第46話 黒い勇者と書記魔法士
「それじゃあ、俺は学院に向かいます。アースキンも気を付けて!」
「あぁ、待て。エンジよ、これを持って行け」
「……それは属性石?」
「うむ。ザーリン……妖精である彼女から属性石を受け取ったのだが、今必要なのはエンジの方だろう? それを使うことで、威力を倍に出来るのではないか?」
「しかしそれは賢者向けに作ったものなので……」
「それも聞いたが、とにかく持って行け。それと、光の属性石もだ。これも妖精の彼女が言っていたが、エンジは光の力を持っていないのだろう?」
「――! それはそうですが、それもザーリンが?」
「ああ。ログナに妙な結界魔法が張られているらしくてな、仕方ないがエンジに持たせてもいいと言っていたぞ」
ゲンマにいた時、絶対防御のスキルを奪い光の力を奪ったザーリンだったが、これも何かの狙いでアースキンに託したのか。
光の属性石には、アースキン向けということで絶対防御ではなく、守りの光といった弱い魔法しか入れていなかった。
これが何か役に立つということなら、持って行くしかなさそうだ。
「気を付けろよ! それと、毎度のことながらすまんな」
「昔は昔。今は俺の仲間なんですから」
「そうだな」
それにしても大概にして欲しい。
ログナにどれだけの、いや、俺に対しての憎しみというしつこさは、もはや勇者と呼べないくらいだ。
山奥の砦はまだ正式な国興しをしていないが、ログナはすでに属国にし、俺の国でもある。
それを知ってか知らずかは分からないが、痛めつけられたはずのラフナンと魔法兵サランのしぶとさは、魔物の襲撃よりもタチが悪い。
これも光の獣が倒されたことによる影響があるのだとすれば、レシスの杖にも何らかの弱体化がなされている可能性がある。
ログナの義務学院はログナの城のようなもので、中枢に建物がひしめき合っている。
今でも冒険者を育成するために、相当数の人が学院に留まっていると思われるが――
『くらえっ!!』
――!?
街の通りには人の気配が無く、すんなりと学院に近づけた……そう思っていたが、待ち伏せがあったようだ。
『本意じゃないが、エンジを弱らせるのが俺たちの役目だ!!』
『一斉発動! エクスプロジオン!!』
おいおい、街中で爆発魔法を発動とか正気なのか。
範囲系の炎魔法なだけあって、一人では発動が出来ないらしく4、5人で魔力を集めて向けて来た。
爆発魔法は想像以上に、俺のいる周辺を巻き込んで爆発した。
仮にもここに住んでいる連中なら、いくら人がいないといっても威力を抑えてもいいはずなのに、ラフナンの脅威の方が勝るのか、遠慮なしに放たれた。
『や、やった……これで、ラフナンさんにいい報告が……』
「「「おおおー!!」」」
エクスプロジオン 属性炎
対象から範囲数メートルを巻き込んで爆発させる 威力B
魔力消費S 連続使用不可 術者スキルに依存 コピー完了
なるほど、一人で発動出来るけど魔力消費力がすごいのか。
コピーすると同時に周辺を巻き込んだ爆発を無かったことにしたが、連中はまだ気付いていない。
ログナの街並みは気に入っているし、俺だけでなく周りを巻き込むのは見過ごすわけには行かないな。
そうはいっても、ラフナンに取り入れようとしている連中に反撃するのは違う。
ここは素直に眠ってもらうことにする。
「残念だけど、俺に魔法は通じない。爆発魔法で街を破壊しようとしたのも許せるものじゃない」
『ひ、ひぃぃぃ!! ば、化け物だぁぁぁーー!』
「このまま学院に戻らせるつもりは無いので、惑わされながら大人しく眠っててもらいますよ」
『うああああ!? め、目が回る……く、来るなぁぁぁ!!』
『コ、コウモリの大群だとぉぉぉ!? や、やめろ、やめろぉぉぉぉぉ!!』
ルールイから得た音波に加え、オベライ海上で出遭った魔物からコピーした幻惑魔法を組み合わせて、連中に発動。
実際の所、どういう幻惑を見ているのかは俺には分からない。
単に眠らせる前段階で幻惑魔法を放ったが、思った以上に現実悪夢に惑わされているようだ。
最終的には精神がまいって疲労と共に気を失うと思われたので、連中を通り過ぎて学院の中に進むことにした。
アースキンの話では、ギルドにいた手練れの連中と召喚士、ラフナンに心酔する連中ごと一緒にいると聞いていたのだが――
『よぉ……落ちこぼれの書記』
痛めつけても反省するどころか、何度でも俺に挑んで来る姿勢だけは、不屈の勇者と呼んで違いなさそうだ。
まるで魔王の玉座にでも座るかのように、ラフナンは学院長の椅子に座りながら、俺を出迎えた。
それも予想していた通り、レシスが手にしていた光の杖を片手にしながらだ。
レシスの姿が見えないが、どこかに閉じ込められているのか。
周りを見回していると、わざとらしい仕草を見せ、卑しい笑い声をあげた。
『ハーハッハハハ!! 書記の分際で、誰か探してるのかな?』
