第8話 赤

「シナ、もう姉さんには会わないの?」

午後の眠くなる講義ー寝ぼけながらつい聞かなくてもいいことだが気になっていたことを聞く。

「ああ、せっかく上手くやり過ごせたしな。」

「そんな言い方……。」

「深澤だっていいって言ったじゃん。」

「たしかに言ったけど……、姉さんが思いのほか気にしてなさそうなのが逆に辛いんだよ。」

あれから姉さんには会ってない。

罪悪感から来る申し訳なささと、真実に気づかれたくないという恐怖心から、とてもじゃないが顔を合わせる気になれなかった。

通知が来ても1週間後くらいに返し、会う気がないでしょと言われれば、いやあ忙しかったと言葉を濁す。


こうして子供は大人になっていくんだろうか…?

だとしたら姉さんはまだ良くも悪くも子供なのかもしれない。

そうやって姉さんのことを考えてるうちに姉さんと前行ったラーメン屋に来ていた。

「……浮気はまだ続けるの?今何人?」

「別れたから今は2人。深澤は?」

「……正直もうどうでも良くなってるんじゃない?」

「何が?」

「僕のことも、その浮気相手のことも。」

「どうでもいいなんて言ってないだろ?」

「でもそんなふうにとれるよ。」

いがしがいなくて良かった。こんな険悪なムードになると思わなかったし、いがしは僕達のことを知らない。

「……わからない。自分が濁ってることをごまかしたいとか、必要としてくれてるものを取り込んで安心したいとか、そういう甘えがあるんだと。」

意地悪をしている。

シナがきちんと僕のことも他の人のことも考えているのに、それをわかった上で気持ちを聞いてしまう。

でも、最近のシナは女の子を取っかえ引っ変えして、本音が分かりずらいのも事実。

「シナ……もう人を傷つけるようなことは辞めて。」

「傷なんてつけてない。向こうが勝手に好きになったんだ。はた迷惑だ。」

「そんなこと言うシナ好きじゃないよ。」

「……は?」

更に険悪なムードになる。

なんだかんだ姉さんとシナは似てる気がするよ。

「……僕、霧ちゃん取り込んじゃうよ?」

「正気かお前。」

「シナのせいで傷ついてるんだ。最近なんて毎日連絡してくる。僕が反応しなくても。」

僕なんてちょっと前までただのシナの友達枠だったんだ。

「……おふたりさん、争いはよして。」

ラーメン屋の店長に怒られる。

「あ、争いなんてそんな……。あれから、姉さんはお店に来てる?」

「たまにね。すっごいビール飲むよ。帰れなくなるくらいにね。」

そう言って店長に笑顔を向けられる。

余りに静かで余計なことは言うまいとする大きな背中。ゆっくりとした動きが妙にスローモーション映像に見えて違和感を覚える。

「店長……。」

「いい加減よしてくれないか。若いからと言って許されることとそうでないことがある。」

「……。」

「黒だよ。」

「え、煮卵……。」

シナの元にはシンプルなシンプルな、黒が運ばれてきた。





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ワイルドスピリット 〜赤〜 はすき @yunyun-55

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