ナナシのネガティブな昼休み(3)
結局、屋上からも逃げ出して来たナナシ。
弁当を手にさまよいながら、
ちょうど部室の前を通り掛かると
ドアがほんの少しだけ開いたままになっている。
普段使っていない時は
鍵が掛かっている筈なのだが……
鍵を掛け忘れたのか?
鍵の管理はサイ子先輩の担当だったかな?
ナナシはドアノブに手を掛ける。
部室の扉はナナシにとってみれば、
異世界に通じる門を開くにも等しい。
自分の知らない未知の領域という点で
明らかにそこは
日常とは異なる非日常空間。
いきなり後頭部を鈍器で
思いっ切り殴られたような、
そんな衝撃を毎回味わっている。
常日頃、常識やら世間体やらに
悩まされ続けているナナシからすれば、
あからさまなキチガイというのは
余計なことを考えずに済むし、
常識が通じない者同士として、
むしろ安心感すらある。
そして、ナナシが部室のドアを開けると、
そこには理解し難い光景があった。
ナナミとサイコ先輩が一緒に仲良く
お昼ご飯を食べている、だと!?
クソッ、これは一体どういうことだ!?
いつもは犬猿の仲である筈の二人が、
並んでお昼のお弁当を食べている。
なんとなく仲間外れにされたという
疎外感もなくはない。
これではまるで
自分がヒロインの女子だったとして、
そのヒロインを奪い合っていた
イケメン男子二名が
そっちの方で盛り上がって
仲良くなってしまい、
BL的な展開になって
ヒロインだけ置き去りにされる、
そんな展開みたいではないか。
なぜわざわざ全員を性転換させてまで
その例えで例えたのかは分からないが
言いたいことは分かる。
「あっ!ナナシくん」
「ナナシくん、ご機嫌よう」
挨拶もそうそうに
ナナシは真相に迫ろうとした。
「二人は仲が悪いのだと思っていましたが、
い、いつからそんな深い関係に……?」
先ほどのBL妄想のせいか
カップルに直撃する
インタビュアーみたいになっている。
「いや、私は
教室で弁当を食べるのが好きではないのでな
いつも部室に来て
独りでお弁当を食べることにしているのだ
鍵の管理担当であるという立場を利用してな
それを今日に限って
この女が部室にやって来てだな……」
サイ子先輩は
自分とはタイプが異なるが
隠キャであるのは間違いない
まぁ、ストロング隠キャというか
イキリ隠キャというか
「あたしは、部活大好きだから、
お昼休みはみんなと
部室でご飯を食べられたらいいなと思ってて、
それで部室を覗いてみたら
サイ子先輩がいたから
ここで食べることにしましたぁ!」
こいつのメンタルは鋼鉄製か?
アイアンハートなのか?
自分だったら即逃げ出すぞ
「チッ」
見えないように机の下で
隣の椅子を蹴飛ばしているサイ子先輩。
覆面もしていないというのに
これは相当イラついているようだな
素顔なのに
ビッチキラーになりかかっているではないか
無理もない
ナナミは明らかな陽キャ
しかも天然が入っていて、
本人に悪気はないのだが
隠キャにうざ絡みして来る、
隠キャからすればタチの悪い陽キャ
サイ子先輩がイラつくのも分からなくはない
「最初に私がここを使っていたのだから、
後から来たこの女に遠慮して、
この場を去るというのは
おかしな話じゃあないか?
鍵を持っているのも私なのだしね
私がここに残るのは道理だと思うのだがね」
先程誰かが似たようなことを言っていた。
「ここはサイ子先輩だけの
部室じゃあないんですから、
私がここで食べたらダメだと言うのは
おかしいと思うんですよ。
みんなが等しく
お昼休みに部室を使ってはダメだ、
と言うなら分かりますけど」
何やら言い合いをしているナナミとサイ子先輩。
こんな状況にナナシが耐えられる筈はない。
クソッ、なんということだ
これはこのまま気配を消して
そっとこの場から立ち去るしかない
だがそんなに上手く行く筈がなく。
「ナナシくんも一緒に
ここでお弁当を食べようよ!」
「この女とずっと
二人きりでいるなど耐えられんからな
是非ナナシくんにもここにいてもらいたい」
何故だ、何故そこだけは
意見が一致するのだっ!
