第47話 黒き勇者の顛末

 ラフナンが手にしているから黒いのか、それとも――?


「レシス。君が手にしていた時、杖は黒く無かった?」

「もちろんそうですよ! だって光の石なんですよ? 黒かったら拾ってなんかいませんよ~」

「勇者パーティにいた時に拾ったんだよね?」

「うーん? よく覚えてないんですよ~ごめんなさいです」


 レシスの記憶にフタでもしたのかというくらい、彼女の言葉はブレがない。


「ハハッ、無駄なことを聞くなよ。レシスは僕が連れていたメンバーの中で、一番最弱で役立たずの回復士だ。だからこそ、僕が守ってあげていたわけだ!」

「そ、そんな……さ、最弱で役立たず……それがラフナンさんが思っていることなんだ……」


 レシスと他の連中は偶然ログナに戻った時、ラフナンと再会した。

 その時に見つけられて、優しく言葉をかけられてここについて来たのだろう。


 だが、ラフナンの目的は光の杖とレシスだった。

 彼女に対する優しさも無く、自分の支配下に置きたいだけだったに違いない。


「おいっ! レシスを傷つけることを言っていいのか! 少しでも勇者を信じて探していた彼女なんだぞ」

「信じて? ハハハ! 勇者を信じるのは当たり前だろうが! だから盗人エンジの傍から離れて、僕の所に帰って来た。それの何が悪い?」

「性根が相当腐ってるんだな、ラフナン」

「勇者だからって、善人でいる必要性があるのか? ごちゃごちゃうるせえ奴だ! いい加減くたばりやがれ!!」

「――!!」


 古代書を魔物から奪った時から呪いでも受けたのかと最初は思っていたが、ラフナンは人一倍、ひがみやねたみが強い人間なのだと理解した。


 レシスはラフナンの言葉で相当に落ち込んでいて、すっかり頭を抱えながら項垂れている。


 彼女に被害を及ぼさないように戦わないと。


「まぐれで魔法を覚えたからっていい気になりやがって! もう一度勇者として書記を追放してやる!!」


 ラフナンが手にしている黒い杖からは、とてつもない威力の風と氷魔法が吹き荒れて来る。

 杖からの魔法程度では恐れることは無いが、周りが見えていないのか、レシスを守るそぶりを見せていない。


 レシスを守りながら杖を奴から奪わねば。


「はぁっ? 石なんざ手に取って何をしようとしていやがる? まさか原始的に投げて来るつもりかよ!」

「……そのまさかだけどな!」


 ラフナンに向かってではなく自分の手前に炎の属性石を放り、その石に向けて炎魔法の展開を開始した。


 エクスプロジオン 属性石を介し、対象 黒い杖ダーク・ポール に爆発魔法を発動 

 

「ハハハハハッ!! どこに向けて撃ってやがる! やはり書記なんぞが魔法なんかを使うからだ!」

「……いや、これでいい」

「レシス、落ち込んでないで盗人エンジのやることを見てみろ! 大事にしていた杖に向けて魔法を向けて来てるぞ」

「うぅ……ぅう。えぅっ……? つ、杖に攻撃を?」

「ハッハハ、まぁ最弱のレシスが心配しなくても、俺の杖は雑魚なんぞに折られはしないから、黙って見てていいぜ」

「……は、い」


 ラフナンではなく、杖本体に向けたのには狙いがある。

 今のレシスはラフナンを守ることよりも、自分が手にしていた杖を守ることを考えるはず。


 そうはいっても、すぐ行動に出られるほど彼女は俊敏じゃない。

 俺からの攻撃魔法で杖の威力を弱めなければ、守ろうとする意思が芽生えない。


 レシスを守ろうとせず俺だけを狙うラフナンを釘付けにするには、杖に集中攻撃するのが最善だ。


 属性石には炎の威力を増幅させる効果がある。

 杖本体だけに向ければ、黒い光が何らかの敵対行動を放つはずだ。


 炎魔法を杖本体にターゲットを絞ったおかげで、杖から放たれていた魔法は抑えられ、杖本体からの魔法がおさまりつつある。


 そして思っていた通り、黒い光の禍々しさが弱まって来た。


「――ちっ、杖の破壊を狙ってやがるのか? 雑魚が……」

「勇者なら、手持ちの剣で俺に攻撃を仕掛ける方が確実じゃないのか? ラフナン」

「くだらない挑発して来るんじゃねえぞ! 書記ごときに俺の剣を振るうわけねえだろうが!」


 挑発以前に、向かって来る様子が見られない欲張りなラフナンのことだ。

 杖やレシスから目を離すことなく、何らかの形で俺に何かをする機を狙っている様に見える。


 絶対防御が無い今の俺は物理攻撃が来たら魔法防御で守るしか無いのに、何故向かって来ないのか、実は勇者としての強さは無かったりするのか。

 

