第3話:冒険者の野営地
日が傾き、ついにカンテラの明かりだけが周囲を照らすとても暗く、とても深い森の中。その森を切り開いてできた道を、一人の剣士の男が歩いていた。彼は木箱や樽など、たくさんの荷物と狼の耳と尻尾を揺らす少女を載せた荷車を引いていた。彼女は今はきちんと服を着せられていた。
「これ、揺らすでないわ。吐きそうじゃ……。」
「荷物は文句を言わないもんだ。」
「誰が文句を言わせてると思うておるか。」
荷台に横たわる少女は木の根を踏み越えた衝撃で打ち付けた尻を擦りながら不平を漏らす。結局あの後、異臭のせいでろくに食事を取れず、逆に吐き気すら催している彼女は荷馬車を引く気はない。少なくとも、今日はもう。
「冒険を楽しめと言ったのは、確かお前だな。」
「楽しもうとしてたのか?」
「そのつもりだ。」
「魔物をいたぶるのは楽しかったか? 」
「いや全く、泣かせるなら女がいい。」
「女を泣かせるのは紳士のやることではなかろ。」
「別れ際の話しさ。」
男はしばらく沈黙して、また木の根を乗り越え、少女が悲鳴を上げたたことを切欠に口を開いた。
「楽しむことも、難しくなったな。」
「『取るに足らない』かの。」
「あぁ。」
それから、荷車が揺れる度に不平を漏らす荷物を無視しながら歩いていくと、ようやく開けた場所に出た。
木々が大きく切り払われ、空が見える。夕日は
「少しばかり遅くなったな。俺は夕日が好きなんだが。沈んじまってる。」
「
そこは森を切り開いて作られた、大きな村ほどもある野営地だった。木材で作られた格子状の塀に囲われ、魔物の侵入を阻む杭のバリケードや落とし格子、そして見張り櫓が立てられていた。簡素だがしっかりした作りの門のそばに立つ衛兵に、剣士は首から下げたいくつかの認識表を見せた。
「冒険者、それで運び屋か。」
「あぁ、
衛兵は荷車に乗った箱の中身を確認しながら、そこに並ぶ大きな樽を見て目の色を変えた。
「そして酒か!よく来てくれたな。」
「感謝祭じゃあないが、冒険者
「嬉しいね。」
衛兵は男の肩をたたいて歓迎した。酒はいくらあっても困らない。特に大酒飲みが多い冒険者の集うこの野営地には。続いて衛兵は荷馬車の後ろに腰掛けて脚を揺らす少女に注目した。
「そういや、そっちの獣混ざりは奴隷か?」
「儂は
「そ、そうか。悪かった。」
今にも飛びかからんとする少女の剣幕に、幾匹もの魔物を葬ってきた衛兵もたじたじだった。いや、魔物の扱い離れていても、少女の扱いには慣れていないのかも知れない。
「そうだ。かわいいだろ? 」
「おぬしもじゃ! 誰が奴隷じゃ! 」
「ジョークだ。」
「笑えんわ! 」
喚く少女を無視して衛兵との手続きを終わらせた男は荷車を引いて目的の酒場まで向かう。衛兵の哀れな視線が涙目で男に抗議する少女に追い打ちをかけるように突き刺さっていた。
日暮れの野営地の酒場はひと仕事終えた冒険者たちで賑わっていた。この世の中、どんな僻地でも冒険者と酒場は切っても切り離せないものだった。森の奥の野営地であってもそれは例外ではなく、冒険者たちは武勇伝から話を広げて語り合っていた。その中心にいるのは赤ら顔の大柄な冒険者だった。
「俺たちゃあ、ついにあの
「ふん、だが、所詮トロールだ。」
鱗鎧を纏った赤ら顔の冒険者がそれに異議を唱えた。彼は一度トロール相手に敗走しており、その際に与えた傷がまだ残っていると、奴は
「じゃあなにを討伐して見せりゃあいいんだ?」
もちろん髭面の冒険者がそれを許すはずもない。いまにも大斧を振りかぶって叩きつけんばかりの形相で睨みつけた。
「ドラゴンだな。魔物の頂点に立つ生物だ。」
赤ら顔の冒険者は自らが纏う鎧を叩く。それは下位の竜種である
「まぁドラゴンが最強だろうな。何も文句はいえねぇ。」
「ドラゴンって言っても下位のワイバーンじゃなあ。」
「ワイバーン相手だと都の賢者の
「せめて中位、
「まぁ上位は流石にここにいる連中じゃあ分が悪いだろうな。」
「全員で取っかかりゃあ、勝ち目はあるだろ。」
ワイワイと話が盛り上がる酒場に『取るに足らない』男が入ってきたところで、誰もほとんど気にしない。ちょっと目を向けただけで冒険者たちは興味をなくした。
そして、手続きを終えて報酬を受け取った男が酒場から出ていった頃に、誰かが気づいた。
「今の男、どうやってここまで来た?」
「何が?」
「革鎧と長剣の男だ。どうやってここまで来た?」
ここに集う冒険者の装備は、どれも一級品だった。ワイバーンの鱗を用いた鎧の戦士もそうだが、髭面の冒険者の装備も
ならばあの男の装備を埋めて余りある実力とは如何程のものか。男たちは新しく棚に掲げられた、二周りも大きいトロールの牙を見つめていた。
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