早い。


  せっかく早く帰れるのだから

  そのプライベートな時間は

  有意義に使いたいというものだ


  昼休みにナナミから聞いた話によれば

  駅前のラーメン屋が評判がいいらしいな


  学校の帰り道にラーメン屋に寄る……

  なんとも高校生らしいではないか


  まぁ普通は友達と一緒に行くらしいがな

  友達などはいないから仕方がないな


  ……


  一人でラーメン屋に行く、だと?


  コンビニですら

  今朝のあの有様なのだぞ?

  いきなり出入禁止になるぐらいの

  大惨事になることは目に見えているではないか


  クソッ、一体どうすればいいのだ?


妄想の中でボケとツッコミの両方をこなしつつ、

そんなしょーもないことを考えながら

下駄箱まで来たナナシ。


そこで再びサイ子先輩に遭遇する。


「あぁ、ナナシくんも

ちょうど今帰るところのようだね……」


喋り方がちょっとビッチキラー先輩ぽい、

この時点でナナシには嫌な予感がしていた。


「どうだい、よかったら

途中まで一緒に帰らないか?」


  サイ子先輩と一緒に帰る、だと?


  そんなリア充の真似事みたいなことを

  先輩権限で命令しようと言うのか?


  これはパワハラか? パワハラなのか?


さらにサイ子先輩は口角を上げて

嘘くさい笑顔でナナシを誘った。


「そうだね、なんだったら

一緒に寄り道するのもいいかもしれない、

昼休みに言っていたラーメン屋でもいい」


  サイ子先輩とラーメン屋、だと?


  クッ、なんと言う甘言だっ


  一人では大惨事になりかねないが

  サイ子先輩と一緒であれば

  自分も落ち着いて対処出来るだろう


  いざとなれば

  介護(フォロー)してもらうことも期待出来る


  ラーメンの口になっている今、

  ものすごく魅力的な提案であることは

  疑いようもない


  だがおそらくこれは罠だ、

  トラップに間違いない


「すいません、個人情報保護の観点から

利用路線と最寄駅は

人に知られないようにしているんです」


何故かサイ子先輩に対しては

ナナシもハッキリと物申すことが出来る。


「さすがナナシくんだ、

試すような真似をしてすまなかったね」


達人同士の試合における駆け引きは

もはや普通の人間には分からないと言うが、

それと同様に、変人同士の駆け引きは

もはや普通の人には意味不明、

そう理解していいのだろうか。


「途中まででも一緒に帰れば、

ナナシくんの家がどこにあるのか、

その手掛かりがつかめると思ったのだがね……」


薄ら笑いを浮かべながら

喋り続けるサイ子先輩、

もはや若干狂気が入っている。


「ナナシくんの家が分かれば、

勝手にこっそり合鍵をつくって


誰もいない時に

勝手にこっそり家にお邪魔して


冷蔵庫の中にある

ナナシくんが飲み掛けのジュースを飲んだり、

大事に取って置いたプリンを食べたり


制服の匂いを嗅いで

『ナナシくんの匂いがする』と独り呟いてみたり


お風呂を沸かして勝手に入って

『ナナシくんと同じお風呂に入っちゃった』と

ここでも独り言を呟きながら

浴槽の使い勝手をチェックしてみたり


風呂上がりには

ナナシくんのパジャマを素肌に着て

ぬくもりを感じてみたり


あまつさえ

ナナシくんの部屋にあるベッドの下に隠れて

いつナナシくんが帰って来るのか

ドキドキしながら待ちわびたり、

いつ気づいてくれるのか

どれくらい時間がかかるか

タイムを測ってみようと思っていたのに……


恋する乙女が彼氏の家に行く

というシチュエーションを

存分に楽しもうと思っていたのだが

……残念だよ」


自分のネガティブな妄想を

はるかに超える弩級のヤベエ奴が居て

ナナシは震える。


あともう一押しで

完全に暗黒面に転げ落ちて

ヤンデレまっしぐらになりそうな

危険な匂いをぷんぷんさせているサイコ先輩。


  クッ、やはりか……

  しかしなんと言う恐ろしい人なのだ


  人のプライベートを

  そこまで蹂躙しようと企てていたとは……


そんなことよりもむしろ

完全に犯罪だということに気づいて欲しいのだが。


「仕方がない、今日は諦めて

また今度の機会を伺うとしよう」


  見逃してもらえた、のか?