良かったのか悪かったのか分からないが
こうして奇しくも食事場所を確保するナナシ。
−
目の前の女子達はナナシの食事風景など
気にもしていなかったが、
女子と一緒に食事するなど
これまでに一度も経験がないナナシにとっては
物珍しい光景であった。
自分が見られていると異常に気にする癖に
自分はガッツリ見てしまっているという
すっかり失礼な奴になっている。
小柄なナナミが、
小さな手でサンドイッチを持ち
小さな口を小刻みに動かしながら
頬張ってもぐもぐしている様は、
まるで小動物のようでもあり
実に可愛いらしい。
貴様、一体どういう了見だっ!?
そんな小動物がエサを食べているような
可愛らしい食べ方をしやがって
それでは小さくて可愛い生き物
そのものではないか
リスさんが木の実をかじっているのかな?
ハムスターさんが
ひまわりの種を食べているのかな?
もぐもぐ、もぐもぐ、小動物みたいな
可愛らしい食べ方をしやがって……
…………
……なっ、まさか!
この俺がもぐもぐタイムに萌えている、だと!?
クソッ、なんということだ
俺はこの女によって
もぐもぐタイムが可愛いと思える
萌えを理解出来るような人間に
生まれ変わってしまったというのか?
もぐもぐタイムを
馬鹿にしていた俺はもう死んだ、
この世にはいない……
つまり俺は
転生してしまったということなのか……
この部室が異世界で、
新しい発見や体験が、
それまでの自分の死と再生を意味するならば、
生まれ変わることだとするならば、
とりあえずこれは
異世界転生ということでいいのだろうか?
一方のサイ子先輩は、
作法に詳しくないナナシが見ても
躾のしっかり行き届いた
厳格な家庭で育てられたのであろうことが
すぐに分かった。
もともと手も長く、
指先も長く美しいサイ子先輩、
所作のすべてに美しさすら感じる。
なんということだ
人間の所作というのは
これほどまでに美しくなるのか?
まるで舞踊の手の動きを
見ているようではないか
しかもだ、
何故だかよく分からないが
そこはかとなくエロスを感じるような……
エロスとは美しさと同義なのか?
…………
……なっ、まさか!
この俺が食事という行為に
エロスを感じている、だと!?
クソッ、なんということだ
俺はサイ子先輩によって
食事という行為に
エロスを感じるような人間に
生まれ変わってしまったというのか?
つまり俺はこの短い時間の中で、
二回も死んで、二回も転生してしまった
ということなるのか……
もうこの際、一秒毎に死んで、
一秒毎に転生してみたらどうか、
その内いつかなりたい自分に
転生出来るかもしれないぞ。
食事の間、
話題を振るのはもっぱらナナミで、
サイ子先輩は時折舌打ちしたり
隣の椅子を蹴ったりしている。
「この辺の近所に
美味しいラーメンが出来たらしいですね、
確か駅前の辺りだとか……
今度みんなで食べに行ってみましょうよ!」
「チッ」
「明日からもずっと
お昼は部室でみんなでご飯食べましょうよ?」
ドンッ!
クラスにも、この学園にも、
それどころか社会にも居場所がない
そんな自分にとって、
個人情報部こそが自分の居場所であり、
部の仲間こそが自分にとって
かけがえの無い存在だったのだ……
めでたしめでたし……
そんな風にナナシも
締めて終わることが出来れば
どれほど楽であったことか。
だが、ナナシは余計なことを思う、
どうしても思ってしまうのだ。
ナナシのネガティブ妄想は
底無し沼のようなもの。
この状況は第三者から見れば
部活の先輩後輩が
仲良くお昼ご飯を食べている、
そう見えるのであろうが……
ここにいる三人は
それほど仲が良いという訳ではない
むしろ三名の内の二名は
犬猿の仲だと言ってもいい
それはもう
どこにも居場所の無い若者達が
食事場所を確保する為に集まっただけの
非常に後ろ向きな集まりではないのか?
ドラスティックというか、
打算的というか、
傷を舐めあう道化芝居というか……
それはもう愛情が無いのに
寂しいから肉体関係をもってしまう
セフレのようなものなんじゃあないのか?
セフレがどういものか、よく知らないが
一生縁もないだろうし……
クソッ、なんてことだ
心の隙間を誰でもいいから
都合の良い相手に埋めてもらう、
いつから俺はそんな
汚い大人みたいになっちまったんだ……
今日のナナシはちょいちょい
シモネタをぶっこんで来る。
ナナシは全く気付いていないのだ。
救いようもないネガティブな日常、灰色の毎日が
二人の女生徒によって
彩られているということに。
楽しいや幸せという感覚もまた
そう感じるだけの感性が必要であり、
ネガティブな感性は他人の何倍もあるくせに、
楽しいだと幸福だとか思える感性は
持ち合わせていない、
それがナナシという人間なのだ。
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