第48話 書記、建国する
黒幕は魔法兵サランだった。
勇者ラフナンもしつこかったが、考えてみれば湖上都市からずっと付きまとって来たのは、魔法兵のサランだ。
ホールド魔法で拘束し、手に触れてコピーをしたが、それだけでここまでしつこく襲って来るものなんだろうか。
「勇者のしつこさを利用したとでも言いたいのか?」
「フフ、それ以外に何の利用価値がある? オレの狙いは初めからこの杖であり、この杖の輝きで貴様が崩した我がタルブックは再び力を得られるのだ!」
「杖というより属性石が狙いなのだろう?」
「同じことだ。その女が手にしている間は、杖に近づきも出来なかった。だが非力で知力の無さをひけらかす低劣な勇者のおかげで、ここまでたどり着くことが出来たというわけだ!」
ただの一国の魔法兵が、ここまで邪心に満ち溢れるものなのか。
答えがあるとするならば、ミーゴナの騎士たちから聞いたあの国の人間という可能性もあるし、一応聞いてみることにする。
「ゲレイド新国から来た人間……か?」
「――そこまで知っていて、オレを放って置いたか?」
「お前は何者なんだ? 何故俺をしつこく追い、勇者を騙してまで杖を奪おうとする?」
「書記……いや、魔法士ごときに答える謂れは無い。貴様が追い出してくれた勇者がいなくなったことは、オレにとって好都合。杖は返して貰う」
「そうはさせない!」
「――何っ!?」
「レシス、これを受け取れ!!」
「はい? うわったっとぉっ……光る石?」
光の属性石が無くても、レシス自身には”絶対防御”が備わっている。
しかし光の杖を手にしていたことで、その力が相当に強まっていたのは違いない。
黒く輝く杖は、炎と水で一時的に黒い魔力を封じ込めている。
光の属性石を手にした今のレシスなら、黒く成り下がった杖の輝きを取り戻せるはず。
杖が黒く輝いていたのは、手にした者の心を映した物だと感じられた。
ラフナンが洞窟で拾った時の杖がまだ黒く無かったことを考えれば、レシスによって明らかとなると見ている。
「レシス! そのまま杖に体当たりをするんだ!」
「ええっ? 杖にですか? でもでもでも、燃やされて濡れてしまいますよ~」
「責任は取るから!」
「そ、その言葉、信じちゃいますよー!! い、行きますよー!! と、とおぉりゃああああ」
レシスと別れてから、彼女の動きを全く知ることが無かった。
しかしこれは――
「な、何!? 何だその女……勇者の使い走りをさせられていた最弱の回復士では無かったのか!?」
サランが驚くよりも俺が一番驚いてしまったが、レシスの素早さは回復士のソレではなく、杖に向かっての体当たり速度は、突進力のあるバッファロークラスと言っていい。
しかも思った通り、俺の魔法をすぐに打ち消し、黒い輝きもろとも消してしまった。
光の属性石のおかげなのか、それともレシス自身の潜在能力の高まりなのか、今は知ることが出来ない。
「ちぃっ! もう少しだったというのに!! 魔法士エンジ! 低劣勇者を追い出したとて、このオレとゲレイド新国は貴様の力を奪い、世界を書き換えてやる。それまでせいぜい足掻いておけ」
杖を光に戻されたどころかレシスの絶対防御に守られては、さすがに手も足も出なかったようだ。
ラフナンはどこまで逃げて行ったのだろうか。
しばらく姿は見せて来ないだろうが、心を入れ替えるまでには時間がかかりそうな気がする。
「杖を持っても平気?」
「フッフー! これこそわたしの杖というものなんですよ! あぁ、おかえりなさい!!」
「そ、それなら良かった」
「むふふ……エンジさんもおかえりなさい!」
「た、ただいま。いや、逆だろ」
「そうですかね~?」
レシスと再会出来たし、杖も彼女の元に戻った。
勇者のことはしばらくいいとして、あんな邪心を持った奴が敵となった以上、やはりここで宣言しておくしかなさそうだ。
ログナの中枢である学院にいるというのも、ある意味で運命を感じる。
『にぁぁぁぁ!! エンジさまぁぁ!』
リウの声が近付きながら響いて来るということは、サランが邪魔していた結界が解けたのか。
ログナにリウを含めた仲間の獣たちが入って来られる……そして賢者もいる。
レシスも帰って来たし、ここで決めておくしかないな。
「にぁっ? エンジさま?」
「リウ、今すぐ砦に戻って、ルオを呼んで来てくれないかな?」
「あい!」
俺の力と、味方。
属国としたログナで発するのが、きっと相応しい。
「エンジさん? 何を始めるおつもりです?」
「レシスには話してなかったけど、ここで全てを決めて話すよ」
ギルドを追放された頃はこんな能力を得られるなんて、考えられなかった。
冒険者になることを選ばず、書記で暮らして行ければいい……それだけを思う日々だった。
