第7話 スウェット

「……はあ。」

「霧ちゃん、どうしたの、ため息なんて珍しい。」

「ああいや。はめられた。かも。」

「え、賢い霧ちゃんが珍しいね?」


マルボロに火をつけてしばらく黙る。

「やだ、ラーメン屋でタバコ吸ってビール飲んでる子が賢いと思う?」

「いいんだよ、ここそんなに混まないし、霧ちゃんが来る時間はお客さんいないから。」

「え、ここ喫煙おっけいだったよね?」

「うん、もちろん。俺が霧ちゃんと吸えなくて困っちゃうでしょう?」

「あ、そうね。本当に。」

ケタケタ笑う。

「それで、はめられたってどういう……?」

「ずっと楽なスウェットは着られないってこと。」

そんな感じ、と空気にのせて付け足す。

「霧ちゃん、フレンチを食べたことがある?」

「ないよ?どうして。」

綺麗な水晶で俺を見つめる。

「フレンチって、高いんだよ?」

「……うん?」

「たまに特別なフレンチを食べる。ドレスコードがある。そういうことだよ。」

分かるかな?20歳には難しい話かな。

「うう〜……。」

「泣け。こんなときはさ。霧ちゃん。」

本人は気がついていないがかなり酔っている。

「霧ちゃん、帰れる?」

「ん〜……?」

受け答えすらままならない。

閉店作業を終えて霧ちゃんに声をかける。

「霧ちゃん?起きて?」

「ねえ、てんちょお、煮卵追加して?」

「……あの話?俺はしないよ。」

「どおして……?私が……私が……。」

再び泣き出す。

「フレンチは美味しいからたまにがいい。ドルチェは最後だから美味しい。」

「私のことフレンチだとは思えない?」

冷たい風がガラス戸にあたってガタガタ音を立てる。

「でも……霧ちゃん、安売りしちゃダメだよ。それは煮卵追加じゃなくて、純白な鶏だしを濁らせるんだ。」

「酷い。酷い。濁った人と付き合ってることが分かって、私がどんどん濁らされて、それがっ……辛いってことが分からなくて、私のことを虐めるんだ。」

「……おいで。」

怒涛のように話す20歳の幼い霧ちゃんを家に連れ込む。

暖房をつけて暖かいコーヒーを出す。

「私だって……濁ってるってこと分かってるっ……。」

「うん、そうだね。ごめんね。」

頭を優しく撫でる。見た目よりサラサラでしっとりした髪の毛だ。

ほっぺたに優しく手を添えてキスをしてくる。

「てんちょ、いいでしょ?」

トロンとした目に、どくどくと音を立てる心臓で僕の瞳孔に訴えかける。

「……おいで。」


これは、汚い俺と小さい20歳の女の子の話。





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