「……へっ、所詮その程度だな。杖の魔法を止められたところで、エンジに負けるはずもねえんだよ!! 第一、この俺にダメージを負わせられてねえじゃねえかよ!」

「そう言うだろうと思ってたから、俺も遠慮なく追加攻撃をさせてもらう」

「――あ?」


 俺は自分の言葉通りに間髪入れずに容赦なく黒い杖に向かって、属性石と魔法を放ち始めた。


 アースキンに持たされた属性石のうち、未使用な属性は水、風、土、氷……そして光。

 光だけは攻撃用途で使うつもりが無いので、袋の底にしまったままにしておく。


 炎をすでに展開しているし、上書きするとしたら水が適しているか。


 水魔法 マッディストリームを編集 範囲を杖に限定 

 炎を消さずに威力を維持 魔法名ヴァッサーに変更


「ハハッ! 炎で杖を焼こうとしていたのに、水で消火をするのか~? さすが落ちこぼれだ。僕には真似出来ないな」

「消えないけどな。それよりも、そろそろ杖だけに向けていた魔法をラフナンにも向けるけど、いいかな?」

「何を言いだすかと思えば、散々煽っておいて仕掛けて来ないものだから、勇者の僕に恐れをなしていると思ってしまったよ。で、杖だけに向けた魔法で打ち止めかな?」


 ラフナンの余裕の発言を聞く限りでは、やはり俺には相当の油断と見くびりをしているらしい。


「……どうやら直に斬られたいようだし、彼女を待たずに、僕自ら書記を追い出すとしよう」

「彼女?」

「会わなかったか? 魔法兵をしていたサランのことだよ。まぁ、彼女がいなくても書記を倒してログナを救ってみせるけどな」


 入れ知恵をした上、深く考えそうにないラフナンを騙しているのは、あの女だったか。


「とにかくそういうことだ……くたばれ、落ちこぼれ!!」


 ラフナンの我慢が限界を超えていたのか、追加の魔法を杖に向けた直後すぐに、俺に向かって突っ込んで来た。


 振り下ろすのは不得意なのか、駆けながら剣を真横から繰り出そうとしている。

 思った通りだが、勇者ラフナンは魔法を放つことが出来ないみたいだ。


「ハッハー!! この国からいなくしてやるー!」


 杖への攻撃を緩める必要もなく、ラフナンの攻撃はとてつもなく遅く、余所見をしても避けられるほどだった。


 それでも避ける必要も感じられないので、そのまま俺の懐に飛び込ませることにした。

 間近で見える勇者の剣だけは眩い光りを放ち続けているが、それだけだった。


「やった! まともに入った!! 落ちこぼれ書記には、所詮荷が重かったかな?」

「――えっ……ま、まさか、エンジさん? そんな……」

「心配しなくていいさ。書記ごときが最弱なレシスを守ろうとするのが、間違っているんだからね」

「ひ、ひどい……」

「可哀想に。書記が見せて来た幻で、そこまで書記に心酔しているとは」


 真に可哀想なのはラフナンだと今すぐ言いたい。

 それくらいの実力差が生じていた。


 レシスからコピーした”絶対防御”を失って、物理的な防御は皆無に等しいとばかり思っていたのに、魔法の底上げによって、基本の強さも初期よりも上がっているようだ。


 それに加えて古の塔で出会った機巧ドールからコピーしていたのは、魔力と浮力だけではなく、ドールの物理耐性も組み込まれていた。


 レシスの絶対防御とはまるで質が異なるものの、人間の堅さではない守りの堅さがコピー出来ていたのは、俺にとっては最適すぎる。


「フゥー……レシスに見せるのも残酷だけど、落ちこぼれの最期でも見せてあげようかな」

「……うぅ、エンジさ……ん?」

「ハハハ! 跡形もなく消えたか? 僕の強さは偉大すぎる!」


 言いたいことを言っているが、杖に対しての攻撃魔法が消えていないことに、何故気付かないのか。


『勇者の強さとは何なのか……いや、ラフナンは人に頼りすぎなんじゃないのか?』


「な、何……!? 何で無傷……お前、あの書記じゃないのか? すでにモンスターにやられて別人になっているとかじゃないのかっ!?」


『あぁ、それも面白いですね。確かに、書記としての役目は終えてますが……そうですね、俺は落ちこぼれの書記じゃなくて改め、魔法士のエンジってことで覚えてもらえると嬉しいかなと』


「――っひ、ば、化け……化け物っ!? け、剣が欠けて……わ、わあああああ!! い、嫌だ、嫌だあああああ!!」


「あっ、ラフナンさんっ!?」


 今まで俺を何だと思って戦いを挑んで来たのだろう。

 まだ何もしていないのに。


 勇者が仕掛けた剣が俺に少し当たった弾みで剣先が欠けたらしく、剣を誇りに思っていたラフナンにとっては相当ショックだったようで、泣きながら学院を出て行ってしまった。


 少しは歯応えを感じられると思っていたのに、サランの助力が無いせいなのか、以前よりも精神的に弱くなっている感じさえする。


「エ、エンジさん……ですか?」

「うん? うん。変わらない俺だけど、レシスは平気かな?」

「は、はい。あの、杖はどうなるんですか?」


 やはりと言うべきか、ラフナンがこの場からいなくなっても、黒く光る杖だけは未だに弱る気配を漂わせていない。


 恐らく杖だけがあの魔法兵の企みによって、今の姿になっていると推測出来る。


「つ、杖を封じているんです……?」

「まぁ、そうなるけど……炎も水も微妙に効いていないみたいだ」


 レシスの近くとその奥には、ラフナンが言うことを利かせていた連中が数人残っている。


 責任を持って魔法の放出に協力してもらうか、あるいは学院内に留まっているラフナンの残党でも追い払ってもらうか。


 気配をサーチしていると、ラフナンとは比べ物にならない邪気が、すぐ目の前に現われた。


『ああ……つまらない。勇者といっても所詮、ログナの勇者。何の役にも立たない男だった』

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