第13話:悪魔の城

 侵入を拒否するかのように嵐は勢いを増し、濁流にも似た豪雨で視界は閉ざされ、暴風はもはや立ち歩くことさえ困難なほどだ。雨風は貴族院議会庁舎に近づくに連れ強くなり、明らかに超常の力が働いていると嫌でも実感できるようだった。


 だが、それは一度引き下がる要因にはならない。むしろ、吸血鬼の類がいるならば、嵐の結界は奴らにとっては悪手である。吸血鬼は流水を渡れない。つまり間抜けにもこれは奴らにとっても檻でもあるのだ。間抜けが気づく前に、その好機に乗じるべきだ。


 嵐にかき消えそうな声で詠唱する老魔術師の反呪文アンチスペルによりなんとか正面の大扉の前までたどり着いた一行は、限られた視界の中でタイミングを取り合い、剣士が閂だか鍵だかがかかった扉を蹴破った。


「失礼しまーっす!! 」


 嵐の轟音を除けば、中は静かなものだった。元は豪華なエントランスホールが広がっていたのだろうが、今は使用人の影もなく、硫黄や血液、腐った肉、それが混ざりあったような不快な匂いがどこからともなく漂ってくる。天井から吊り下がったシャンデリアの光はなく、外の嵐の影響もあり、中は暗い。


「『灯火ライト』は使う? 」


 神官は聖鎚を掲げる準備をする。戦術的にも、視野は確保しておきたいのは当然だ。


「いや、魔術は温存しよう。」

「うむ。道具でできることは道具を用いたほうが良いじゃろうな。」

「魔道具なら、いいものがある。」


 重戦士と老魔術師はそれに反対した。軽戦士がもったいぶってランタンを取り出して火を灯す。通常よりも数段明るい魔道具のランタンがエントランスを照らした。


「大将、魔石は経費でいいな。」

「あぁ、依存はない。生きて帰ったらな。」


 あたりはきちんと掃除されているのか小綺麗なものだった。ひどい悪臭を除けば。


「どう見る。」


 大剣使いは老魔術師の助言を乞う。老魔術師は白ひげを二度三度撫でつつ答えた。


「ま、貴族は自分で掃除などせんわな。じゃが外の惨状では、使用人は生きとりはすまい。」


 術士の狼少女がそれに続く。


家事妖精ブラウニーの気配もないの。おそらく眷属にやらせとるんじゃろうて。」


 ランタンを翳してあたりを警戒しながら、剣士が笑う。


「使用人はいるが生きてはいないようだな。貴族が賃金をケチってどうするのかね。」

「私腹を肥やすんだろうよ。まぁ本当に血肉で腹を肥やしてるなら洒落にならんが。」


 ともあれ、ここで待っていても迎えに使用人が出てくるわけでもなし、さっさと化け物退治をするべきだ。


「本職の斥候がいない。不本意だが『敵意感知センス・エネミー』を使うべきだろう。」


 先程術は温存するべきだと行った手前で言いづらそうではあるが、重戦士ははっきりとそういった。臭いのせいで術士の狼少女も自慢の鼻はきかないだろう。入ったなりから、ずっと顔を顰めている。


「然り、悪鬼の類は鏖殺おうさつせねばなりません。」

「あ、あぁ。そうだな。」


 凛とした表情の女神官に引きつった声で答えた大剣使いはそのまま術の行使を促した。


「討ち果たすべき怨敵、その爪の一つまでも逃がすべからず。一切合財を我が眼前に引きずり出せ。『敵意感知センス・エネミー』。」


 不穏な詠唱を口にして目を閉じた女神官の足元から波紋のように光の輪が広がり、床に、壁に、天井に反響し折り返しながら幾度も幾度も往復する。


 しばらくして、目を開いた女神官は、仏頂面をほんの僅かに高揚させ、まくしたてるように言葉を紡いだ。


「見えました。この建物には五〇ほどの屍人ゾンビがいますが、術で動いてるだけでしょう。上階に屍肉喰らいグールが十五、死霊魔術師ネクロマンサー吸血屍人ブラッドサッカー吸血鬼ヴァンパイアがそれぞれ一、それとついでに人間が一人。これは良い功徳が詰めるでしょう。」


 凄まじい数である。驚異的と言って差し支えない。名うての冒険者であっても一党に魔術師がいなければまず依頼を断るだろう。逆に言えば、魔術師の使い所さえ謝らなければ勝ちうることができると言えた。


「ついでとは言うが、その人間がおそらくジェイムズだろう。」


 大剣使いが顎を撫でながら思案する。おそらく違いないだろうと誰もが同意した。


「屍肉喰らい共はおそらく元貴族だろう。貴族議会院も今や吸血鬼の根城か。」

「流石にまとめて相手をするのは無謀じゃの。手がいくらあっても足りぬわ。残りの精神力マナはどうじゃ?いざというときに使えませんではいかんじゃろ。 」


 ひーふーみーとずぶ濡れてよれた術符を数える術士の狼少女は、一党の魔術的資源マナ・リソースの状態を案じる。魔術というのは一撃で戦場をひっくり返すほどに強力だが、そう何度も撃てるものではない。


わたくしは『解呪ディスペル』と『敵意感知センス・エネミー』を一度ずつなので残りは四です。」

「こっちは『反呪文アンチスペル』しか使っておらんでな、たっぷりと五度は使えるぞ。」

「儂は『鬼火ウィル・オ・ウィスプ』を一度使っておるから、残りは九じゃ。しかしこの雨で術符が使い物にならん。大玉は期待はするでないぞ。」


 上位冒険者の中でも五度以上魔術を使えるほどの精神力を持った術者はそういない。非常に恵まれていると言えるが、それでもぽんぽんと使えるわけではない。使い所は見極めなければなるまい。頭目である大剣使いは知らされた数と手持ちの術を照らし合わせ、使い所を考える。期待した目で剣士を見るが、おどけた様子で首を横に振った。


「あいにく術はからっきしでね。出来ても三度、そっちはどうだ? 」

「私は二度使えるが、詠唱している暇があるかどうか……。」


 面頬の隙間から水筒の水を流し込む重戦士の答えも芳しくない。が、手持ちをやりくりしてなんとかするしかない。すでに敵地の中なのだ。大剣使いは気を引き締めるように拳を打ち合わせた。

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