不思議な世界に迷い込んだアリスの冒険譚

若草井介

第1話 


「ここはどこだ」


 森の中に残された俺は周辺を確認した。誰もいない静かな森。森は生い茂り、葉は緑一色。葉と葉の間から差す木漏れ日。地面の土の感触…。


———どうやら本当に異世界のようだ。


ここに来る前に一度、女神と名乗る[女性型の模型の像]に、「この世界を攻略してほしい」とお願いされた。

 一方的なお願いをされてから、全身が光に包まれ、気づいたらここに飛ばされていた。


そして、名前が「アリス」という別名に変えられた。


 前の世界で名乗っていた名前は女神像によって消された。それ以外は年齢や体型は前の世界と変わらないようだ。


 記憶を消されて、うる覚えだが異世界召喚はチート能力とか最強ステータスとかを持って、スタートする人生勝ち組の設定が多かったはずだが…。


 今わかっていることは、右手の甲に「レベル0」と書かれていること。つまりレベルが存在する世界であること。

あと、分かっていることといえば、何故か手帳を持っていることだ。

 アリスは最初の手帳の表紙を開いた。

 表紙を開くと、自分のプロフィールが掲載されていた。性別は男、身長は166、体重は58…、

 そのページの中で特に気になったのが、能力「魔法」と書からていることだ。

 どうやら、能力も存在する世界みたいだ。


———能力が魔法って一体なんだ。


アリスは右手を出して、

「メラ」


「ファイヤ」


「ファイヤーボール」


なにも出なかった。

 なんとなく初期魔法ぽいものを叫んでみたが、発動しなかった。


「だめだ、何もでない」

とポツリと独り言を呟く。

というか、完全に森の中に放置プレイ中である。

 女神と名乗る人物から世界の攻略を頼まれたのに、このままで何もできずに死んでしまう。

アリスがここにきてから約十分以上、経過した頃であった。


———そろそろ、ここから歩いてみるか。


 特に何も変わらない様子だったため、俺は森の中を彷徨った。それから三十分ほど歩いたがずっと森から出ることはなかった。

 

 しかし、不気味な森である。歩いても歩いても生物らしきものが何もいない。虫すらいないのである。耳の中に鳴り響くのは、ずっとアリスの歩いている地面と靴の音だけ。


 不気味な森の中を彷徨い続けて、約一時間が過ぎたとき、ようやく人が整備されたであろう道があった。アリスは自分が見つけた位置から道なりを右に行くか、左に行くかで悩んだ。

 しかし、悩んでいても答えは出なかったので、何も考えずに左に行くことにした。


———すると木々が囲う西洋風の洋館が目に映った。


 その洋館はそれなりの規模が大きかった。ガラス窓の数から部屋が多くあることが分かる。

 さらにもっとその洋館に近づくと、ここにきて初めて人影が見えた。しかも何人かの人影だ。

 アリスの目に洋館の玄関が見えた時にその正体がわかった。

 洋館の玄関周りには、メイド服を着た若い女性の姿があったのだ。


アリスはそのうち、一人のメイド服を着た女性と目があった。


「宿泊客の方ですか?」

「あ…えっ…と」


 久々に人と喋ったかのように、まるで言葉が出てこなかった。女性に話しかけられた経験がない俺は、前の世界でも全く役に立たなかった童貞というスキルが発動した。つまり、女性とまともに話せない。


 「宿泊客の方は中に入って、受付嬢より宿泊の手続きがなされますので、どうぞ中へ」


 …あ、はい。と状況が飲み込めない俺は小さい返事で答え、半ば強引に玄関まで連れてかれ中に案内された。

 洋館の中に入るとまず目の前には笑顔の受付嬢の二人が見えた。受付を挟む形で大きな階段が二つあり階段の先には部屋が幾つかある。


「いらっしゃいませ。宿泊客の方ですね。お名前を伺ってよろしでしょうか」


「…アリスです」


「アリス様ですか。失礼ですが、右手の甲を見せてもらってもよろしいでしょうか」


 完全に、メイド服を着た受付嬢に流されるまま、右手の甲を見せた。


「レベル0のお客様ですね。レベル3以下のお客様は当店ではここの主人である方より、無料で宿泊させていただいております。」


「え…、無料って、タダでいいんですか?」


「はい。しかし、食事の時間やお風呂場の利用時間もこちらで決めさせてもらっています。また、部屋も四人部屋となっていますので、ご協力をお願いします」

 この世界について何一つ知らない人にとって、これほどいい条件はないだろう。

 食事の時間、風呂の時間は制限されるが無料はありがたい。

 だが、タダより怖いものはないとも聞くが、外に戻って歩いたところで、闇雲に道なりを進むだけだ。ちょうど疲れてしまったし、ここは情報収集を含めて恩恵に預かろう。

 それに、この世界には通貨があることがこの会話より分かった。故に、どこに行っても通貨が必要になる可能性がある。


「ではアリス様の横にお名前をここに書いてください」

と、手帳を渡され俺は自分の名前を書こうとしたとき、


 「俺もここに泊まらせてくれ」


 と後ろから声がした。振り返ると、俺より身長が高く、サングラスにボロボロなコートを着た年齢的に二十代後半なおじさんが立っていた。

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