完全に格上の強キャラに序盤で出会って

戦わずに見逃してもらった

主人公みたいな立場になっている。


「安心してくれ、

いくら私でもストーカーのような

卑劣な真似は出来ないからな……


あくまで正々堂々と

勝手に誰もいないナナシくんの家に入って

悪戯するのが、私の目標なのだ」


どうしてその言葉で安心出来ると思ったのか

問いただしたい。


その場を立ち去る

サイ子先輩の後ろ姿を見送るナナシ。

その後ろ姿もまたモデルのように美しい。


ちょっとヤンデレ気味ではあるが、

それを差し引いてもこれだけ美しいのだから

交際してみてもいいのでは、

そう思う者も中にはいるのかもしれないが、

ナナシはもうそれどころではない。


  クソッ、これで

  これまで以上に朝の登校と帰りの下校は

  厳重に警戒しなくてはならなくなってしまった



茫然と立ち尽くすナナシの背後から

再び声を掛けて来る女子の声。


「あっ、ナナシくんも今帰り?

よかったら、一緒に帰らない?」


いつもなら

普通に接することが出来るナナミでも、

直前のインパクトがあまりに強過ぎて

動揺しながら後ろを振り返る。


「お、お前もなのか?

やはりお前もそんなことがしたいのか?


正々堂々と勝手に家に上がり込んで、

冷蔵庫のジュースを飲んだり、

大事に取って置いたプリンを食べたり、

お風呂に入ったり、パジャマを着たり、

ベッドに潜り込んだり……


俺の家がどこにあるのか知ったら、

お前もそんなことがしたいと言うのか!?」


「えっ!ナナシくん、

あたしの家でそんなことしたいの?」


  はぁ??


普段からナナシの話は長いので

最後までちゃんと聞いていないというのは

ナナミにはよくあることだ。


  いやちょっと待て、

  人の話をよく聞け!


「そういえばナナシくんて

あたしの家、知ってるよね?」


  なんだとっ!

  俺が怖れていたことが、早速……


  これからはこいつの家で

  何か不審なことが起こる度に

  すべて俺のせいにされると言うのか?


  冷蔵庫にあった筈のプリンが無くなった

  きっとナナシが勝手に食べたに違いない


  置いてあった筈の洗濯物が無くなった

  またナナシが持って行ったに違いない


  お風呂の浴槽がなんだか汚い

  ナナシが入ったせいに違いない


  醤油が切れた

  ナナシのせいに違いない


  電球が切れた

  ナナシのせい


  以下略……


  クソッ!なんてことだっ!


  これではまるで俺が座敷童子並みに

  こいつの家に常駐していることに

  されてしまうではないかっ!



「でも……それって、

なんか彼氏みたいじゃない?」


こちらもこちらで間違った認識で、

まるで話が噛み合っていないのだが、

なぜか俯いて恥ずかしそうに

顔を赤くしてモジモジしているナナミ。


高校生である娘の彼氏が

自分の家の冷蔵庫を勝手に漁っていたら、

親が、特に父親が絶対許さない

ブチ切れ案件だと思うのだが、

ナナミが思う彼氏のイメージとは

きっとそういうものなのだろう。


「ち、ち、違うのだっ!

そ、そうではないのだっ!


俺はお前の家には興味がないっ!

むしろ知らなかった方が

幸せだったとすら思っているっ!」


「ひど〜いっ!

そこまで言わなくてもよくない?」


「と、とにかく違うからなっ!

絶対違うからなっ!」


あまりに動揺し過ぎて

ナナシはその場から走って逃げ出す。


天然ではあるが

こちらも十分に可愛い美少女なのだから、

これを機にもっと親密になればいいのにと、

普通ならば思うのであろうが、

やはりナナシはそれどころではない。


  クソッ、どうすればいいのだ


  このまま駅に向かったのでは

  駅でまたナナミと遭遇する可能性が高い


  ナナミが駅で

  待ち伏せしていることはないだろうが

  サイ子先輩はやらないとは言い切れない


  しかし、時間を置いた駅に行ったとしてもだ

  ナナミも駅に行く前に

  どこかに立ち寄る可能性もある

  本屋だとか、それこそラーメン屋だとか


  逆に時間を置いた分が、

  ナナミが寄り道した時間と重なって、

  結局駅で遭遇してしまう可能性も否めない


  クソッ、一体いつが

  絶対に鉢合わせしない

  安全な時間帯だと言えるのだ?

  

この問題を突き詰めると

結局、気づかれないように

ナナミの後を尾行して行くのが

一番安全ということになるのだが、

そんなストーカーのような真似は

やはり出来る筈もなく。


その後、三時間ぐらい

ナナミがまだ駅周辺に居るのではないかと思って

ナナシは駅に近寄ることが出来なかった。


そして明日の朝もまた早い……。



差し伸べられた手を

頑なに拒絶してしまっては

何も変わらないのだが、

自分の価値観を独りよがりに信じ

自己陶酔しているナナシが

そんなことに気づく筈もなく、

それもまた思春期にありがちな

青春の類ということになるのだろう。


立ちそうになる恋愛フラグを

自ら渾身の力でバキバキにへし折って行く、

それがナナシという人間なのだ。





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