第12話:嵐の中で
黒雲は空高く渦巻き、嵐を呼んだ。降り注ぐ雷雨の元、城門に六人の冒険者が並び立つ。貴族街は城壁に取り囲まれ、門扉と貴族付きの衛兵が行く手を阻むが、万夫不当の上位冒険者に迫られては、普段平民に威張り散らすのが仕事の衛兵なぞもはや赤子だ。
「そこの者、止まれ! 」
虚勢を張りあげてはいるが、怒りにかられてその戦鎚で潰されるか、剣で膾切りにされるか、それともわけの分からん術で呪われるかと戦々恐々としている。たとえ上位冒険者でも、貴族連中の認識など、そんなものだ。
「ギルドの権限に於いて、立ち入らせてもらう。」
貴族の威光というものは、悲しいかな万人を照らすには弱すぎる、それこそ金貨の輝きよりも慎ましい。ちょっと小遣いを握らされただけで、すぐに門は開いた。金をもらって命が助かるなら、それが良い。
「これがギルドの威光だ。」
「随分と俗な光だ。」
開かれた門の奥からは、硫黄の匂いが流れ出るようだった。あの屍肉喰らいの寝床であることは、御用達の香水を持ってしても残念ながら隠しようがないだろう。そして冒険者が侵入してきたこともお見通しなのだろう、早速大きな灰色の影が一つ、入り乱れる滅茶苦茶な暴風など意に介さずに真っ直ぐに飛んできた。
悪魔と竜との間の子のような、大きな翼と太い尻尾、たくましい腕には巨大な斧槍。そして灰色の石の体を持つ。
「手厚い歓迎痛み入る。」
「手荒いの間違いじゃないか? 」
「歓迎も間違いだと思うのだが……。」
魔石像の持つ巨大な
「
その隙きを突いて横合いから巨大な戦鎚が横っ腹に思い切りめり込んだ。頑強な石の体も金属の塊の前では読んで字の如く形無しである。
粉砕され、ただの石片となった魔石像の残骸は、風化するかのように砂になりサラサラと崩れ落ち、嵐に混ざって吹き飛んでいった。
「ガーゴイルとは、魔術師かなにかいるな。」
「あぁ、間違いない。」
「十年も気づけなかったのは冒険者の恥だな。」
「末代まで語ってやる。」
「俺は独身だ。子供もいない。」
「今は、な。」
頭目同士が軽口を叩きながらずかずかと無遠慮に先導する。美しいはずの町並みは、ろくに手入れもされていないのか植え込みは枯れ果て荒れ放題。屋敷の外壁はくたびれて汚れている。白亜の石畳は街路樹が生んだ腐葉土の下だ。とても大きな都市の貴族街には思えない。これではまるでダンジョンだ。話によれば、十年ほどは出入りすら自由にできなかったというが、よくもまぁこんなになるまで隠せたものだと舌を巻くしかない。
しばらく、人も獣も見ることがなく、――死体と、それからなる魔物はいくらでもいたが、――大通りをゆくと、開けた場所に出た。
地図に寄るともともと美しい噴水が中央に鎮座する広場だったという。しかし現在はそこには食い散らかされたとしか言いようのない、腐り欠損した死体が山になっていた。
「これはまた、よく殺したもんじゃ。」
老魔術師が感心せざるを得ないと言わんばかりに髭を撫で、女神官は聖鎚を掲げ鎮魂の祈りを捧げようとした、その時、死体の山が蠢き、粘土のようにその形を作り始める。
「私が足止めをしよう。神官殿は『
「無論にございます。」
碧鈷鋼の重戦士が前に出る。立ちはだかるは屍肉が集い塊となった巨人である。人一人の死体をそのまま指に使うほどの大きさの
「
さらに力を込めた重戦士はそのまま叩き潰すように、戦鎚を地面にまで振り抜いた。巨体が無残に崩れ去るが、しかし相手は集合体である。崩れた体を再び組み上げるように死体が集い始める。腕利きの剣士が揃いも揃ったところで、これでは千日手である。しかし崩れ去った死者の群れなど、術者の前ではただの木偶の坊だ。
「仮初の魂よ、天に帰り給え。冒涜されし死者よ、大地に眠り給え。『
暗雲を切り裂くように、あるいは天から槌が振り下ろされるように、降り注ぐ一条のまばゆい光が形を取り戻しつつある群屍巨人を包み込んだ。聖なる光は、魔に冒された死体を
「死者の魂は天へと導かれました。あとは冒涜した
土塊となった死者の群れに、聖痕の印を刻んだ神官はまだ残滓が残っていたのか、それとも罠として仕込んであったのか、這い出てきた
「……おぬしらのところの神官はおそろしいのぅ。」
「うむ、たとえ未練があったとて
術士の狼少女と老魔術師がボソボソと呟いているのを強く睨んだ女神官は特に何も言わず、それがなおさら恐ろしかった。
土に還った死体の山から残った衣服や武器防具を引っ張り出す。どれもこれも、冒険者のものだ。恐らく、死んだか街から出ていったかしたと思われていた冒険者で間違いないだろう。
「さて、どこから攻める。」
「親玉は高いところが好きだって相場は決まってる。」
剣士はは剣の切っ先で、渦巻く黒雲の真下にそびえ立つ貴族議会院の庁舎の塔を指した。
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