それが今や多くの味方を得られて、自分の国を造るまでになれた。
「エンジさま~聞こえているのかにぁ?」
「リウのおかげかな」
「にぁ? ふにぁ~なでなでされるの好き~」
山奥の洞窟に逃げ込み、そこにいたネコ族のリウに声をかけられなければ、ここまでにはならなかった。
もちろんまだまだ未熟な魔法を極めないと、先のことは何も思いつかない。
勇者ラフナンの件はひとまず終わった。
山奥の国にしつこく来ることは無くなったかもしれないが、あんな邪心を持った奴がまだ見ぬ国に潜んでいるとすれば、広い世界をもっと知らなければ駄目だろう。
「ふにぅふにぅ~」
「ズルい! ネコばかり可愛がって、ヌシさまは狼族の愛を軽んじている!」
「ふんふんふん~」
「ヌシさまぁ、レッテも一緒にお連れください~」
「か、考えてみるよ」
「んんっ! エンジよ、獣を可愛がるのは咎めないが、お前はログナにいるのだぞ? そしてここに集っている者たちに、何かを知らせるつもりなのではないか?」
「す、すみません」
よりにもよって獣を愛しすぎている賢者に言われてしまうなんて、不覚すぎる。
「あれ? ザーリンは?」
「む? あぁ、彼女ならここには来ないぞ。妖精は人間と交わることを好まないと聞く。それはエンジが良く知っていることだろう?」
「そ、そうでした……」
まずはログナに宣言をして、それからだ。
『今日より先、ここログナは山奥より興った国フェルゼンに属し、ログナ・フェルゼンとなる。フェルゼンに属する人民街区として、守護するものとする!』
「ログナは国ではなく都市?」
「属国と聞いていたのに、一つの国では無くなるというのか」
「生活は? 学院はどうなるというの?」
――ざわつくのは当然か。
一つの国であることには違いが無く、中心地であることに変わりはないので、そこは時間で解決するはず。
「なるほど……山奥には獣が多く、ドールもいる。ログナには学院があり、人間の方が多いからな。国を二つとすると面倒事も増えるはずだ。ログナ人民街区とすれば、山奥の中心に出向く者は少なかろう」
「元より山奥には、森や畑くらいしかありませんから。友好な町の人々が訪れに来るとしたら、ログナを入り口とした方がいいと思っただけですよ。獣たちもそれでいいはず」
「ふむ、そうだな。獣は何としてでも守らねばな」
獣好きな賢者はすぐに納得して、うんうんと一人で頷いている。
「ご主人の言われたことは正しいのじゃ! ルオは森と山を守る住み方が合っているのじゃ」
「ルオがいるというだけでも心強いよ。フェルゼンの守り狼としてよろしく頼むよ」
「任せてもらうのじゃ!」
ログナにはギルドがあるし、外からの冒険者だって多く来る。
そうなると砦に多く集まっている獣たちの所にも行く可能性があるだろうし、国の中で分けるべきだろう。
「あ、あの~? わたしもここにいていいのでしょうか?」
「レシスならもちろん、歓迎だよ」
「そ、それはっ! もしかしてエンジさんの!」
「いや、えーとね……とにかく、おかえり!」
「は、はいっ! ラフナンさんもいつかは戻れたらいいですよね」
「時間はかかるだろうけど、いずれはね」
俺をギルドから追放した主犯格は、間違いなく勇者ラフナンだ。
魔法兵に接触した辺りから、あるいは属性石と古代書に影響を受けた頃から、勇者は弱く純粋な心を何かに支配されていた。
追放した時にはすでに古代書に触れていたし、何らかの害が及んでいたのかもしれない。
「エンジさま、砦に戻るのにぁ?」
「そうだね。しばらく戻っていなかったし、国にした以上はさらに固めないと」
「一緒に歩いて行くのにぁ」
「あぁ、そうだ。レッテはアースキンと一緒に、ログナを見回ってくれないかな?」
「えええー? ヌシさまじゃなくて変態賢者とですか~?」
「頼むよ。狼族はルナリア王国で人と共存していただろうし、ログナでもそうしてもらいたいからね」
「うぅぅ~ヌシさまがそう言うなら~」
育成中の学院生を含めても、ログナにいる冒険者は他国に比べても、戦う強さはアテに出来ない。
魔法で何とかなっているとはいえ、騎士が守るミーゴナのように、戦って守れるような人間をログナに置かなければ、世界を見て回るのは困難に近いはず。
いつも賢者に頼るばかりでは、成り立っていかないのは目に見えている。
とにかくまずは、しばらく帰ることのなかった山奥の砦フェルゼンへ戻ろう。
戻って自分の国をきちんとしていかなければ――!
追放されたギルドの書記ですが、落ちこぼれスキル《転写》が覚醒して何でも《コピー》出来るようになったので、魔法を極めることにしました 遥 かずら @hkz7
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