ラフナンの笑い声は、耳障りな高笑いを俺に向けている。
口調は今の時点で、俺を嘲笑った時と同じ静けさを保たせているようだ。
「その杖はレシスが手にしていた杖だ。お前のものじゃない」
光の杖を手にしている時点で、レシスを守るものが無いことを意味している。
レシスは傷を負っているのだろうか。
『何を言いだすかと思えば、見当違いなことを言いだす。盗人の書記は知らないだろうけど、この杖は元々は勇者である僕のものなんだけど、誰のものだって?』
とんだ戯れ言を――と思ったが、光の杖はレシスが手にしていた頃の輝きを、失っているように見える。
光は光でも、その光はまるで黒い光そのものだった――
レシスが手にしていたからこそ眩い光を放っていた杖だったのに、今では見る影もない。
ラフナンが言ったことは真実とも取れないが、嘘とも言えないのは、レシスが勇者とかつての仲間だったからに他ならない。
彼女自身が言っていたことはあまり気にしていなかったが、勇者に同行していた頃、洞窟の中にあった古代書の近くに落ちていた石。
それを拾って杖につけたと言っていた点だ。
古代書を守っていたのは魔物だとも聞いていたが、光の獣に関係しているとすれば、光を失い黒く光っているのも合点がいく。
「レシスをどこに捕らえたんだ?」
「……人聞きの悪いことは言うものではないな。レシスは僕の大事な仲間であり、書記ごときの仲間になるほど愚かな女では無いんだ」
「その余裕ぶりは勝機でもあるのか分からないが、彼女を解放してくれないと信じることは出来ない」
サーチをしている限りでは、近くにサランの気配を感じない。
今まではラフナンを支援する形で寄り添っていたのに、黒い光を手にしたのがサランの手引きだとすれば、それだけの力があると信じているということか。
「ハハハ、エンジくんは疑り深いな。それも書記には必要なことかもしれないが、まぁいい。彼女をここに!!」
ラフナンの近くに控えているのは、俺に麻痺や眠りをくらった仲間などではなく、学院から逃れることが出来なかった冒険者たちだ。
恐怖に怯えながら、従っているようにも見える。
彼らが奥の部屋から出て来てすぐのことだ。
重々しい鋼鉄の扉が開く音と同時に、両脇を固められた女性の姿が見えた。
深々とフードをかぶって顔を隠していた彼女はすでになく、赤みがかった長い茶色の髪をリズミカルに揺らしながら、奥の部屋から堂々と歩いて来る女性だった。
そして、女性――レシスが俺に気付く。
手にはもちろん杖は無く、手持ち無沙汰にしているようにも見える。
『あっ!! エ、エンジさん! ど、どうしてここに……?』
良かった、別れる前と変わっている様に見えない。
それどころか、危機感を感じていないようだ。
「レシスを迎えに来たんだ。もちろん、俺だけで」
これを言うと変な誤解を招くし、彼女も天然ぶりを炸裂してしまいそうだがやむを得ない。
「はっ! と、とうとう、その時が!」
「と、とにかく、今すぐラフナンから離れて!!」
「何故ですか? ラフナンさんに酷いことはされていないですよ?」
「杖! レシスが手にしていた光の杖を取られているじゃないか!」
「あぁ、だってそれはそうですよ~! ラフナンさんに借りていたんですから。取られたわけでなくてですね……」
レシスの表情を見る限りでは嘘は言っていないが、彼女が手にしていた時は確かに彼女を守っていた光の杖だった。
それが今や、ラフナンによって黒い杖。
光の獣が討伐されたことも関係していそうだし、その国との関わりがあるかも気にはなるが……。
「話は済んだかな? そろそろエンジくんには邪魔をしないでもらいたいんだ。だから――ここから、消えろ!! 落ちこぼれめ!」
「――!」
黒い光は辺り構わず激しい暴風と、凍てつきの吹雪を繰り出して来る。
建物の中にありながら、ラフナンに近づく忌みの相手を、全て吹き飛ばす勢いで現わしているようだ。
この力は間違いなく、今までのラフナンじゃない。
魔法には違いないが、ラフナン自身が放っているというよりは、杖そのものからの畏怖が強い気がする。
「ハーハッハハハハハ!! レシスも杖も俺のモノだ! 落ちこぼれごときに渡すかよ!」
「え? ラ、ラフナンさん? わたしはラフナンさんのモノでは無いですよ」
「心配するな。盗人エンジから、この黒い杖でお前を守ってやるよ!」
「黒い……杖? あ、あああ……な、何で、く、黒く光って……」
どうも様子がおかしいが、光の杖を返して渡したのは間違いないようだが、彼女が手にしていた時は白い輝きを見せていたということなのか。
今のところ黒い杖からの攻撃では、コピー出来る属性は確認出来ない。
この戦いは杖の奪取と、光の回復……そしてラフナンを、ログナから追放する必要があるようだ。
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