第15話 加神は非常識の塊

 唖然とする私たちの前で、加神が目を閉じた。腕を両脇に下げ、手のひらは上に向けて軽く閉じている。その姿はなかなか様になっていて、逆に気持ち悪い。この人の性格上、似つかわしくないのでおそらく、これまでにこういう型を取ってただろうと思われる。

 なぜそう思うかっていうと、私自身が視える事で悩んできて瞑想だとかグラウディングだとか呼吸法を見よう見まねでやってきたからだ。非常に不本意ながら、なんとなく同じニオイがする。

 そんな事は今はいい。取り合えず、加神のその方法が上手くいくのかどうかを見守るしかない。


「よしっ」


 固唾を飲んで成り行きを見守っている私たちの前で、加神がそう一言短く言い放つと同時に目を開けて、両腕で何かを持ち上げるような仕草をした。


「ふぉっ?!」

「うぉぉ!」

「うわぁ!」

「「「ジーザス!!!!」」」


 私の目に映る、道というか蜃気楼のようにゆらゆらと境目が曖昧な筋道のようなもの――普段はその辺りにたくさんの霊がうじゃうじゃいてなんとなく一定方向に進んでいる道と思わしきもの――が、加神が腕を上げたと連動するように宙に持ち上がり、私を含めそれが視えていた人たちから思わずといった感じで声が上がった。

 そのくらい、私たちの目に映る光景は異常だったのだ。


「どう?上がってる?」


 何も視えていない加神が私に確認した。


「は、はい……信じられない。本当に上がってます!!」

「ふっふっふ……やはりな。ねぇ!俺、天才じゃない?すごくね??」

「……ソウデスネ」


 そういうところは鼻につくが、彼が自慢げになるのも仕方ない。視えている人たちの中には地面に膝をついて手を組み、加神を神を見るような姿勢で見つめている人もいる。


「なぁ」

「はい?」

「こっからどうしたらいい?まぁ、高さはそこらの家の屋根より高い方がいいよな?で、えーと…何もしないと腕下げたらそのまんま下がると思うから、宙に固定……と。それでいいんかな?」

「は、はい……恐らく、それでいいかと……」

「オッケー」


 聞いた割には自分で答えを出して、自分のイメージの通りにさっさと片付けていく加神の非常識さに言葉が出てこなかった。悔しいけど、天才だ。地頭がとても良いのだろう。悔しいが。


「これ特別手当でるー?」

「はぁ?」

「だってさ、多分、ここら辺に蔓延してた奇怪な事象だとか、風水的な運気?よー分からんけどそんなのが良くなるか正常に戻るだろ?この元凶の霊道とやらがかぶらなくなったら。それって土地の価値が上がるって事じゃん。確かこの土地はうちの会社のもんだったよな?」

「ぐぅ……」


 め、目ざとい。書類を見ている時にいい加減に目を通してた(ように見えた)から、そこまできちんと把握しているとは思っていなかった。言われてみれば、加神のいう通りだ。


「そこは、丸山さんに確認しないと分かりませんが……一応、確認してみますね」

「最上ちゃん、歯がギリギリ音してっぞ。落ちつけ」


 ポンと肩に手を置いて蒲生さんが慰めてくれた。


「もし、加神の予想とおりの結果になるなら、あいつが言うようにここの治安も良くなって、裕福層が寄ってくるかもしれんぞ。本来ならここは今よりももう少し裕福層を想定してたろ?実際、最初の入居者たちはそうだったらしいじゃねぇか。駅から離れているとはいえ、利便性はそこまで悪くなくて周りの生活環境もいいのにぽつぽつ空き家が目立つ、戸建てなのに入れ替わりが早いってのは、やっぱりアレのせいだと思うんだよなぁ。それがなくなれば、また人を呼び込めるし、居付くんじゃねーかなぁ」


 蒲生さんが宙に浮かんだ霊道を親指でさしながら言った。


「確かに……」

「そうすっと、最上ちゃんが好きな売り上げが伸びるぜ?」

「確かに!」

「だから、今は落ち着け。な?」

「えぇ!本社に戻ったら、これからの展望を営業担当に伝えます!!」

「おーおー目ぇ輝かせちゃってまぁ」


 頭の中でソロバンを弾いている間に、加神はサッサと終わらせたようで、こちらに戻ってきた。


「どう?ちゃんとできてる?」

「はい……できてます」

「ふっふー。俺様まじ天才。マジイケメン」


 加神がどうでもいい事をブツブツ呟いている時にふと思い出した事があった。


「ただ……これには欠点があるかもしれません」

「「は?」」

「ど、どういう事だよ……」


 加神が少し動揺した顔で聞いてきた。蒲生さんも顔で食いついてきた。


「さっき、霊道を上げるという案を聞いた事があると言ったじゃないですか?それ、ほおっておくと徐々に下がってきてしまうらしいんです。だから、恐らくその霊道も同じだと思うんですよね。元々は宙に浮いているものじゃないですし……」

「「なるほど」」

「で?その人の場合はどうしてんだ?」

「その家に住む相談者に紐づけて固定してました。その人が家にいる限りは下がってこないという制限をつけて」

「は?なんじゃそりゃ」

「そもそも、その家の2階に住んでいた人が相談者だったんです。その人の部屋を霊道が通っていたらしくて。それで、その人だけが霊障に悩まされてて。その人は学生さんだったのでいずれは出ていくから、それまでの装置として設定していましたね」

「んーーーー霊道って地面だけを走るんじゃないんだ?そこ2階だったんでしょ?」

「えぇ。でも、その仕組みは解説されていたかもしれませんが、覚えていなくて……すみません」

「いやいや。しゃーない。じゃあ、同じように考えればいいって事だな?おい、クソガキ。お前の部屋は2階か?」

「は、はい。2階です!」

「分かった。じゃあ、お前を装置の一部とする。それに異存はないな?金はいらねぇ。その代わりにこの条件を飲め」

「は、はい!いくらでも飲みます!!!!」

「よしよし。なかなか男じゃねぇか」


 加神がグリグリと少年の頭を乱暴に撫でた。

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事故物件破壊屋 ちゅらろま @churaroma3

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